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あかねさす 〜僕が本の精霊を幸せにするために〜  作者: 迎 カズ紀
あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音のみし泣かゆ
10/17

放課後デートと運命と揺れ動く心⑥

 結局冷やかしだけではなくちゃんと商品を買った僕たちは、雑貨屋を出ると次の目的地である公園に向かった。クリスマスマーケット、簡単に言うと手作りフリマが行われているらしい。アクセサリーが中心だったため、ここでは完全に冷やかしだった。それでも手作りのものを見るのは楽しい。自分たちで製本作業までした部誌の頒布経験があるからだろうか、寒い中楽しそうに自分が作った売る人たちを見るのは心が温まる。

「……あ」

 笠折さんが立ち止まった。何だろうと思って僕も止まると、押し花の栞が売られていた。

「よかったら見て行ってください」

 店主である女性はにこりと笑う。僕たち以外に見ている人はいないし、ゆっくり見ることにした。色とりどりの栞がある。夏や秋の植物だけではなく、桜の栞も売られていた。笠折さんもそれを見ていた。

「あの、これ二つください」

 笠折さんがそう言って、桜の栞を二つ買った。僕はどうしようかな……と悩んでいると、「はい」と澄んだハスキーな声が耳に届いた。


「崎村のぶん」

 そう言って笠折さんは今買ったばかりの栞の一つを僕に差し出していた。店主の女性もニコニコ――どちらかというとニマニマして僕たちを見ている。

 まさか笠折さんからお揃いをしてくれるだなんて。だらしなく緩みそうな顔を急いで引き締めたけれど、あふれ出る嬉しさは誰にも止められない。

「ありがとう!」

 満開の笑みで受け取る。デートの演出だとしても、とてもとても嬉しい! 笠折さんも少しくすぐったそうに眉尻を下げた。ああ、早く僕からも渡したいな。


 その後も色々なものを見て回った。そろそろ休憩しようか、と提案しようとした時、携帯が震えた。穂波先輩からのメールだった。

「……寒いかもしれないけど、温かい飲み物を買ってベンチに座ろうか」

 そう提案した僕を見て、笠折さんの表情は硬くなった。僕たちの見せかけデートの時間が終わりに向かう。

 ホットジンジャーを二つ買い、近くのベンチに座る。冬休みの課題の話をしながら少しずつ口に運ぶのを繰り返しているうちに、倒すべき相手が来た。飲みかけのカップを置き、立ち上がる。


「……こんにちは、須賀原さん」

 いつもよりもにっこりした表情を浮かべた須賀原さんが立っていた。


「その子が崎村くんの好きな子?」

「はい。なんとかデートに誘うことができました」

 本当は誘ってもらえたんだけど、強気の姿勢を崩さないためにも僕からということにした。笠折さんは何も言わず、軽く頭を下げる。あとは、「僕たちの未来は明るいので、もうこれ以上関わらないでください」と言えば――。

 しかし、僕がそう言うよりも先に須賀原さんの唇が動いた。今までで一番ゾッとする、美しい弧を描いて。

「ふうん、そうなの……。でも、なんだか少し無理してない? 笠折枝真さん」

「え……」

 名乗ってないし、変装もしているのにどうして。僕たちは思わず目を合わせた。

「何も調べていないと思ってた? もちろんあなたのことも調べたし占ったわよ」

 ふふっと彼女は笑う。


「ねえ崎村くん。あなたがその子を好きなことは分かったわ。でも、それって本当に幸せになれる? とおっても困難な道にしか思えないし、私を選んだほうがいいと思うのだけど」

 笠折さんの肩が揺れたのが横目で見えた。

「運命の輪から外れてでも、進むの?」

 答えない僕たちを見て、もう一度須賀原さんは問いかけた。その眼には不思議と、恋に狂った不思議系の人とは思えない気迫が宿っているように見えた。まるで何かを審判するような――本当の占い師の眼差しのようだ。

 確かに、僕が選んだ人は困難な道にいるのかもしれない。

 だけど。


「あなたじゃなくていい」

 三位の星占いを思い出す。笠折さんと最初に話した日、あれは一位でも二位でもなく、恋愛でいいことがありそうなんて女子アナウンサーが付け加えてすらいなかったただの三位だった。

