45 集息の仕方
本の中は生暖かった。
何もかもから隔離されて、小さな部屋の中で自分が小さな小さな塊になって溶けて無くなっていくような感覚。
自分から自分が離れていくような感覚。
私は誰だったか、なんだったかも解らなくなってきた頃、声が聞こえた。
____どう?本の中は。
誰だろう。
懐かしいような初めて聞くような。
嬉しいような悲しいような。
優しいような厳しいような。
そんな声。
これは……誰の声?
と言うか、声ってなんだっけ?
____あー、そういう感じか。あんまり同調しない感じなのね。フィロック達に急がせるから、気を確かに持ちなさい。機械の貴方と魔術的なこの世界はなれ合わないようになっているの。せめて反物質だと判断されて存在を消されないようにしなさい。って言っても無理か。
反物質?
なにそれ。
私が?
同調?何と?
何を………言っているの?
____深く考えなくていいわぁ。ほら目を瞑って。感覚を研ぎ澄まして。貴方の四肢を確立して感じて。
そっと目を閉じた。
いや、閉じようとした。
もう、目蓋という機関の形すら忘れてしまって、どんな感じだったか、感覚だけ感じた。
視界は変わらないけど落ち着いて感覚を高める。
一点に絞るように……
暖かい。
ここは暖かい。
出たくなくなる。
____だめよ。ほら、出ておいで、貴方という存在を呼ぶものがあるでしょう?
呼ぶ?
私を?
其れは私を殺したいの?
…………。
まあ、それならそれで、いいか………
ぬっとりとした沼に落ちていくように自分という物体の全体重をかける。
包まれていく、
何もかもをとかされていく。
………。眩しい。
どこかから光が漏れてる。
呼んでる声が聞こえる。
………お姉さん?
お、お姉さんなんていたっけ?
いた、いたはずだ。
一人………二人?
それから……弟?
さっき『声』が言っていたフィロックとか言う名前。
どこか引っかかる。
そうか………
「おはよう。ミヤちゃん。」
「………サヨリお姉さん」
目を覚ました。目の前には微笑む姉さん。
そして、懐かしい天井。
ここは。
「あ……れ?私いつの間に。」
「フィロックが連れてきてくれたのぉ。お姉ちゃんのために走るあの子は可愛かったわぁ。」
「そう………。」
ベットに横たわる体。
腹部の上に一冊の本が置いてあった。
多分、この中にいたんだ。
「ミサヤ姉さんは?」
「ここだよ。」
ベットの横から声がする。
私の眠るベットに背中を預け、蛇の頭を撫でていた。
「どう?体の調子は。」
「まだ変な感じ。」
「…………すぐ慣れる。」
一言呟く。
表面的な冷たさは、内側の暖かさでかき消えていた。
優しいな。
「フィロックは?」
「……あー。」
「………会いたいのか?」
「え、それは勿論。」
顔を見合わせると、困った顔をする姉たち。
何かあったのだろうか。
………まさか、ここに来る途中で怪我でもしたのだろうか。
「ね、姉さん。フィロックは怪我とかしたの?」
「あー、いえ、そういうことでは無いの。」
「そう……じゃあ、どうしたの?」
コンコン、とドアがノックされる。
姉さん達。入っていい?と、フィロックの声が聞こえた。
ミサヤ姉さんとサヨリ姉さんは何も言わなかった。
仕方なく、私が変わりに答える。
「いいわよ。」
「邪魔するよ。姉さん。急にお茶入れてこいとか言われても分からない、せめてキッチンの場所くらい教え…………」
お盆を手にしたフィロックと目が合う。
パチパチと瞬くその目をじっと見た。
居心地悪そうにフィロックが目をそらす。
そして、姉二人の方を向いた。
「おい。来客があるなら先に言ってくれよ。二人分しかお茶入れてないだろ。」
「あっ…………え、ええ、ごめんなさいね。」
「………すまない。言い忘れていたな。」
「もう。」
は?
え、今、なんて?
フィロックは私を来客と言った?の
「こんにちは、俺はフィロック。姉たちの知り合いか?」
「え………。ええ、まあ。ミヤよ。」
「そっか、ミヤさんか、茶飲める?コーヒーとかの方が好きか?」
「あ、いえ、お茶でいいわ。」
「あっそ。じゃあ入れてくるわ。姉さん達、お茶溢すなよ。」
そのままぱたぱたと部屋の外に出て行く。
フィロックがいなくなってからしばらくの間、私達は誰一人何も言わなかった。
「………選んだ償いとはいえ、辛いものだな。」
「そうですねぇ。」
沈黙を破った姉たちの声が、私の混乱していた意識を冷静なものにした。
「……ねえ、何あれ?」
「……………。」
「黙りですか?二人して、何を隠しているんです?」
「…………仕方ないだろ、お前が犯した罪だ。そして私達も。」
「人間は、罪に目を瞑るなんて事もするらしいけどぉ、私達はロボットですよぉ。人に対して嘘はつけないし、人の思う道徳観念から外れた行為は出来ないのですよ。」
「つまり、罪は対等の罰で償えと。」
「そう言うことだ。」
布団の上に投げ出された手をぎゅっと握る。
喉の奥が震えているような不思議な感覚があった。
「どんな罰ですか?詳しく教えて。」
「今までの人生が本の中に取り残されている。これは、所謂神から与えられた罰だろう。」
「神?」
「ああ、こうなる予定は無かった。そして、それなのに私達二人が憶えていることもまた、神からの罰だろう。」
「そう……ですわね。」
サヨリ姉さんが目を伏せる。
何時も柔らかく湾曲した眉が心なしか下がっている。
「では、私という存在は、二人以外の中から消えてしまったわけですか。」
「まあな。」
「そうですか。」
***
こんにちは。まりりあです。
前回、三話くらいで終わるって言いましたよね?
嘘ですね。
もう、終わります。
次回、最終回。
では、次の機会に