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あかねさす 〜僕が本の精霊を幸せにするために〜  作者: 迎 カズ紀
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
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チョコレートと失恋と冬の夜の海⑥

 静まり返った電波が再び動き出したのは、僕がきっかけだった。

「――笠折さん」

「なん、ですか」

 わずかだけど、詰まった声。うん。やっぱり。

「泣いてる、よね?」

「デリカシーのかけらもないんですか君は!」

 涙が引っ込んで怒った、というような声が耳に届いて、思わず声に出して笑ってしまった。

「そうそう。もっと怒って」

「変態ですか、君は……」

「だって僕にむかついてるんでしょ? 僕も笠折さんにむかついてるから、言いたい事があったらお互いに言っといたほうがいいじゃないか」

「……」


 呆れのような憤りのような、うなるような声にならない声が耳に届いたが、すぐに笠折さんは声を届かせようとした。

「河川敷で殴り合いでもしますか。ベタですけど。勝つ自信はありますよ」

「それ、勝敗がついたらダメなやつじゃない?」

「……汲み取ってくださいよ。君の顔を見て直接言ってやらないと調子が出ないんです」

「そうだね。電話だと、耳に直接声が届いて変に浮ついてしまうからね」

「ふざけないで崎村」

 あ。本当に怒った声になってきた。


「――笠折さん」

「……何ですか」

「さっきの言葉、嘘じゃないよね?」

 喉が鳴った音がした。それから数拍空いて、うん、と聞こえた。

「嘘じゃない」

「僕は笠折さんに、何ができるかな」

 とても意地悪な伺いだった。やっと変わろうと一歩踏み出せたのに、もう数歩先を要求してしまっている。それでも笠折さんは、震える声を絞り出した。


「じゃあ今すぐ駆けつけて、助けに来てよ」



「ああ」

「……冗談だよ。君、私の家知らないでしょ……本当に知らないよね?」


 即答した僕に対して、笠折さんは苦笑を浮かべた。顔は見えないけれど、声色で分かる。だんだんそれは信じられないと言う声に変わっていったけれど、すぐにその諦めを遮る。

「知らないけれど、探し当ててみせるよ」

「……いやいや、もう深夜だよ。いいよ、そんな」

「だって笠折さんからのお願いだよ。叶えたいんだ。僕は貰ってばかりだからね」

「……」


 笠折さんは迷っているようだった。言われた通り、もう日付が変わってしまっている。高校生が深夜に出歩くなんて良くないことだ。それから真冬に外に出て風邪をひいてしまったら持久走大会に出られない。時間をおいて、明るい時間に話すべきだ。それはお互い分かっていることのはずだった。


 それでも。

「――私の家、高校から近いというか……」


 ――愛しい声が、紡がれる。

「海の近く、だから」




 自転車の光が暗い路に一筋の光となって射し込まれる。自転車で登校したことはなかったけれど、案外近いのかもしれない。それは交通量が明らかに違うからそう感じるだけな気もするが。ともかく、思っていたよりも早く指定された場所に着いた。

「……早かったね」

 海の駐車場で、笠折さんが先に着いて待っていた。

「かさおり、さん、あるいて、きたの?」

「自転車出してたら、親に気づかれるから。十分ほどだしね」

「そんな、あぶないのに……!」

「大丈夫だよ。言わなくても分かってるでしょうに」


 笠折さんは自嘲気味に言う。言いたいことは分かったが、そういう問題ではない。

「帰りは送るから。絶対に」

「……わかった」

 息が整ってきたのと同時に、なんだか懐かしい気持ちになる。ようやく――話せそうだ。


 浜辺を抜け、波打ち際まで来た。今日は空が明るく、真夜中でもよく見えた。

「……」

 どちらも何も言わない。ただ静かな冬の夜に、海の音が重なっただけの時間。電話越しじゃなくて、直接顔を見て話がしたかったけれど、いざ会うとどうしたらいいか分からなくなる。おまえも仲直り下手な側なんだから、と言われたし。


「――崎村ってさ」

 考えあぐねている僕の代わりに、笠折さんが口を開いた。

「崎村って、待ってくれる時と待ってくれない時があるよね」

「え……?」


 どういうことだろう。待つ時と待たない時?

 笠折さんのほうを見ると、笠折さんもこちらを見ていた。

 月明かりがあっても、表情は読み取りづらい。

 それはきっと、僕のほうに問題があって――。


「私、あの時、私なりに楽しかったんだよ。最後に彼を見かけてしまったせいで台無しになったけれど――」

 笠折さんはゆっくりと言う。慎重に言葉を選ぶように、思い出しながら紡いでいる。


「それにきっと、終業式の日も――楽しかったんだ」

 あの時の問いかけ。そうか。僕は。


「それが伝わらなかったのが、言うまで待ってくれなかったのが。私が崎村にむかついていた理由。それで、崎村がわたしにむかついていることは? あの時の言葉だけじゃないでしょう」


 ――なんとかっこいいのだろう。それに比べて、僕は。

「……笠折、さんは」

 声が震えた。寒いからじゃなく、怖いから。


「好きな人がいるから頑張って生きようと思えたって、言ってたよね。それは僕も同じなんだ。笠折さんに告白してから、世界が劇的に変わった。それ以前に世界がどう見えていたのか思い出せなくなるくらいには」

 あの時は避けていたことを口に出す。


「――でもねそれは世界に初めて色がついたわけじゃないんだ。新しい色が加わっただけなんだ。だから――だからね」

 あの時は言えなかった自分の気持ちを伝える。


「僕と笠折さんは、本当の意味では分かり合えないんだと思う。そのことを分かっていなくて、同じだと思い込んで、僕は笠折さんに強要しようとしていた――でもね」



 「でもね」のあとをなかなか言えなかった。それでも、笠折さんから目を逸らさなかった。笠折さんも真剣な表情で続きを待ってくれている。


「――笠折さんの言う通り、僕はひとりで全部分かった気になって、決めつけて、今の笠折さんを見ていなかったんだ。だから僕のはむかついたんじゃなくて、勝手に落胆していたんだと思う」




「夢見がちなんだよ、崎村は」

「……うるさいな」

「最初から私の事、精霊とか言うし。恥ずかしいったらないよ」

「笠折さんだって、いろいろとその……アレだよ」

「『海風』先生の語彙はどこへやったの」

「ああもう、失恋引きずりマンのくせに!」

「ちょっと、そこセンシティブなんですからね!」



 波の音が行き来する間、僕たちは拙くののしり合った。それから馬鹿らしくなって、どちらからとも分からず苦笑を浮かべる。


「初めての喧嘩だね」

「……直くんや、櫂悟くんと喧嘩したことなら、あります」

「忖度のない喧嘩は初めてだろ?」


 笠折さんが目を瞬く。加瀬さんやハルちゃん先生が十も下の子相手に本気で喧嘩するとは思えない。きっとどこかで折れて、または諭しているはずだ。


 でも、僕たちは違う。

 僕は大人じゃない。

 笠折さんの知ってる、優しい大人なんかじゃない。

 笠折さんも、大人しくて、大人びた振りが様になっているだけだ。

 

「そして、忖度のない初めての仲直りだ」

 真っ直ぐに、手を差し出す。「差し伸べる」ではなく「差し出す」だ。僕たちは対等なんだから。


「……仲直りの握手なんて、いつぶりだろう」

 そう言って差し出された手は冷えていて、触れると温かかった。


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