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あかねさす 〜僕が本の精霊を幸せにするために〜  作者: 迎 カズ紀
あかねさす日の暮れぬればすべをなみ千度嘆きて恋ひつつそ居る
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本の精霊と告白と友達④

 文化祭の日はあっという間に訪れた。二日間の日程だが、特に回りたいところはないのでずっと部室にいることにした。クラスの出し物はただの展示。前日準備をしたから当日の係は何も当てられていない。短い高校生活の過ごし方がそれでいいのか、と聞かれたら良くないだろう、と答えてしまう非リアぶりだ。

 まあ先輩方はクラスの模擬店で忙しいし、創哉は実行委員の手伝いをしているので僕が適任だっただけだ。

 部室は一号棟三階の端にある。階段を上がってすぐ横だが、あいにく隣の教室である二年七組がお化け屋敷で人気があり、ほとんどの人がそちらに流れている。時折お化け屋敷に入った連れを待つ人が訪れるので、頒布ペースは上々である。ありがたい。


「あのー、部誌ください」

「はーい」

 文芸部員のほとんどが二年なので、必然と客も二年が多いように感じる。笠折さんの宣伝効果らしきものは、今のところ感じられていない。

「……」

「……あの?」

 差し出した部誌を受け取ってもらえず、思わず声をかけてしまう。二年の女生徒は何故か僕の顔を見てフリーズしていたが、声をかけるとすぐに我に返った。

「ごめんなさい、つい見とれてしまって」

「はあ……」

 あれだろうか。これはモテ期というやつだろうか。あいにくだが僕には笠折さんという心に決めた人がいるのでみじんも嬉しくない。

 女生徒が出て行ったのと入れ替わりに、穂波先輩が入ってきた。

「さっき須賀原が来ていたのか……何か顔色が変だったが、崎村が何かしたのか?」

「何もしてませんよ……というか、先輩の知り合いですか?」

「ああ、数少ない友人だ」

 なるほど、穂波先輩つながりで部誌を取りに来たのか。あまり本を読まなさそうな人だったから意外だったが、読書家なのかもしれない。

「そんなことより交代だ。後輩を働かせてばかりというのも気を遣う。展示物でも見てこい」

「……そう言って、先輩が休みたいだけでしょう」

「何だ気付かれたか」

 穂波先輩がさっきまで模擬店当番だったことは知っている。おおかた接客に疲れたのだろう。

 ちょうど昼時だし、真意はどうあれお言葉に甘えることにした。笠折さんのクラス展示を見て、適当な屋台で昼食を済まそう。



 笠折さんのクラスである一年六組は黒板アートを展示していた。授業で使うミニ黒板にも様々なキャラクターが描かれている。受付に笠折さんが居なかったため、一通り見たら早々と退室した。決して「誰こいつ? うちの学年にいたっけ?」という女子の視線に耐えられなかったわけではない。

 中庭に出て屋台を物色する。あまり小遣いを使いたくないので、腹持ちの良さそうな焼きそばを買った。人気のなさそうなところで食べようと、二号棟四階を目指す。三階までは展示をしている教室があるが、四階は確か何もやっていないはずだから。

「……ん?」

 二号棟と繋がる渡り廊下を走る人影が見えた。中庭からだからしっかりとは分からないけれど――嫌な予感がする。



 二号棟の渡り廊下は四階以外に設置されている。先ほど見た人影は三階の渡り廊下を走っていたので、まずは三階を見たが――それらしき人はいない。

 僕自身の走る速さは平均といったところなので、急いで駆け上がっても間に合わなかった可能性のほうが高い。人影の走る速さは僕よりも上だったから、もうとっくにどこかに行っているだろう。

 けれども――僕の嫌な予感が当たっているのなら。

「四階、国語科準備室……」


 国語科準備室の扉をノックする。ハルちゃん先生はさっき中庭にいたのを見かけたし、他の国語科の先生がいるとも思えない。

 だから本来なら開いていないはずだが――簡単に戸が開いた。

「どうして、君が……」

「こっちの台詞だよ、笠折さん」

 やっぱり、ここを開けられる唯一の生徒、笠折さんだった。奥にある教師用机の陰でしゃがみこんでいた。開け放たれた窓から風が流れ込んで、カーテンがひらひらとはためいている。その影で表情は分かりづらいが、ハッピーな表情ではないことだけは分かる。

