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あかねさす 〜僕が本の精霊を幸せにするために〜  作者: 迎 カズ紀
あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音のみし泣かゆ
8/17

放課後デートと運命と揺れ動く心④

 そして訪れた昼休み。階段を駆け降り部室へ入る。体育の疲れが残っているのにこの全力疾走、褒めてほしい。

 ――いったいいつまで続くのだろう。あと二週間弱で冬休みに入るとはいえ、何か手を打たないと「彼女が飽きる」という都合の良い未来を待ち続けるだけだ。

「……いっそ一緒に昼食をとってみるべきか?」

 僕が彼女に絆されるはずがないので好感度がこれ以上上昇することはないが、彼女から僕への好感度を下げることは可能だ。幻滅させることができたのなら、運命という名の変な熱も冷めるだろう。

 そうと決まれば決行だ。部室の戸を開ける。


「やっほぉ、崎村くん。やっと一緒にご飯食べれるね」

 ――恐怖体験としてテレビに投稿しても許されるのではないだろうか?

 部室を出て正面に、須賀原さんがにこやかな笑みを浮かべて立っていた。


 抵抗むなしく、ドナドナされた先は中庭のベンチだった。いつも笠折さんと使っているぼっち飯スポットとはまた別の中庭で、こちらのほうが普段の場所よりも人目が多い。

「はーい、あーん」

「……須賀原さん、僕一人で食べられます」

「えー、食べてよぉ」

 手作り弁当から自信作だという卵焼きを突き付けられているが勘弁してほしい。そりゃあ語尾にハートがつく「あーん」に憧れがないわけではないが、ハートがつかなくても、罰ゲームでいやいやだとしても、最初に「あーん」してもらうのは笠折さんのほうがいい。

 無言でお断りする僕を見て須賀原さんは頬を膨らませたが、何か妙案を思いついたように目を細めた。

「じゃあ、食べてくれたら何でも質問に答えてあげる。それでどう?」

「……いただきます」

 心を無にしよう。これは「あーん」ではない。情報収集の際に必要な犠牲だ。

 卵焼きは普通に美味しかった。よくある塩味で変な味は特にしない。


「……運命って、何か根拠があるんですか? あなたは何をもって運命と断定しているんですか?」

「もう、まずは味の感想を言ってよね。それから一度に質問しすぎ――まあいいわ。答えてあげる」

 本当は不思議系の人に運命だなんて抽象的な概念を聞くべきではないのかもしれない。けれども須賀原さんを、ただの不思議系の人とみなさないほうがいい気がする。

「私の家って占い師の家系なの。特に叔母様はテレビによく出演している有名な方。叔母様には跡継ぎ候補の娘がいるし私の職業選択は自由なんだけど、最低限の事は私でも占うことができるの」

「……」

 本物のスピリチュアルトークに思わず思考が停止してしまったが急いで意識を戻す。

「それで一か月かけて、様々な占いで私と崎村くんの相性を占ったわ。そしたらどの占いでも結果は同じだった。私と崎村くんの相性は最高よ。運命といっても過言ではない結果だった」

 だから、と一度言葉を区切って須賀原さんは微笑んだ。

「付き合わないのは変でしょう?」


「……占いって、一方通行と言いますか見るサイトや誰を主体にするかによって変わる不確定なものだと思うんですけど」

「そうね」

 絞り出した反論の声はあっさりと認められた。思わず「えっ」と声を漏らすと須賀原さんは笑みをより強めた。

「私の唯一無二の運命の人はきっと別にいるのかもしれない。現に崎村君の生年月日とは合致しなかったわ」

「なら――」

「でも、相性の良さは他と比べて飛びぬけて良かったし、何より私自身の感情が正しいと告げたわ。運命だからって一目ぼれできるとは限らないの。それが私を一か月も真剣に考えさせてくれた理由」

「それだったら、たまたま須賀原さんにとって都合のいい相手だったのが僕ということになるんじゃないですか?」


 須賀原さんは静かに弁当箱からエビフライをつまみ上げ、僕の口元に差し出した。

「はい、あーん」

「……」

 一瞬心の中で悪態をついて、エビフライを受け入れる。サクリとした触感が今は不快でしかなかった。

「そうね、私からあなたへの運命度が九十パーセントだとしたら……崎村くんから私への運命度はそれよりも上よ。百バーセントから本当に誤差と言える微量な値を引き算した数値」

 時間が止まった。


「あなたの運命の人は私と合致したの」

 ふふ、と嬉しそうに笑う彼女を傍目から見たら恋する可憐な乙女と言えるだろう。

 それでも目の前の彼女を僕は、得体のしれない何かにしか見ることができなかった。



「崎村?」

 耳に心地良い澄んだハスキーな声。離れた場所からのとても小さな声だったけれど、僕には届いた。思わず顔をそちらへ向けると、今は逢いたくなかった人が渡り廊下から僕を見下げていた。

「――っ」

 目を合わせてはだめだ。自分から見上げておいて酷い話だが、須賀原さんに気付かれてはいけない。幸い僕の笠折さんセンサーが特別発達しているだけなので、きっと彼女には笠折さんの声は聞こえていないはずだ。

