33 はじまりの三姉妹
彼女の声により動きを止めた敵は、今、まさに向かってこようとする、足を空に浮かせた状態で止まったわけだから、当然前によろめくように転ぶ。(忘れてると思うが、ロボットはいえ、見た目形は人に準ずる。)
しかも、床に倒れているときも、そのおかしな体勢のままだった。
「あのねぇ、お茶の時間はぁ、邪魔しちゃいけないのぉ。なぜかって?博士方が何より我らが母さまがそれを嫌うからですぅ。分かりますよね?下っ端の貴方でも。」
彼女は立ち上がるとティーポット片手に近寄っていく。
危ない。
いつ動き出すか分からないのに、容易に近づくなと止めようとしたが、ロクシーが制してきた。
ロクシーの顔にも疑問が浮かんでいる。
取り合えす、様子を見ようと言うことだろう。
躊躇なく、進んでいく彼女を、その空間のすべての目が見ていた。
床に倒れた一体の元にたどり着くと、目線を合わせるようにしゃがむ。
「いいですかぁ?お姉ちゃんがよぉ~く、教えておけますぅ。お茶の時間は皆で楽しむもの。そうでしょう?」
彼女はポットを持った手と本体の手で倒れた男の下唇をもち、無理矢理口を開かせる。
「そこでおいたをした子には?勿論。注意が必要よねぇ?」
あんぐりと開かれた口にポットの口をくわえさせ、無理矢理熱い紅茶を流し込んでいく。
湯気がたった。
よっぽど熱いのだろう、熱さに一人理鈍感なロボットが手足をばたつかせる。
もしくは、呼吸が出来なくなっているのかも知れない。
「大丈夫。壊れたらまた直してあげますわぁ?ほら、感覚を共有なさい。生きたまま紅茶に溺れてみる夢は、きっと素敵でぇしょうねえ?喉や食道が焼ける感覚はどう?熱い?痛い?狂ってしまいしょうでしょう。」
口から溢れたものが彼女の指や手にも掛かっているはずだが、気にもとめないで、その行為を続ける。
これは、拷問か?
紅茶の適温は約百度、つまり百度に近い煮え湯を流し込まれているである。
これにはロクシーも言葉を失っていた。
暫くして紅茶が無くなったのか、彼女は男の口からポットの注ぎ口を外し、立ち上がる。
くるりと振り返ると、此方に笑いかけながらテーブルに戻ってきた。
「うちの弟がすみませぇん。きつく言いつけておきますわぁ。さぁて、紅茶が冷めてしまいます。ティータイムの続きとしましょうか。」
「あ、ああ。」
「…………。」
とんでもないものに出会った気がした。
見た目形は人間のそれだが、はたして本当にそうなのか。
だが、仮に人間だったとしても、これは。
何処か壊れた人間に違いない。
「あらためまして、いただきまぁす。」
彼女は、ティーカップを持つとこくっと一口飲む。
口を離してほぅ…と息をつくと、此方に向き直した。
「さて、言い忘れてました。私、博士たちのはじまりの三姉妹、次女のサヨリです。以後お見知りおきを。」
「よろしく。俺は、フィロック。」
「ロクシー・セル・アコップよ。」
「存じておりますわぁ。ようこそ、我が家へ。」
目線でクッキーを勧められ、一つ手に取りかじる。
ほろりと口の中で崩れたそれは、絶品と言っても過言ではなかった。
料理の得意な舌の肥えたロクシーも美味しそうに目を輝かせている。
「それで、ここには如何様な理由で来られたのですかぁ?」
「………ここに、俺の両親の家があるって聞いて。」
クッキーを飲み込み、モソモソと呟く。
その呟きに表情も崩さず笑顔のままサヨリは答える。
「はい。ここがまさに貴方の実家、両博士のご自宅にございます。お帰りなさいませぇ。」
チラと周りを見る。
見覚えなんて一切ないが、ここはたしかにどこか懐かしい香りがした。
「して、なぜ急に里帰りなど?」
「ここに来たら……その……分かると思って…あいつらの止め方を。」
背後の人影を指さす。
まだ誰1人動けないように立ち尽くしたままだ。
その質問にもサヨリはにこりと笑う。
「はい。たしかに分かるでしょう。しかし、ここまでよくご無事で、流石は吸血鬼のお嬢様。坊ちゃんをお守りいただきありがとうございます。」
「……お礼を言われる筋合いはないですわ。」
「さようですか。」
どこか不機嫌なロクシーを不審に思いつつ、さらに質問を重ねる。
「その方法知らないのか?」
「…………あ…、」
ここで始めてサヨリの口が止まる。
いい辛そうに頬をかいた。
「二つあるにはありますが、どちらも困難かと。一つは、博士たちの書斎にある資料を片っ端から読みあさり、この地下にあるコントロールセンターの電源を落とすこと、しかし、これは先の戦争後、ロボットの反乱のさい、国の頭脳たちが集まっても不可能でしたので、ここにいる者達だけで出来るとは思えません。」
たしかに、あいつら機械のことに関して、俺達は全くの無知だ。
その方法は不可能に近い。
「で、もう一つは?」
「はい。それは、私達、はじまりの三姉妹を使う方法でしょう。先ほどご覧になったように、博士たちが特別に造り上げた私達はじまりの三姉妹は、他の個体に命令を下すことが可能です。私1人でも出来ますが、少々難しいかと。」
「なぜ?」
「三姉妹の他の2人が反発した際、その力は使えないからです。」
「だったら、その二人も連れてきて、説得すれば。」
「そうしたいのはやまやまなのですが、ここには私しかいません。ですから、どうすることも出来ないのです。」
「その二人は、今どこに?」
サヨリが口を閉じる。
じっとこっちを見てきた。
表情を探るような視線に肌がピリッと痛む。
ふと、首をかしげると、言葉を続けた。
「会ったこと、ありますわよね?」
「は?」
会ったことある?
そんな思いで何所にも………
「ミサヤは、その一人ですわよね。」
カップをソーサーに置いて、ロクシーが口を開く。
その口から放たれた名前に、サヨリはにっこりと微笑む。
「はい。その通りです。彼女は私の姉、はじまりの三姉妹の長女に当たります。元気ですか?」
「ええ、元気ね。」
「それは、ようございました。」
パチンと手を叩き、嬉しそうに微笑む。
「それで?最後の一人は?」
「……あら、まだわからないのぉ?」
「はぁ?」
「早く気付かないと、あなた方の村……」
「無くなっちゃうよぉ?」
にっこりとサヨリは笑った。
***
こんにちはぁ。サヨリちゃん、元はサオリちゃんだったんですけど打ち間違えからサヨリになり、それでいいかとそのままになりました。
名前って大切だけど、適当に決めちゃいますね~。
すみません。