「どうしてこんなところに?」

「……別にどうだっていいでしょう。崎村こそなんで」

「笠折さんらしき走り方、速度の人が二号棟に向かって走っているのが見えたので」

「……気持ちわるいよ、それ」

 何とでも言ってくれ。

「それで、どうしてこんなところに?」

「……」

 笠折さんは気まずそうに目をそらしたが、観念したようにため息を吐いた。

「それ、私のせいでダメにしちゃったみたいだし正直に言わないとね。あまり人に言いたくないことだけど……」

 笠折さんの口がもごもごと動き何か続きを言うが、距離もあり残念ながら聞き取れなかった。近づこうとすると「待って!」と叫ばれたのでおとなしく足を止める。


「……崎村、は」

 笠折さんの声がつっかえた。唇がひどく震えている。

「本当に、私のこと――好きなの? からかっているとかじゃなくて?」


 不信感を目に宿して、小さな声で尋ねた笠折さん。何を分かりきったことを、と僕は微笑む。

「あの日の告白は勢いだったけど、付き合いたい気持ちも、交際を前提にお友達になりたいと言ったことも嘘じゃない。これは僕の初めての感情だ。初恋だ。僕は笠折さんが好きだ」

 笠折さんの目が一瞬潤んだように見えた。でもそれは僕の気のせいで、いつものように僕を見ていただけだった。

「崎村の初恋が今なら、私の気持ちなんてわからないよ」

 笠折さんが息をすった。

「……さっき、会ったんだ。本当に偶然、なんだけど」

「……誰と?」

「私の――初恋の人」

 潮風をはらんだ突風が、部屋を突き抜けた。

「中学の時好きだった人で、私の一方的な片想いで、今何かあるわけじゃないんですけど――それでも」

 笠折さんは震えたままだった唇を閉じ、何度も深呼吸をして呼吸を整え、僕をまっすぐに見た。

「だからごめんなさい。崎村の気持ちには応えられない」


「……それ、弁償するよ」

 さっきも言われた「それ」が走ってぐちゃぐちゃになった焼きそばということにようやく気付いた。それと同時に腹の音が鳴る。

「タッパーに入ってるんだし大丈夫だよ。それに――」

「それに?」

「せっかくだから一緒に食べようよ」

 笠折さんの目が見開かれる。理解できない、と言うように。

「崎村は馬鹿なの? 私は今、フったんだよ」

「笠折さんに今付き合っている人がいないならフられたことになってないよ」

 そう言った僕を見て、笠折さんは首を横に振った。


「……私、崎村に応えられないよ。恋をしているとき。好きな人がいたとき。その時が、その日々が、おそらく人生で、一番幸せで一番眩しい時だった。だからもう、幸せを感じるときなんて来ないよ」

「なら、僕にとって今君といるこの時がもっとも幸せな時だ。そして君にとって僕といる時が、二度目だとしても最良の日々になってほしい。それも、最期まで続く最後の人に」

「……本当に馬鹿」

 何とでも言ってくれ、と言う代わりに笑った。そしたらいつもと同じ呆れた顔をされ、もっと笑みが増す。

「……けど」

「どうしたの? 笠折さんもお腹空いた?」

「違います! いや、お腹は空いてますけどっ」


 笠折さんはしばらく「あー」とか「うー」とか言って可愛らしく悩んでいたけれど、観念したように息を吐きだした。

「交際を前提としたわけじゃないですけど」

 そう前置きして。

「お友達になりましょう」

 笠折さんは僕の前に手を差し出した。

 僕はその柔らかな手を握り返して――。


「――やっぱり僕たち、まだ友達じゃなかったんだね」

「文句があるなら、一緒にお昼食べるのは無しですよ」

「とんでもない光栄です」

 こうして僕たちの「何だかんだあって」を無事に迎えることができた。わずかな甘さと目を背けられないとんでもないほどの苦さを抱えて。


あかねさす 日の暮れぬれば すべをなみ 千度嘆きて 恋ひつつそ居る


日が暮れてしまうと 遣る瀬もなくて 幾度も嘆いて 恋い慕っている

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