15 ほんの少しの違和感
背中に掛かる本の重さを感じながら帰路をてくてくと歩く。
村から屋敷への道は長くて森を通るので道が悪い。
つまり、歩き辛い。
そして疲れる。
それは、まだ若く、体力のあるフィロックでも同じで。
毎回満身創痍になりながら歩く。
でも今回は違った。
黙々と歩く
黙々と……
そして、ピタッと止まると。
「やっぱり、おかしい!!」
叫んだ。
近くの枝に止まっていた鳥が勢いよく飛び上がった。
フィロックという男はどうしてなかなか根がえることが苦手な質で、頭より先に体が動く人間で、
思ったことは口にする方が、考えが整理できる人間だ。
だから叫んだ。
「おかしい、やっぱりおかしい。だって、ロクシーは熊を殺しに行ったはずだ。なのに、何で始めから食うつもりだったんだ。」
あの時、キッチンで血だらけのロクシーを見たあの時に背後にあった熊の死体。
それを見たときの違和感。
昔やった猟でおじさんから習ったこと、殺すときは心臓を一刺しそれが1番普通だ。
でも彼女は違った。
何故か。
心臓を刺したら血が出るから、
血が出たらその処理が大変だから。
それだけで判断するのは些か安易ではあったが、なんせフィロック、深く考えるのが苦手であり、あの時の違和感を短時間、単手順で無くしたかった。
「そうだ。そうに違いない。ロクシーは食べるために狩りをするんだ。じゃあ、母さんと父さんは………」
足下の小石を踏み締めた。
だとしたら許せない。
偶々、森にいたから、いつもは血で我慢しているのに殺して肉を食んだ。
気まぐれで両親は殺された?
そうなのか。
本当に………
だとしたら許せなかった。
日も暮れるから早歩きで進む。
いつもそうだ。
人は人より大きな力の気まぐれで殺されている。
災害も病もそして化け物に殺されるときも。
そんなの嫌だ。
認めたくない。
いや、それはどうにも出来ないにしても、どうにか足掻くだけの心は無くしたくない。
殺す。
彼奴を、ロクシーを。
この手で。
「こんにちはぁ。」
驚いていてつんのめりそうになった。
血の気が一気に引いて、また、一気に頭に血が上るのが分かった。
それも一瞬、誰なのかなど声で分かった。
この声は毎日聞いている。
ロクシーだ。
振り返りざまに腰に差してあった短剣を振りかぶる。
勿論軽くかわされるが、次々と剣を振りかぶっていく。
「ちょっと待ってください。どういうつもりですの?」
焦ったような声が聞こえる。
これが本気の怒りと言うのだろう。
なるほど、確かに目の前が真っ赤になって、冷静な判断などできそうにない。
「お、落ち着いてください。もう日も暮れることですし、続きは明日ということではどうですの?」
駄目だ、どうしても明日までなど我慢できそうに無かった。
こいつとともに屋敷へ戻って変わらなく夕食を食べて、風呂に入って気が向いたら一つや二つ罠を仕掛けて、するりと躱されるか破壊されるのを見てから寝る。
そんな日常に戻れる気がしなかった。
戻ったら、父と母に申し訳が立たないような気がした。
俺は今日ここで決着を付ける。
左右に振っていた剣を、勢いよく直線に突き出したときだ、
ガンっと音がして、目の前が眩む。
あれ、
どうして俺は
地面に寝ているんだ
「全く、急にどうしたって言いますの?ただでさえ疲れていますのに。」
ロクシーの声が聞こえる
すっごく遠くにいるようなぼんやりした声。
ああ、俺は倒されたのか。
無意味にて数多く剣を振ってもロクシーには掠りもせず、剰え一度の攻撃で此方は倒される。
無理だ
無理ゲーだったのだ、最初から。
種族はもとより、生きていた世界が違う。
百戦錬磨の吸血鬼に、のほほんとその日暮らししていたちっぽけな人間の憎しみにより振りかぶった刃が届くほど、食物連鎖の理は甘くないらしい。
無理、かも知れない。
そんなことを考えていると、段々と目の前が暗くなっていく。
絶望からか、それとも意識を失い始めたからか。
まあ、どちらでも大差なかったが。
「全く何なんですの。明日からお仕事がはいって早く寝たいのに、これでは無理そうですわ。」
地面に倒れ込んだフィロックを持ち上げる。
熊みたいに肩から下げることは出来ないので、所謂お姫様抱っこで抱え上げた。
そのまま、翼を大きく開くと日の沈んだ空へ舞い上がる。
先ほどまで差していた日傘を腕に掛け、両手でフィロックを抱えて、舘まで飛ぶ。
歩いたら時間のかかる道のりも凄い勢いで飛べばあっという間だ。
とすんと庭に降り立ったのは、それから幾分もしない頃だった。
「ふぅ、全く、この居候はいくら私の手を煩わせるのでしょうか。まあ、此方から招いたのですから、いいとしましょう。」
彼女が通ると、ドアも勝手に開く。
両手を使えないのにいつもと変わらぬ優雅さで歩く。
疲れているといっていたその疲れを感じせない。
これは種族としてか、または、彼女の生きてきた軌跡故か。
フィロックをベッドに寝かせると、大きく息を吐いた。
「はあ、どうでしょうか。気絶なんて久しぶりにさせたから、ちょっと深く入っちゃったかしら。」
恐ろしい。
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