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あかねさす 〜僕が本の精霊を幸せにするために〜  作者: 迎 カズ紀
あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音のみし泣かゆ
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放課後デートと運命と揺れ動く心②

 自己紹介を済ませると持ってきた手提げを渡した。

 一応チェックしていくから手伝ってくれと言われ、奥の部屋に通された。笠折さんが店番としてカウンターに座ることになったので、加瀬さんと二人きりだ。

「……二代目店主って言ってましたけど、随分お若いんですね。ちょっとびっくりしました」

「ああ、厳密には店主見習いなんだけどな。先月じいさんが腰を痛めて入院したから、急遽引き継ぎって感じだけど、まだじいさんに認められてないし」

「そうなんですね……」

 己のコミュニケーション能力の無さで会話が途切れたが、夏休みの終わりにカウンターに座っていたのがおじいさんだった記憶が正しかったことが分かって安心した。こんなイケメンが店番をしていたら絶対記憶に残るだろうし。


「えっと、お友達くんは――」

「崎村佑飛です」

 思わず遮るように言ってしまったが別に「お友達くん」という呼称にむかついたからではない。まだ名乗っていなかったことを思い出しただけだ。本当にそれだけだ、本当に。

 でも見透かされていたようで、加瀬さんはおかしそうに目を細めた。

「はは、食い気味に言わなくていいよ。で、崎村くんはいつから枝真とお友達になったの?」

 お友達を強調気味に言うのは本当に意地が悪いと思う。

「……文化祭からです」

「ふうん。今は十二月の頭だから一か月と少しってところか。……ん? 崎村くんは十月頭にできたお友達くんとは別なの?」

「それは僕の友達の竹蔵創哉という男です。僕と笠折さんが知り合ったのは九月の頭です」

「へえ」

 加瀬さんは愉快そうに笑った。なんなんだこの人は。そして笠折さんは創哉と友達になったことは報告しているのに僕とのことはしてなかったのか。ここでも創哉に先を越されるとは……。

 無意識のうちに口を尖らせていたのか、加瀬さんは拗ねるなよと言った。

「正直、こんなに早く枝真が心を許してるのは意外だったよ。春河とも最初はぎこちなかったのに。ありがとうな」

「……笠折さんには」

 過去に友達がいなかったんですか。

 そう言いかけてやめた。とてもデリケートな問題だ。それを本人がいないところで勝手に聞くのはダメだろう。僕が――創哉もだけど――笠折さんの友達になったことを本当に喜んでいる様子が加瀬さんにもハルちゃん先生にもあることに違和感を覚えたとしても。

「……これで確認はおしまいだな。缶ジュース持ってくるから、枝真に何がいいか聞いといて」

 そう言って加瀬さんは立ちあがって冷蔵庫のほうへ行った。僕も腰を上げ、カウンターのほうへ向かう。


「笠折さん……」

 声を掛けようとして、少し息が詰まった。静かに店番をしている笠折さんの横顔は本当に絵になって、本の精霊感がグッと上がって、それからほんの少し儚げだった。

「笠折さん。加瀬さんが、缶ジュース何がいいって」

「そうですね、オレンジジュースでお願いします。どうせいつも缶コーヒーかそれしかないので」

「うん、わかった。僕もそうしようかな」

「……崎村?」

 不思議そうに名前を呼ばれる。いたって普通の会話しかしていないのに、と首を傾げると笠折さんが続けて口を開いた。

「なんでちょっと嬉しそうな顔をしているの?」

「え……」

 完全無意識だった。そんなに嬉しそうな顔をしていたのか?


