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あかねさす 〜僕が本の精霊を幸せにするために〜  作者: 迎 カズ紀
あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音のみし泣かゆ
9/17

放課後デートと運命と揺れ動く心⑤

 結局職員室でハルちゃん先生に言付けを頼んで、おとなしく帰宅した。僕の電話番号とメールアドレスも一緒に伝えてもらうよう頼んだけれど、二十三日に携帯が震えることはなかった。

 そして訪れた終業式。遅くまで連絡が来ないか待っていたので、眠気がひどい。

 体育館に向かう一年生の列は長く、冬風にさらされ続けた。飛びぬけて高いわけではない身長で笠折さんの姿を探すも、見つけられなかった。この移動の時間が人目を気にせず話しかけられるのに、と焦るもどうにもできない。


 ――そういえば二学期の始業式も、笠折さんをこの人ごみの中から見つけたんだっけ。その時は教室に戻る列で、隣にいたけれどお互い名前も知らず僕が一方的に「本の精霊」と呼んでいただけで。ただの薄幸そうな顔をした、少し気になる同級生だったのに。

 今ではお互いに名前を知っていて、一応友人にはなることができて、僕は恋をしているというのに。

 どこまでも遠い笠折さんとの距離に、少しだけ鼻がツンとした。

「……」

 嘘だ。鼻はズルズルだ。

 冬で風邪を引いたことにしようと鼻をすすっていると、背中に何かが触れてきた感触があった。振り返ると、創哉が気だるそうに拳を突き出していた。

「なんだよ」

「これ、伝言」


 列をかき分け僕の隣に並んだ創哉は、握っていた手のひらを開いた。

 HR後、荷物を持って家庭科室横階段。気付かれないように。

 そう黒いペンで書かれていた。創哉のものではない、見覚えのある筆跡で。


「……創哉、これってもしかして」

「ああ、俺も最低限のフォローはするから、頑張れよ」

 家庭科室は二号棟の一階にある。そして横の階段というのはゴミ捨て場につながる出入口が置かれている場所でもある。そして、裏門に一番近い。

 外履きの靴は終業式が終わって教室に戻る間に回収できる。年内最後の登校日だから上履きを持って帰るのは当然だし、靴入れを持っていても違和感はない。

 渡り廊下を通って向かえば、昇降口に寄らずに済む。つまり待ち伏せポイントを通らずに辿りつける。

「……ありがとう。そして創哉ばかりが笠折さんと良い目に遭っている事実を呪う」

「恩を仇で返そうとするな」

 そう言って肩を軽く叩くと創哉はスイスイと先へ行ってしまった。

 ――すごい。

 あれだけしんどかった世界が急に色づいて、眠気も疲労も吹き飛んだ感じがする。

 本当にすごい。これが、恋の魔力というものなのか。

 もう何も頭に入れたくない。入ってこない。校長の話もハルちゃん先生の話もそぞろに、僕は今年最後の起立礼が終わると教室を飛び出した。どうしよう、また新記録を出してしまったかもしれない。それほど身体がグングン動いた。


「……笠折、さん」

 すでに笠折さんは階段横で待っていた。手には見慣れない大きな紙袋が二つ下げられている。本が入っているにしてはそこまで重そうには見えないし、笠折さんの通学用鞄はリュックサックである。不思議だ、と思って思わずじっと見ると紙袋を片方差し出された。

「これ、崎村のぶん」

「……へ?」

 思わず受け取ったが、言葉を咀嚼するまで時間がかかった。でもきっとそれは、言われた意味が分からなかっただけではなくて。

「今からデートしますよ」

 そう続けて言われた言葉のせいだと、満開に咲き誇る花畑が脳にできたところでそう思うことにした。




 数十分後。僕と笠折さんは裏門から駅まで走り、元町駅で降りて駅内のトイレにいた。渡された紙袋に入っていた服に着替えるよう言われて。

 少しサイズが大きいがきっと加瀬さんのものなのだろう。笠折さんとサイズが違うし。少しグヌヌと思ってしまうが、それ以上に制服を脱いで笠折さんと出かけているという事実が幸せすぎる。

「……よかった、そんなに違和感なさそうだね」

 笠折さんも出てきた。あまりのギャップに、思わず目を擦ってしまう。

「その、服、は、いったい」

「ああ、どうせコートで分からないと思うけど念のため」

笠折さんは女の子らしい服装で現れた。普段中性的な雰囲気をまとっているだけあって、一瞬別人のように見えた。それでも、笠折さんは笠折さんだ。

「……言っておきますけど無理はしていませんから。デートに見せかけるのにできることはやらないと」

「デート?」


 笠折さんの口からそんな単語が出るだなんて。思わず聞き返してしまうと笠折さんは視線を僕から外して、何でもなさそうに言った。

「崎村がおかしな人に絡まれているって聞いたから。変装してデートみたいなことでもしてたら、たぶん諦めるでしょう」

 なんと! 僕のために笠折さんは無理をしてまで僕とデートをしてくれる、ということか? いや、無理をしてないほうがいいんだろうけど、そこまでお花畑フィルターで解釈するのはだめだ僕。

