18 1人1人(後編)
続きです。
いつもロクシーのいるはずのキッチンに飛び込んだ俺は、そこに姿がないことを確認すると手に持った杭を下ろした。
「いない……またか……」
最近、こういうことが多い。
いると思ったらいない、そして、またすっと出てくる。
屋敷の中にいるのか。
外にいるのかは知らないが、どうにかして探し出してその心臓に杭を差し込んでやりたかった。
俺が受けた絶望と怒りを混じながら死んで欲しい。
この手で殺したい。
まだカッカとする頭で、来た道を引き返す。
ドアというドアを開け、中に居ないか確認しながら。
自分にあてがわれた部屋も書斎も越えて、余り来たことの無いところへ来る。
この先は玄関とお風呂場、そして、地下室への階段。さらに今目の前にある階段を上がると、2階には倉庫とホール。そして、一番奥にロクシーの部屋とロクシーの両親の部屋があるらしい。行ったことのない3階は使用人が居た頃の部屋があるとか。
この広い屋敷の中を1人で探し回るのは大変だ。行き違いになることもある。
でも、そんなに冷静ではなかった。
特に、ロクシーの部屋や両親の部屋、地下などは近づくなと言われていた。
近付くと何かを見られてしまうから?
何か隠したいものがあるから?
俺には見せられないやましいことがあるから?
「居ない……居ないんなら、見てやるよ……。隠したかったもの。」
キッチンの入り口の壁を拳で叩く。
痛かった。
結論から言おう。
ロクシーは居なかった。
何所にも。
屋敷の中はすべからく探した。
入るなと言われたところも全部はいった。
そして、見た。
俺達人間から隠されたものすべてを。
「ライン!!おい、ライン!居るんだろう。」
「うわっ、びっくりした。どうしたのフィロック。」
町の中心に近いところ。
役所の一番奥の部屋。
他の社員から止められるのも押しのけ、一直線に入ったそこには思った通りラインの姿があった。
「す、すみません。町長。止めたのですが。」
「あー、うん。いや、いいよ。こいつは止めても止まらない。君も、仕事に戻ってくれ、こっちで適当にあしらう。」
は、はぁ、と、女性は生返事を返しながら扉から出て行く。
あはは、と、手を振って見送ったラインが此方に向き直る。
「んで、何の用事かな。」
「ちょっと聞きてぇことがあってきたんだ。」
ずかずかとラインのつく机に近づく。
そして、ドンッ、と、手をついた。わざと音をたてて。
ビクッ、と震えたラインを無視して、思いっきり頭を下げる。
扉なんて意味ないくらいに大きな声で叫んでいた。
「頼む。ロクシーの居場所を教えてくれ。」
「は、はぁ?」
始め驚いた顔をしたラインもだんどんと呆れ顔になっていく。
暫く、両者が何も発しない沈黙の間があった。
それを破ったのはドアをノックする音だった。
ラインが返事をすると、失礼します、と、さっきの女性が入ってくる。
「お茶です。町長も、フィロックさんも、少し落ち着いてお話しください。」
「あ、ありがとうね。扉の外、聞こえてた?」
「はい。」
「あー、ごめん。皆にも謝っといて。」
「分かりました。こちらに置かせてもらいますね。」
わざと大きくため息をついた後、ぺこりとお辞儀をして出て行く女。
今度もラインは手を振って返した。
「いい子でしょ。彼女。」
「どこがだよ。」
「うちの娘。」
「はぁ?はぁ?!」
「ほんとほんと、ここでは古株だよ~。なんてったって十二の頃から働いてる。」
ラインは、むふぅ~。と言うようにどや顔しながら座っていた椅子から立ち上がる。
机にひっついていたフィロックの首根っこを掴むと、応接用のソファーに座らせた。
お盆の上のまだ湯気を出す紅茶を差し出すと、自らも一口飲んだ。
「さて、ロクシー嬢の居場所、だったかい。」
「ああ、」
「それはなぁ………」
ゴクリとつばを飲む。
謎の緊張はラインの作りだしたものか、将又ロクシーを心配する心か。
心臓の音がやけに大きく聞こえた。
ラインの呼吸音すらも聞き逃さないように耳を澄ませている自分がいた。
あんなにも殺したいほど憎み、相容れない存在だと考えていた同居者の居場所をこんなにも求める事があるとは、根がえても皆かっただろう。
「それは…、ごめん!僕の口からじゃ言えなーーい!!」
思わず、ナイフを突きつけていた。
「あ、あの……フィロック君?僕、町長。殺さないで………」
「…………。」
「や、やめてよ無言!怖いじゃん!ただの町長ジョークだよぉ!」
こいつの飄々としたたいどは、いつも話をこんがらがせる。
よく、これで町が成り立っていると、つくづく思う。
アレか、上がへぼな分、したが働く的なアレか?