 思わず顔をぺたぺた触って確認していたら笠折さんは少しだけ目を細めた。その柔らかい空気で気が付いた。

 本の精霊じゃない自然な笠折さんが大好きだなあってことに、今更気が付いたのだ。


 オレンジジュース二つと缶コーヒー一つを持って加瀬さんがカウンターへ戻ってきた。

「それ飲んだら車で送ってやるから。もう外暗いしな」

「ありがとうございます」

 お礼を言うが、ほんの少しがっかりした。放課後デートもとい笠折さんのお手伝いはここまでだ。

 うーんと思いながらちびちび飲んでいると、加瀬さんと目が合った。そしてふっと笑みを浮かべられる。何故だろう、あまりいい気持ちではない。もしかして僕が笠折さんを好きなことに気付いているのか。

 笠折さんのご両親の前に、このいとこ様を認めさせる必要があるようだ。

 店じまいを終え、加瀬さんの車に乗った。笠折さんは助手席だ。そんな予感はしていた。

「直くん、先に崎村を送ってあげて」

 笠折さんの僕が早く帰れるよう気を遣ってくれたことは嬉しいが、笠折さんの自宅が分からないのは少し悔しい――だなんて流石に思っていない。そこまでのストーカー気質は持ち合わせていない。

「はいよ。崎村くんはおうちどこ?」

「えっと、入り組んだとこなので近くのコンビニまでで大丈夫です。××市の――」

 車が発進する。普段車で通らない道の景色は新鮮で、同じ空間に笠折さんがいるというだけで格別なものになった。

 僕と笠折さんの記念すべき最初の放課後は、あっという間に過ぎて終わった。



「ふんふふ~ん」

「……鼻歌うるさいぞ佑飛」

 珍しく部活に顔を出していた創哉に注意される。今日は一月中旬、厳密にはセンター試験後に頒布する三年生卒業おめでとう部誌の第一回推敲会だ。卒業式自体は二月末だが自由登校期間に入るまでに図書室横に置いておいて好きな人は持って帰ってくれシステムを搭載しているらしい。部に卒業する三年生がいれば私情と気合が入るが、今年はいないためゆるく取り組んでいる。もちろん、三年生以外も貰って良し。笠折さんは手に取ってくれるだろうか、と考えると気合が入るのは公の秘密だ。

 締め切りまで推敲会を設ける必要はないが、文化祭で燃え尽きた部員が多くネタが出ないということで急遽行われたのだ。推敲できるほど書いてる人のほうが少なく、厳密にはアドバイスをし合う会である。


「創哉の読んだよ。珍しく恋愛もの書くんだね」

「たまにはな。クリスマス近いからバカップル増えてきたし、あてられたのかも」

「もう創哉ったら。僕と笠折さんがバカップルだなんて」

「おまえらの事じゃないしおまえらはカップルですらないだろ」

「おい、言って良いことと悪いことがあるだろう!」

 先輩たちのクスクスと笑う声で我に返る。うるさくしてすみません、と謝り真面目な顔をつくる。

「まあいいんじゃないの。冬景色の描写はしっかり目に浮かんだし、静かに進んでいく感じが流石『とりもち』先生って感じだったよ。それで続きは?」

「はいはいどうも。続きというか、クライマックスをどうするかで悩んでるんだよ。告白シーンって、読者は結構気にして読むだろ?」

「告白シーン……」


 僕の場合は勢いあまっての一回目、真面目に想いを伝えた二回目。どっちも本気のものだったけど、状況を考えると創哉の話とは合わないだろう。それに、二回目の告白はあまり他人に言える状況ではない。

「大衆がどういう告白に憧れるのかは知らんが、竹蔵の満足いくものを書ききれ。話はそれからだ」

「部長……それじゃアドバイスになってるのかわかんないですよ」

 穂波先輩が一刀両断し、別の先輩が苦笑いを浮かべる。彼女らも創哉の小説を読み終えたようだ。創哉へのアドバイスが始まったので邪魔にならないよう席を離れる。ちょうど空いた先輩のもとへ行き、意見交換をした。

 何人かの先輩に作品を見てもらい、穂波先輩から意見を貰うのが最後になった。

「崎村は今回もひねくれた話を書いたんだな。脳内花畑な癖に。特に最近は」

「先輩、いろいろ余計です」

「でも実際、どう考えたらこんな作風になるのかは気になるよ。崎村が書いてるとは思えない」

 そう言われても、実際にできたらこんな風になっているのだからどうしようもない。先輩に限らず、誰も悪いとは言っていないし部誌にはさんである感想アンケートを見ても批判はなかった。