 僕がそんな風に驚いて、どう言おうか迷って何も言えなくなっていると、笠折さんは拗ねたように鼻を鳴らした。 そして静かにダッフルコートの前を閉め始める。

「……やっぱり見るに堪えない格好ですか」

「いや、可愛いんだよ。本当に。似合っているとも思う。でも」

「でも?」

「…‥っ」


 反射的になってしまったが、経験則から反射で答えただけでは何も響かないことは分かっている。だから、僕が言える最大限の語彙で、伝えないと。

「……私服の笠折さんを見たことがないけれど、もっとシンプルですっきりしている服を着ているイメージがあったから。僕のために頑張ってくれたのかなって思うと嬉しいような、笠折さんの百二十パーセントの良さを百パーセントにしてしまって悔しいような、そんな気持ちです」

 本当は、夏服なら夏休みに図書館やくれない書房で見たことがあるけれど黙っておいた。まだ認知されていないころの話を挙げるのはどうかと思うし。あのラフな格好が知人に見られると恥ずかしいものかもしれないし。いや、シンプルなオーバーサイズのTシャツとスキニーの組み合わせは最高だったわけだが。

 そんな小さな嘘を誤魔化せただろうか、とつい不安になって小さく笑うと笠折さんの顔は赤くなっていた。まずい、怒らせてしまっただろうか。


 しかし、笠折さんが怒ったのは別のことについてだったようだ。

「勘違いしないでください! 崎村とデ、デート、をしたくて気合を入れたとかじゃないですから! 友人として助けようとしてですからね!」

 さっきまではスラっと言えていた「デート」を詰まらせながら言う姿に、思わず顔が綻んだ。そんな僕の顔を見てますます顔を赤くして眉を吊り上げたが、お咎めは無しだった。

「行きましょう。そしてさっさと厄介な虫を払いましょう」

「厄介な虫って……」

「虫に厄介な虫がついている様子は見てられないので」

「まって、笠折さんにとっても僕は虫なの?」

「……冗談ですよ」

 割と本気の声音だったけど、嬉しかった。数日できなかった応酬ができただけでこんなに嬉しいなんて、本当に僕は単純だと思う。

「どこに行く? 笠折さんっ」

「……とりあえず昼時ですし、近くのファミレスに入りますか」

 僕たちのデートはここからだ!



 ファミレスに入り僕たちがまずしたことはこれからのデートプランを考える――は表向きで、実態は「須賀原さんを諦めさせよう作戦」を詰めることだった。とりあえず頼んだワンコインランチにドリンクバーを付けたツーコインランチを待つ間、笠折さんは小さなスケッチブックを開いて書かれている計画を指差した。

「穂波先輩がそれとなく須賀原先輩? をこちらへ来るよう誘導してくれるそうなので、見せつけられる場所を考えてきました」

「うんうん……」

 考えてくれたプランでは人通りの多い店がいくつも挙げられていた。確かにこれらの店を回れば、よくあるウィンドウショッピング系のデートプランに上手く落とし込めるだろう。

でもいくらフリとはいえ、笠折さんは楽しいのだろうか?

「笠折さん、笠折さんが行きたいところはどこ?」


 僕がそう尋ねると、笠折さんは一瞬呆けた顔をした。そして我に返ったのか、僕から視線をそらし「私が行きたいところは人目に付きにくいところなので」とぼそぼそ呟いた。

「笠折さんが行きたいところに行かなくちゃ、割に合わないよ。それにきっと、僕たちは趣味が合うだろうし」

 笠折さんはまたぽかんとしたが、すぐに立ち上がった。

「ど、ドリンクバー行ってきますね。崎村は何がいいですか」

「ありがとう。オレンジジュースをお願いしたいな」

「わかった」

 ほんの少し耳が赤くなっていたのは僕の妄想だろうか。少なくとも言ってから自分で照れてしまった僕よりは赤くないだろう。それだけは確かだ。



 作戦会議をしっかり行い、空腹も満たされた。いざ行かん! 勢い込む僕たち。クリスマスイブだけの魔法かもしれないけれど、記念すべき笠折さんとのデートだ。

「笠折さんっ」

 ニコニコと手を差し伸べた僕を一瞥してため息を吐いた後、笠折さんは手を取ってくれた。僕がイチャイチャを演出したいのは事実だが、人込みが想像以上に酷かったので離れないための策である。それに、手を繋いでいれば須賀原さんが現れたとしても無理やり引っ張っていかれる可能性は減る。それを笠折さんは分かって合意してくれたんだ。

「崎村の手はどっちとも言えないですね。とても温かいわけでも、凍えるように冷たいわけでもない。面白みに欠けます」

「辛らつだなあ……。確かに湯たんぽ代わりに温めてあげられたらよかったけど」

「カイロがあるので大丈夫です。それに、冷たくても優しさと関係があるわけないのですから」

 そう言った笠折さんはいつも通りに見えて、ほんの少し陰りがあった。


「あ、見えましたよ。冷やかしに行きましょう」

 目標の雑貨屋は少し混んでいて、カップルが多かった。どうやら、マグカップやボールペンなどのペアグッズが人気らしい。クリスマス仕様のデザインのものが目につきやすく、少し目がチカチカする。手を繋いだままだと邪魔になるため、はぐれないような距離で店内を見て回ることにした。

「自分用に何か買おうかな……」

 笠折さんはシンプルなデザインのマグカップに手を伸ばした。僕も欲しいな、と思いマグカップのコーナーに目を向けると、温かみのある木製のコースターが目についた。これもペアグッズで販売されている。

 今日のお礼に渡してみようかな。照れて受け取ってもらえないかもしれないから、お揃いということに気づかれないようにしなくては。ほんの少しほくそ笑んだ僕に気付いたのか、笠折さんは不思議そうに首を傾げた。

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