39 血を分かつ者
悲鳴にも似た声が森の中に響く。
睨み付けてくるミヤにフィロックは、優しい微笑みを向けた。
「何でって、姉さんは姉さんだろ?」
「ち、違う!私は……わたしは……」
「違わない。俺の姉さんは、ミサヤ、サヨリ、ミヤの三人だ。」
「私は、貴方の姉じゃない……二人の妹でも……もうない!そんな資格、どこにも」
「資格なんて、ないだろ。」
足からあがってくる蛇も気にせず、フィロックはミヤに一歩近づいた。
驚いたのか嫌だからか、ミヤは、その分一歩引いた。
「家族になるのに、資格なんていらない。」
「そんな……そんなきれい事は聞きたくない!!」
どこにでもあるようなやがて廃れていく本にあるようなありふれた言葉。
「資格があるわけないでしょ。殺したんだ。私は貴方の親を殺したんだ。それで貴方がどれだけ苦労してきたか、私は知ってる。ロクシー嬢が両親の敵と思い込んでいた時は、暗殺するためにあれだけ必死になっていたのに、何で、私には非難の言葉の一つも浴びせかけないの?!私を、殺したいと思わないの?」
矢継ぎ早に捲し立てるミヤにフィロックは、表情一つ変えず相変わらずの微笑みだった。
暫く誰も話さなかった。
誰も、何も言えなかったんだと思う。
すべてを吐き出して継ぐ言葉を見いだせなかったミヤも。
最早立ち入れない雰囲気を感じていたロクシーも。
姉のといになかなか答えを言わなかったフィロックも。
「………知ってるからだ。」
「なにを…?」
「両親が死んでもいい理由を。」
「…………はぁ?」
「………2月……某日。曇り。ここに書くのは、自分たちのためではない。三人の愛しき娘たちの、そして、先日生まれた幼い息子に向けて書く……」
「ちょっと、急に何?」
黒革の手帳を読み上げはじめたフィロックにミヤは、戸惑いの声を上げる。
止めようと突き出したミヤのその手をロクシーが止めた。
きっと見上げたミヤを、ロクシーは諌めた。
「……黙って聞きなさい。貴方にとって大切なことでしょうから。」
「……………。」
それから、フィロックが読み終えるまで誰一人として言葉を発しない時間が再び訪れた。
森全体が息を潜めているような静寂。
フィロックが淡々と読み上げる声だけが、三人と一匹の鼓膜を揺らした。
ミヤの目が少しずつ見開かれていく。
驚き。戸惑い。
そんな様子がいつもはポーカーフェイスの彼女から思わずというように溢れていた。
パタンと日記を閉じ、フィロックは、一度大きくため息をつく。
そんなに長いことかからなかったはずだが、随分と時がたったように感じた。
この場を包んでいた雰囲気が大きく変化したから、そう思ったのかも知れない。
「う……そ……」
「………ほんとだ。」
ミヤのからだの力はとうに抜けており、ロクシーも拘束せずにただ見ていた。
零れるように呟かれた言葉に対する言葉を返す。
真実が此方の都合のよいものであることは稀だが、誰もが犯した失敗を受け入れたくないものだ。
それでも、受け入れるべきだと、俺は思う。
足の力が抜けたのか、その場に座り込む。
しっとりと湿った土が、スーツを汚すことも気にせずべったりと地面に蹲る。
「じゃあ………私は……?私達を助けようとしていた両親を殺したの?」
「………そうだが、それが間違いだったとは言い切れないだろ。」
「実の両親を殺すことが正しいと?子を思う親の愛を裏切ることが正しいの?」
「両親は殺されることも受け入れていたんだ。誰が悪いかと言えば、誰も悪くないんだ。」
「………はっ……」
短く息を吐いて、ミヤは、フィロックを見上げた。
その顔は、嘲るような笑いを青白い血の気の引いた中に湛えていた。
困惑。
そう言ったら良いだろうか。
いつもすました顔の彼女が、今回ばかりは百面相のごとくコロコロと表情を変えていた。
怒り。悲しみ。戸惑い。
もう失っていたと思われた心からの感情があふれ出して止まらない。
「だったら私は……どう罪を償えばいい。この苦しさを、誰が償わせてくれる?」
「それは………」
何も言えなかった。
憔悴しきっているようなその顔が、震えが止まらないその肩が。
どう声をかければ良いか分からなくさせた。
ロクシーは知らん顔をしている。
彼女からしたら、確かに関係のないことだ。
この空気を一瞬でも早くなくしてしまいたかった。
「父と母の恨みをこの身に感じながら生き続けるのが罰だというのなら、私は………死んでしまいたい!」
「っ…!」
ピクリと動いたミヤの瞳に一瞬強い光が煌めいた。
何かよく分からないが、
嫌な予感がした。
***
こんにちは。まりりあです。
このまま出来上がらないのでとすら思いましたよ。
とりあえず、出来てよかったです。
ふぅ~。
続きます。