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あかねさす 〜僕が本の精霊を幸せにするために〜  作者: 迎 カズ紀
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
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チョコレートと失恋と冬の夜の海⑦

「……起きていてくれてありがとう」


 しばらく砂浜に座って暗い海と空を眺めていると、笠折さんが静かに呟いた。独り言のつもりだったのだろう、言ってから数秒後に「あっ」と口を押えた。


「本を読んでいたんだ」

「……どんな本?」

「実は上滑りして、内容はよく覚えていないんだ。栞さえ使えたらよかっただけで」

「栞? …‥ってああ、使ってくれてるんだ」

 笠折さんは驚いたようで、変にぶっきらぼうな言い方になっていた。思わずふふっと笑ったら小突かれた。ちょっと痛い。今殴り合いのけんか一歩手前になるとは。


「そういえば、どうして桜の栞だったの?」

「……私の誕生花、サクラなんだ。クリスマスの時期にサクラの押し花なんて珍しいなってのもあったけど」

「そうなんだ――ん?」

 自分の誕生花の栞を買った笠折さん。超絶可愛い。二つ買った笠折さん。言うまでもなく可愛い。その一つを僕にくれた笠折さん。それって、つまり――。

「もはや婚約指輪では?」

「ふざけないで」

 また小突かれる。今度は普通に痛かった。照れ隠し、そう思おう。




「……さきむら」

「何、笠折さん」

 また、静寂。それを破ったのはまた笠折さんだった。


「さきむらは、こわくないの?」

 静かで、震えて、確かめるような声音。何とは言わないけれど、笠折さんが一番怖がっていることなのだろう。そしてそれは、きっと。


「怖いものはあるよ。でも、笠折さんが怯えていることでは怖がっていない。僕、そういうところズレているからね」

「……そっか」

 笠折さんは上を向いて白い息を吐いた。それからもう一度、そっかとささやく。


「分かり合えないってのも、いいことなんだね」


 憂いを帯びて、それでいて優しい横顔に見とれる。名前を呼ぼうとして唇を開こうとした一瞬、笠折さんはスッと立ち上がった。



「あーーーーー!」



 突然の大声に空気がビリビリとする。今までで一番大きな、どこからそんな声が出るのだろうというような叫び声。

 信じられないものを見たかのように口をあんぐりと開けていると、笠折さんは声を上げて笑った。


「一度叫んでみたかったんだ」

 青春っぽいでしょ、と高校生らしく。





 その後僕たちは家路についた。笠折さんを送り届けて、それから自転車を走らせる。行きよりも帰りのほうが早く感じた。かかった時間は遅いのに。

 家に着くと凍える体のまま布団に潜り込む――前に、起きて待っていた両親にこっぴどく怒られた。朝日が出てから帰ってきなさい、だなんておかしい叱り方をされたのは初めてだった。いれてもらったココアを飲み干してから布団に潜った。


 運よく二人とも風邪をひかなくて、持久走大会はちゃんと参加できた。笠折さんは二十五位、僕はぎりぎり七十九位。まあ何とかなった、と胸をなでおろした。

 創哉と穂波先輩にチョコを渡すことができた。二人とも驚いて、笠折さんにお礼を言ったあと僕の背中を強くはたいてきた。理不尽だって思わず言うと心配をかけさせるなと怒られた。その件はとても申し訳ない。



 渡したあと、誰も通りそうにない中庭のベンチへ行った。純ココアを使った手づくりのトリュフを渡すと悔しがられた。崎村のくせに、という言葉は聞き流した。


「……崎村のためのチョコ、買えてなくて。ホワイトデーの時でもいい?」

「もちろん」

 微笑んで返すとほっとしたように笠折さんは目を細めた。それから、鞄の中をガサゴソとかき回し、奥から少し角がつぶれたチョコレートの箱が取り出される。


「これは、渡す必要がなくなった、チョコです」

 少し乱暴な手つきで包みをはがし、ちょっと高級そうなチョコレートが一つまみされる。


「処分するのを手伝ってください」

 口に押し付けられたチョコレートは確かに高いものの味で、僕たちには少し早い苦さだった。





「崎村。君と真剣に向き合いたいから待っててほしい」

 待たせてばかりでごめんね、と申し訳なさそうに言った声は、いつまでも待つよという僕の声でかき消された。


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