2共同生活
「おい、あとどれくらいだ。」
「もう少しですわ。」
この言葉を一体何回聞いただろうか。
歩き出してはや半日、朝は爛爛と輝いていた太陽が、もうその高度をだいぶおとしている。
前を行くロクシーは汗一つかかず、疲れた様子も見えない。
それに引き換え此方はゼエゼエと息をしながら満身創痍の状態だった。
「あら、この程度で音を上げるようでは、私は倒せなくてよ。」
ニヤニヤと冷やかすようにロクシーは笑う。うるせぇ、と掠れた声で悪態をつくのが精一杯だった。
「さっ、ここがあなたの暮らす舘ですわ。」
あれからさらに1時間ほどたった頃、急にあたりに木が無くなり、大きく土地が開けた。
「…………。」
思わず絶句した。
広く彩り豊かな庭と、それが霞むくらいの大きな館が建っていた。
童話の中に紛れ込んだみたいな景色に思わず目を疑った。
村にある家が十戸、教会でも八戸は入りそうな大きさだ。
山の中にこんな大きなお屋敷があることを誰が想像するだろう。
「ねえ、何やってらっしゃるの?急ぎなさいな。」
屋敷に見とれている間に、少し進んだロクシーが声をかけてくる。
お、おう……と頷くことしか出来なかった。
今まで生きてきた中で何かに見とれることなんてそう無かったから。
「ようこそ我が家へ、歓迎いたしますわ。」
広いダイニングキッチンに通された。
十人くらい座れるテーブルの一角に座り、カチャカチャ音をたてながらお茶の準備をするロクシーを見つめる。
パッと見、お嬢様って感じなので、なにも出来ないと思っていたが、部屋は隅々まで掃除され、テーブルの上も綺麗に片付いていた。
ポットにお湯を注ぐ音がして、部屋の中に紅茶の香りが広がる。
「紅茶でいいですわね。お砂糖やミルクは?」
「いらん。」
「あら、そうですの。」
こと、っと目の前に置かれたカップは赤い液体が満たしていた。
お洒落なカップとソーサー。
白磁に青い茨の柄。
どこか大人しい、クールな彼女を表しているように思えた。
香りの高い紅茶は自分のいた世界との違いを見せつけてきた。
自分の分をもったロクシーが向かいに座る。
彼女のカップからは自分のそれとはほんの少し違う香りがした。
彼女自身の香りかとも思ったが、何となく嗅ぎ覚えのあるその匂いに顔をしかめた。
血の、匂いだ。
「紅茶に血でも入れてるのかよ。」
「あまり前ですわ。ただの紅茶なんて美味しくありませんもの。」
「流石妖怪。」
「血抜きの紅茶なんて飲める人間の方が理解できませんわ。」
「…………。」
普通紅茶に血は入れない。
人間の普通だが、
「クッキー。血入りと血抜き、どちらがよろしい?」
「分かってて聞いてるだろ。」
「ええ、勿論。」
カップと同じデザインのクッキーの乗ったお皿を置く。
此方に完璧などや顔を披露してくるロクシーを生まれて初めて心から殴りたい者に認定する。
元が良い分イラッとする。
これからこいつと一緒だと思うとイライラする。
気持ちを紅茶で流し込み、どうでもいい話題を振ってみる。
「お前、何所で家事とか習ったんだよ。お嬢様だろ。」
優雅に紅茶の香を楽しんでいた彼女は、ふっ、と息を止める。
そして、どこか遠くを見据えるようにして、
「さあ、何故だったかしら。謎ですわ。」
と呟いた。
ふとした瞬間に見えるそう言う哀愁漂う表情が、不思議と美しく、綺麗に見えた。
何となく恥ずかしくなり、顔を背ける。
重ね重ね言うが、態度はアレだが、なかなか彼女は美しかった。
それがまたイライラさせる。
憎んだ相手が絶世の美女じゃあ此方が不得手だ。
不服。
せめて町を襲ったり、夜な夜な人間の生き血を啜ったりしてくれれば良かったが。
彼女は残念なことに悪魔とはいえないほど善の心を持っていた。
やりずらい。
人間の生き血を啜るどころか、献血で補っていた。
若い娘などは自分から血を啜ってくれと言いよってくる。
優しく吸って、お礼に花やお菓子、ぬいぐるみなんかをプレゼントする。
善人と言うより、イケメンだ。
モテモテだ。
うらやま………しかし、俺の両親の敵に違いない。
昔から変わっていない無駄に綺麗な容姿が物語っていた。
ただ、これだけいい奴だとやりずらかった。
本当にやりずらかった。
「……くそっ、」
だん!!と机を両手で叩く。
驚いたのか、ビクッとして羽をピンと伸ばして此方を目を丸くしてみてきた。
「な、なんですの。ビックリしましたわ。」
…………やりずらかった。
***
はい。まりりあです。
吸血鬼ロクシーちゃんの言葉遣いに慣れない今日この頃です。
なんで、こんな設定にしたんですかね、かつての私。
さて、話は変わりますが、誤字脱字等ございましたら、是非お知らせください。
それでは、またの機会に。