「運命じゃなくていい」

 そうだ。あの時僕は「そんなわけないだろう」と言い切ればよかったんだ。


「運命なんかに頼らず、僕は笠折さんと出会ったんだ」

 それが僕の答えだ。



 長い静寂を破ったのは、須賀原さんだった。

「運命ってね、必ず幸せってわけじゃないの」

「……は?」

 突然どうしたんだ。思わず目を丸くした僕を見て、彼女は面白そうに笑った。

「だから運命の人って言っても、悪い意味での運命の人ってことは十分にあるわ。あなたにとっての私は凶だったのね」

 特に傷ついた様子はなく、不思議系全開のトーンでそう語る。僕たちはその空気が一変したことについていけず、ただただ聞いていることしかできなかった。

「あなたがそう決めたのならいいわ、ごめんなさいね~」

 なんなんだ。こんなにあっけなく終わるのか。この人は僕への恋心ではなく、運命が辿る先を見たかっただけなのか。


 脱力して座り込んだ僕とあっけらかんとした須賀原さんを交互に見て、笠折さんは困った表情を浮かべている。そりゃそうだ、危険人物扱いされている人との決着がこんなのだなんて誰も思わないだろう。

「デートの邪魔をしてごめんなさい。よい年を」

 須賀原さんはそう言って立ち去った――最後に、一度だけ振り返って。

「隣の……あなたの運命は吉か凶か、どっちなのかな?」

 楽し気にそう言って、本当に須賀原さんは去っていった。

 冷や水をかけられたように表情が固まった笠折さんを残して。



「ごめんね笠折さん、今日はありがとう。助かったよ」

 駅のコインロッカーに預けた荷物を回収して、僕たちのデートは終わりとなる。

「そうだ、これ良かったら受け取って。クリスマスプレゼントにしてはチープかもしれないけれど」

 雑貨屋で買ったコースターを渡す。彫られた柄が合わさるタイプのペアグッズだが、単体でも綺麗だし気付かないはず。

 笠折さんは公園を出た時から口数が少なかった。今もうつむいている。僕の顔を見ないまま、コースターを受け取った。


「……ねえ、崎村」

「なあに、笠折さん」

 ゆっくりと、笠折さんは顔をあげた。

「私、今どんな顔してる?」

 とても不安げに声を震わせて。


「笠折さんは、今日楽しかった?」

「――質問に質問で返さないでください」

 ごめん、と苦笑を浮かべる。でも、大切なことだ。

「笠折さん、僕は今日とても嬉しかったんだよ。久しぶりにたくさん大好きな人と過ごせたんだから。それが笠折さんの重荷になっていたのなら謝る。だから、笠折さんの気持ちを聞かせて」

 笠折さんの瞳は水晶のようになって僕が映し出されていた。きっと笠折さんから見た僕の目もそうなっているだろう。


「……わからない」

 街行く人々の声で消されてしまいそうな声が耳に届いた。

「わからないんです」

 泣いていないのに泣いているかのような、悲痛な声。そのまま笠折さんごと消えてしまいそうな、弱々しい声。


「――笠折さん」

「……何ですか」

「連絡先、交換しましょう」

 気がついたらそう言っていた。



「……私、知ってるよ。崎村のメールアドレスと番号」

「あ、そっか」

 ハルちゃん先生に渡してもらうよう頼んでたんだっけ。

「……ねえ、崎村。わがままだって分かって言うんだけど、私から連絡するまで待っててくれるかな」

 笠折さんは小さな声でそう言った。

「友達として、だとしても、まだ少し勇気が必要なんだ」

 僕は笑って承諾した。いいよ、という僕の声が届くと、笠折さんは安心したように目を細めた。

 雪が降ってきた。ホワイトクリスマスイブだ。


あかねさす 昼は物思ひ ぬばたまの 夜はすがらに 音のみし泣かゆ


昼は物思いをし 夜は夜通し 声を上げて泣けてしようがない



ストックが切れたため更新お休みします。3章を書き終えた頃にまた。

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