 寂しい話を書くんだね。


 以前笠折さんに言われた言葉が反芻される。寂しい、のだろうか。

「それで、途中までしか書いてないと言っていたがどこか悩んでいるのか?」

 穂波先輩の声で意識を戻される。

「なんというか――先が見えなくて」

 要はスランプだが、本当にぽっかりと先が見えなくなったのだ。

「色恋にうつつを抜かしてもいいが、締め切りだけは落とすなよ」

 穂波先輩に冷たく忠告される。それから不意に目を細められた。

「書きたいことだけは見失うなよ」

 それだけ言うと穂波先輩は席を立ってホワイトボードの前へ立った。部長席だ。

「じゃあ全員読み終えただろうから、今後の予定と編集係等々について決めるぞ」

 締め切りまではあと一か月。書き終えることはできるのだろうか。



 部活もすることが終わり、先輩たちはばらばらと帰りだした。僕たちも帰るか、と創哉の顔を見る。

「穂波先輩、帰らないんですか?」

 部長には戸締り責任がある。けれども先輩は携帯を見て顔をしかめていた。

「……崎村、そういえば今日は部室に来るのが早かったな」

「え、はい。今週は掃除当番がなかったですし」

「用事は済ませてきたのか?」

「用事? 今日は何もなかったですけど」

 先輩は大きくため息を吐く。いや、本当に心当たりないんですけど。

「……崎村。昇降口に私もついていこう。竹蔵も来てくれ」

「……?」

 二人顔を見合わせる。しかし僕は「きょとん」が似合う表情を浮かべたが、創哉が浮かべた表情は「何したんだおまえ」だった。濡れ衣だし心外だ。



 昇降口へ三人で向かうなら先に鍵を返しに職員室へ行く方が効率良い。それなのに穂波先輩は先に昇降口へ行くよう言った。鍵返しに行くくらい着いていくのに、先輩は頑なに「いいから、早く行くぞ」と言って聞かない。僕たちはおとなしく部室から出て昇降口へ向かった。

「……一つ言っておく、君は厄介な奴に目を付けられたことを自覚しろ」

「? それってどういう――」

「崎村くん!」

 甘さが際立つ高い声。そしてどこかで聞いたことのある――。

 声がしたほうへ顔を向けた途端、胸に何かが突っ込んできた衝撃が走った。つまり、誰かが僕の胸に飛び込んできたということで――。


「お断りだ!」

「第一声がそれ?」

 当たり前だ、笠折さん以外抱き留める気はない。いや、まあ親戚のちびっこくらいなら受け止めるけど。それくらいの寛容性がないと嫌われる。

 女生徒を引き離し創哉の陰に隠れる。誰だ、誰なんだ。

 女生徒を観察する。ロングヘアーを緩く巻いて、瞳がぱっちりとした女性らしい人だった。そしてどこかで見たような気はするけど、やっぱり当たりがない。可愛らしく頬を膨らませているが、怒られる理由が分からない。

「崎村くん、どうして来てくれなかったの? 手紙受け取ったよね?」

「手紙?」

 家のポストはいつも父が回収するし新聞以外入ってなかった。朝登校して下駄箱を見たけど何も入ってなかった。学校に来てから部活が終わるまで特に何もなかった。じゃあ昨日? 昨日は笠折さんと放課後デートして。僕と笠折さん(ついでに加瀬さん)だけの空間に入り込む余地なんてないし僕が覚えようとするはずがない。だったら放課後までの間に――。

「……あ」

 五時間目、後ろの席の女子から渡された「明日の放課後、屋上で待ってます」の紙。

「私、ずっと屋上で待ってたんだよ?」

 ――可愛くもたしかに僕を責める視線と、創哉の「やっぱりおまえじゃねえか」という冷たい視線と、チベットスナギツネのような目でこの様子を静観している穂波先輩の視線が突き刺さった。

 そして思い出す。

 穂波先輩の数少ない友人で、僕の手で部誌を買った二年の女子生徒だ。


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