 でも、立ち去る気配がない。それがとても嬉しいはずなのに、今じゃないんだと苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべないよう必死で口角を上げた。

「……須賀原さん、すみません。次の時間が移動教室なのでそろそろ行きます」

「残念だけどわかったわ。今日はありがとうね」

 また一緒に食べましょうね、と言われたが、心の底とは正反対の返事をするのはとても苦痛だった。


 急いで教室に戻る。移動教室があるのは本当で、そんなに急がなくても間に合うけれど早く誤解を解いておきたかったから廊下を駆けた。

「――笠折さん!」

 渡り廊下からさほど進んでいない場所で、笠折さんは立っていた。僕を待っていたのだろうか。思わず胸が跳ねるが、笠折さんの浮かべている表情を見て高揚していた勢いが急降下する。

「……お似合いでしたよ」

「まって、ごかいだ」

「あーん、なんかしてもらっていて何が誤解なんですか。そもそも、私たちはただのお友達でしょう。誤解も何も、ないですよ」

「ちが、ほんとうに――」

「大丈夫、分かっているよ。君が口にする愛の言葉が薄っぺらいってことをさ」

 笠折さんはそれだけ言うと走って行ってしまった。追いかけたくても、体育で、昼休みに入ってすぐで、そして今走ったので僕の足は限界だった。

「くそ……」

 自分が情けない。

 僕は笠折さんから得た信頼を僕自身の手で崩してしまったのだ。

 


 翌日からは須賀原さんは僕の教室まで昼食の誘いに出向いてきた。変にクラスの人に注目されるし、逃げ場がどこにもない。終業式の前々日まで、僕はドナドナされ続けた。

 終業式はクリスマスイブだ。前日が祝日なので、その前の二十二日で須賀原さんとの時間は終わる。ひとまず、年内は。

 おとなしくドナドナされ、時折の「あーん」攻め地獄に耐えてきたがもう悩まされなくていい。年末年始の冬休み期間に、どうにか距離を取らなければ。ずっと笠折さんに無視か冷たい目で見られていた日々から脱却するために。

「崎村くんは終業式のあと予定あるの?」

「……」

 ない、と反射的に即答しかけたが踏みとどまった。まずい、何か予定をでっちあげないと強制的に組み込まれてしまう。

「……家族と過ごす予定です」

「ええー、学校終わって夕飯の団欒の時間までかなりあるのに、その時間も家族と過ごすの?」

「それ、は……」

 僕には兄弟がいない。両親は共働きで、夜帰ってくるのは遅い。早くて夕方、遅くて二十時だ。幼い妹や弟をでっちあげて子守しなきゃいけないと言うべきか? いや、彼女の事だ。僕の生年月日を調べた時に身辺調査をしていてもおかしくない。

 思わず詰まってしまった僕を見て、須賀原さんはふっと笑みを浮かべた。この数週間で何度も見た、僕にとっては背筋の凍る柔らかい表情だ。

「じゃあ終業式の日までに用事がなかったら私とデートしましょ」

 デート。なんて嫌な響きなんだ。

「あの、やっぱり――」

 嘘の予定を言おうとしたのと同時に予鈴が鳴る。須賀原さんは目を細めて笑った。

「急がなくていいよぉ」

 間延びした優しいその声は、どこまでも僕を見透かしているようで気持ち悪かった。



「助けてください創哉! 先輩! どうかクリスマスイブに僕に時間を割いてくださいお願いします!」

 放課後、水曜日ではないが年内最後のミーティングということで集まった部室で創哉と穂波先輩に泣きついた。僕の現状を誰よりも分かっている二人だ、協力してくれるはず。

 しかし返ってきた返事は非情なものだった。

「悪い、弓道部の打ち上げがある」

「私も無理だ。第一、私と崎村の予定では須賀原は混ぜてと言ってくるだろう」

「そんな……」

 もう駄目だ。こうなったら海に身投げするしかない。

「笠折を誘えばいいじゃんか。終業式後も本の手伝いあるって言ってたぞ」

「それ、は……」

 笠折さんを巻き込んでしまう可能性を考えると声をかけられない。クリスマスイブに予定がある人を、きっと須賀原さんは見逃さないだろう。

 うじうじとしている僕を見かねたのか、創哉が深いため息を吐いた。

「おまえ、一度ちゃんと笠折と話したほうがいいぞ。直接が難しいなら電話なりメールなりトークアプリなり、何でもいいから須賀原先輩に見られないところで連絡をとれ。このままじゃ本当にだめになるぞ」

「創哉……」

 うつむいていた顔を上げ、創哉と目が合った。創哉は苦笑を浮かべた。

「本当にひどい顔してるぞおまえ。佑飛に笠折断ちなんてできるはずないんだから、とっとと仲直りしろ」

 好きな人を任せた親友からの激励に目頭が熱くなる。僕は「うん」と言おうと口を開きかけて――みっともない笑い声を漏らした。

「連絡先、何も知らない……」

 今日一冷たい空気と視線に包まれた。

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