可哀想な役所職員さん…、
「え、ちょっと待って、なにその哀れみの目は!殺すの?首チョンパ?嫌だぁ~。僕エラいから僕が首チョンぱする方なのにぃ~。」
「おい。巫山戯るな。」
「フにゃ!」
もう一発殴ろうかと腕を振り上げたところで、情けない声を出してブルブル震えだしたので、やめた。
こうなっては話が益々進まない。
「ぶたないで、話す、話すからぁ。」
「………ちっ。」
「えぇ~。したうちぃ~。怒んないでよぉ~。えっと、何だっけ、」
ソファーに座り直すと、すっと此方を見据えてくる。
思わずピクリと肩が震えた。
入った。
ラインの目がすっと細められている。
始めからその、真面目モードを出して欲しかった。
「君の言うロクシー嬢の居場所なんだけどね。知ってるけど、残念ながら言えないんだ。仕事上の取り決めでね。」
「あ?知ってんなら言えよ。」
「無理。たとえフィロックの頼みでも聞けない。ごめんね。」
軽く肩をすくめてくる。
イラッとした。
「じゃあ、どうすればいい。」
「探し回るか、ヒントを元にたどり着くか、その二択だと思うよ。」
「ヒント?」
「そう、ヒントだ。持っているはずだよ、君は既に。」
ラインが手に持ったティーカップで此方を指してくる。
全く見覚えがなく狼狽える。
何か、ヒントとなるものなど持っていただろうか。
「分かんないかい?」
「ああ。さっぱりだ。」
「あ、そう。昨日、借りなかった、本。」
本。
たしかに借りた。ミツキから三冊ほど。
ラインから借りるよう進められたため、知っていてもおかしくはないが、謎それがヒントになり得るのか。
吸血鬼の生態等を詳しく知ることと、今彼女がどこにいるかが関係あるというのか。
「さっと目は通したが。特に、ヒントはなかったと思うぞ。」
「ふ~ん。フィロック。アレはね、歴代の町長も借りているなかなか貴重な資料だよ。僕が言わなかったら、多分ミツキ君は君に貸してない。」
「だからなんだよ。」
「彼女はね。仕事でいないんだよ。そして彼女の仕事は僕等の仕事と関係してる。だから僕は口に出来ないんだけど、歴代の町長の中には、僕みたいな面白い人もいてね。」
唇に指を当てて、こっそりという。
個々で口に出していることは、すべて禁忌に近いかのように。
「表紙裏とかに、こっそり落書き。な~んて、あるんじゃないかなぁ。」
「…………。」
紅茶のカップを鷲摑む。
まだ熱い紅茶を一気に胃に流し込んだ。
ガチャンとわざと音をたててソーサーに置くと、立ち上がった。
「おっさん。ありがとな。」
「おっさんじゃない~。お兄さん~。」
「娘とか言って何がお兄さんだよ。つか、お前結婚してないだろ。」
「結婚しなきゃ子供をもてないわけじゃない、血が繋がってなくても、一緒に暮らせば家族だよ。君にも、少しは分かるだろ。」
「………さあな。」
身一つで来たため、特に荷物などない。
身軽な体で窓を開けると、軽く手を振って飛び出した。
方角的にこっちの方が近いのだ。
後ろからうるさい声が聞こえる。
しかし、振り返りはしなかった。
「失礼します。町長。お客様はお帰りになられましたか。」
「うん。全く、身勝手な子だよねぇ。」
「はい。」
「………君と歳近かったっけ、どう、結婚する気ない?」
「……お戯れを」
「えー。本気で言ってるのにぃ~。」
「寝言は寝て言え。私が寝かせてやろうか、クソ親父。」
「ええ……。」
***
こんにちは。まりりあです。
いやぁ、疲れますね。女性の買い物に付き合うのは。
荷物持ちだけで恐ろしく疲れます。その上、これどう~?などと聞いてくるので、やってらんないです。
まあ、いいんですけどね。週1の本屋通いも出来るし。
と言うわけで、誤字脱字ありましたら、お知らせください。
それでは、またの機会に。
続きます。