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あかねさす 〜僕が本の精霊を幸せにするために〜  作者: 迎 カズ紀
あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音のみし泣かゆ
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放課後デートと運命と揺れ動く心①

 僕と笠折さんの「お友達」という関係は、当初の幻想よりはしょっぱいが確実に甘いものだった。理由は簡単。

「おまえらー。ぼっち同士で食う飯はうまいかー?」

「ハルちゃん先生! 二人の甘い空間を邪魔しないでください!」

「いや、甘くはないです」


 僕も笠折さんも、創哉を除くと友達がいないから、創哉がいないと必然的に二人きりで過ごせる。悲しいがそれだけである。ちなみにここは人通りが少ない中庭のベンチである。そして僕と笠折さんの距離は全然肩が触れ合わないものである。悲しい。

「櫂悟くん、どうしてここが分かったんですか?」

「枝真の性格なら教室みたいに目立つところで食わないだろうし、崎村も気を遣って場所考えると思ってさ。それで飯を食いやすいところってなると古来より伝わるぼっち飯スポットかなと。名推理だろ?」

「悔しいが名推理……。それにしても、今は勤務中ですよハルちゃん先生! 笠折さんを呼び捨てにしない!」

「保護者かおまえは。あと春河先生と呼べ」

「保護者は櫂悟くん――春河先生のほうです。でも、私も気を抜いてました……反省です。クラスでは気を付けているのに」

「それは気を抜いたところを見られても平気な家族のような関係に僕も含まれているってことかな? すなわちこれは入籍?」

「飛躍しすぎだ」

 軽くハルちゃん先生に叩かれる。叩いたものは僕のノートだった。

「先生、わざわざノートを届けにここまで?」

「ああそうだ。二人がどんな風に交流を進めているのか心配で、理由を付けて見に来たが――」

 ここでハルちゃん先生は言葉を区切った。何故だろう。同情がこもった眼で見られている気がする。

「ある意味健全そうで、よかったよ」



 僕と笠折さんの関係は至って健全で、健全すぎて笑われるレベルだ。何しろ普通の友人関係を築き始めたばかりだからだ。

 僕なりに好き好きアピールをしているつもりなのだが、雑にあしらわれている。文化祭の日から一か月近く経ったが関係に何の変化もない。このままじゃいけない、と思うも少し臆病になっている自覚はある。

「……ねえ、笠折さん」

「何ですか?」

「今日の放課後って」

「いつものように本の修復作業です」


 笠折さんが国語科準備室で行っていること。それは本の修復作業である。ハルちゃん先生の伝手で引き取った古本を直し、古書店に持っていくというアルバイトのようなことをしているそうだ。

 僕も手伝う――と友達になってすぐの頃に名乗り上げたが、きっぱりと断られた。ショックを受けたが、こっそりハルちゃん先生から「バイト代減るのが嫌なんだよ」と教えてもらった時は思わず抱きしめたくなったが。

 それとこれは別で、たまには一緒に放課後を過ごしたいと思う訳で。

「……やっぱりその、ちょっとだけでも手伝っちゃ嫌かな?」

 背後に犬のオーラをまとってそう声をかける。今の僕は雨の日に段ボールの中にいる捨て犬だ。プライドなどとうに捨てている。今の僕は愛くるしい犬だ!

「……古書店に持っていくのを手伝ってくれたらいいですよ」

「えっ」

 あっさり許可を貰えた。どうしてだ。犬が好きなのか。僕は今完璧な犬になれていたのか。

 ぐるぐる目を回しそうな勢いで悩んでいると、笠折さんは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「今日持っていく予定の本がいつもより多くて――それだけです。期待させたなら、その、ごめん」

「とんでもない!」

 すごく嬉しい、というのを前面に出すと笠折さんは苦笑を浮かべた。

「では放課後。よろしくお願いします」



 早く放課後になれと思いながら五時間目の授業を受ける。心はもう放課後デートにしかない。鼻歌でも歌ってしまいそうな勢いだ。

「……ん?」

 背中に何か細いものが当たる感触がした。丸みから考えてボールペンだろうか。

 身体を後ろにひねると予想通り後ろの席の女子が僕にボールペンを当てていた。僕と目が合うと同時に何か渡される。

「これ、先輩から」

 そう小声で言ったきり下を見てノートを執ることを再開した。

「……どうも」

 僕も先生に気付かれないうちに体勢をもとに戻す。

 でもどういうことだ。

 渡されたものは折りたたまれた紙だったが、こういったメモ回しは「○○まで回して」と言いながら回し、該当者には「これ回ってきたよ」で終わるだろう。授業中に○○にメモを渡したい健気な人間。もしくは意地悪な人間。そんな感じだ。

 なのに、先輩からってどういうことだ。せめてこのクラスの人間ではないのだろうか。

 交流のある先輩と言えば穂波先輩をはじめとする文芸部の人たちだが、こんな真似事をする人たちじゃない。揶揄うならもっと巧妙にする。

 恐る恐る紙を広げる。そこにはたった一言。

「明日の放課後、屋上で待ってます」

 明日の放課後は文芸部の活動だ。よし、無視しよう。せめて名を名乗れ。

 そう思って板書を写す作業に戻った。



 ホームルームが終わるとすぐに教室を飛び出した。身体は放課後デートだ! としか叫んでいない。足取りが軽い。ああ、なんて幸せなんだ! 放課後に約束とは素晴らしい!

 国語科準備室に行くともう笠折さんがいた。ホームルームの話が長いうちと違って早く終わったのだろう。もう持っていく本を手提げに詰め込んでいた。

「行きましょう。電車で行かないといけないので、重たいと思いますが手提げに本を入れていきましょう」

「了解。でも、先生は送ってくれたりしないんだ? こんなに重たいのに」

 そう疑問に思って聞くと曖昧な表情を浮かべた。

「一応こっそりお仕事としてやってますから……。本来なら古書店で引き取って作業するものを、国語科準備室を貸してもらえているだけでも感謝です」

「そっか……よし、頑張って持っていくね」

 そう言って手提げを持つ――があまりの重さに思わず膝が折れる。笠折さんは呆れた視線を僕に向けた。

「……私より非力じゃやっていけませんよ」

 そう平然と手提げを持った笠折さんはかっこよかった。


 なんとか意地を見せて電車に乗り込んだ。放課後のラッシュは特になく、押しつぶされそうになった笠折さんをかばうなんてイベントはない。座席が空いているほどガラガラだったのは大助かりなので別にいいんだけれど。

「笠折さん、いつもこんな量を持って行ってるの?」

「いえ、今日は二人で行くので手提げ二つ分ですが、いつもは手提げ一つ分ですよ」

「……それでもすごいね」

「ふふん。力持ちですから」

 得意げな顔をして笠折さんは席に座る。僕と笠折さんの間には手提げが二つ分ある。

 それでもだいぶ縮まったな……とニコニコしていると不審そうな目で見られた。

「それで、何駅で降りるの?」

「繁華街のほうに古書店があるのですが、元町駅のほうが近いのでそこで降ります」

 そこまで聞いてふと思い当たる。もしかして――。

「くれない書房?」

「正解です。行ったことあるの?」

「……まあ」

 夏休み最終日に笠折さんを見かけたところだけど、笠折さんは僕がいたことに気付いていないようだった。結構狭い店内だったのにな、と思うも仕方がない。きっと古書店――くれない書房が当たり前の場所だからだろう。

「あ、そろそろ元町駅ですよ」

 笠折さんの声は少しだけ弾んでいた。


 くれない書房に着く。繁華街でひっそり息をしている古書店。少し狭い店内には大量の本がある。そういえば笠折さん、背伸びして上のほうにある本を取ろうとしていたっけ――。数か月前なのに鮮明に思い出せる姿は、何度思い出しても愛しい。

「お、枝真。今日は友達連れてきたのか?」

 不意に奥のほうから声を掛けられる。振り返ると若い男性がカウンターに座っていた。眼鏡越しに見える切れ長の目が涼し気で、大人の色気があった。髪の色も色素が薄く、俳優と紹介されても疑わないような外見だ。

 ……ちょっと待て。笠折さんを下の名前で呼んだ?

「直くん」

 笠折さんも親しげに返す。どういうことだ、アルバイトとしての関係じゃないのか?

 思わず手提げを強く握ったのがばれたのか、笠折さんは小さくため息を吐いた。

「絶対変な事考えてるでしょ……。直くんは私のいとこです」

 いとこ、ってもしかして――。

「ハルちゃん先生の友人って……」

「お、春河の教え子なのか。俺は加瀬直。くれない書房の二代目店主です。よろしくな、お友達くん」

 直くん改め、加瀬さんはそう言ってニヒルに笑った。


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