14 幼なじみ
「おーい、ミツキ。起きてるか。」
返事がない。
朝なのに暗いこの家は、いつも本で溢れていて、埃っぽくて
「はっ、くしょん!!…………っう…、」
思わず出たくしゃみが昨晩の酔いを残した頭を痛めた。
もう少しは掃除しろよ、と、文句を言いながらも馴染みの顔を探す。
どうせ、いつものところだろう。
「おい、邪魔してるぜ。ミツキ。」
「う………ん?」
本に埋もれるようにしておいてある一基の座椅子。
そこにさらに埋もれるように彼女は寝ていた。
ゆったりとした服が周りの本に埋もれ、体と本棚の際が分からない。
「フィロック………?」
「お前、また本に埋もれて寝てんのかよ。」
「違う………本を服の上に置いたら、立てなくなったから、ここにいるだけ。」
「へぇー…………はぁ?」
こいつは……こいつは…馬鹿なのか?
いや、馬鹿というか、頭がおかしい。
何所に本に埋もれて動けなく人間がいるんだよ。
いや、実際、ここに一人いるわけだが。
仕方なく、周りに置いてある本を幾つかどかしてやる。
ある程度どかしたら、彼女の服の布を引っ張って外した。
普通の女だったら、服が伸びるからと怒るだろうが、彼女はただ、ぼーっとこちらを見ていた。
「だあっ!!ほら、是で動けるだろう。」
「おお………久しぶりに腕が動く。」
「ちったあ、片付けろ、ここにあるのは大切なものなんだろ。」
「うーーん?そうだねえ。ここにしかないものもあるからねぇ。国の歴史書から最新の新聞まで何でもあるよぉ。」
ばさぁ、と、長い袖を振り回すと、もう一度酷く埃が舞う。
くしゃみが出た。
「おい、それやめろ。ていうか、少しは掃除しろ。」
「ええ………。嫌かも。」
「何故だ?」
「面倒くさい。」
こいつは、こいつは、女だよなぁ。
町の女達は格好いい相手を見つけたり、自分の美しいを満たすために頑張っているものだ。
どうやらこいつは、そう言う感性をどこかに忘れてきたらしい。
「お前、そんなんじゃ何時まで経っても嫁に行けなくて、おばさんに怒られるぞ。」
「ええ、怒られるのはやだかも………フィロック、お嫁に来て。」
「何故そうなる。」
下らない話だろうが、なんだか、今よりも幼い時を思い出した。
父と母が亡くなって一人暮らしていくために頑張っていたとき、引き取ってくれたのが、ここのうちのおばさんとおじさんで、こいつとともに遊び回って暮らしていたことがあった。
そんにことを思いだして懐かしく思う。こいつは昔から一寸たりとも変わらないから。
この不思議な流れについついいつかは流されている。
それに気付き、ようやく本題を切り出した。
「あー、で、今日来たのはなぁ何もお前に会うためだけじゃない。」
「知ってるよ。君は私に会うためだけではぜったいに帰ってこない。」
「……まあな。んで、本題なんだが、本を探して欲しいんだ。吸血鬼に関する。」
「吸血鬼?ああ、なんか一緒に暮らし始めたって言うね。何、結婚すんの?」
「しねぇ。ただな、気になることがあったんだ。」
「あっそう。」
ミツキは立ち上がる。
いや、立ち上がろうとして、ストンと落ちた。
「何?」
「いや、あはは、久しく立ってないから重力に負けた。」
「あ?んなことあるこよ。」
「あったよ。」
それからぷるぷると立ち上がると、ひょこひょこと本の間を歩き部屋の奥の方に行く。
狭そうなのでここで見ていることにした。
しかし、若いのにすっかりおばあさんみたいだ、勿体ない。
着飾ればそれなりに男ウケする顔なのに、どうしてこうも堕落した生活で自分の良点を掻き消すのか。
ラインとはまるで逆だ。
彼奴の爪の垢でも煎じようか。
なんて、考えていたら2,3冊の本を手にしたミツキが帰ってきた。
「ふい、吸血鬼について書いてあるのはここら辺。上から順に読んでいくと分かりやすいよ。一番下は少し難しいからねぇ。」
「おお、分かった。」
相変わらずだ。
昔から、本の貸し出しだけは丁寧な仕事をしている。
その人に会った本、読み方、そこまで言えるのは彼女が人のことをわりとよく見ていることと、ここにある本の内容にすべて分かっているからだ。
この情熱を、どこか他の場所にも分けてやりたい。
「ちゃんと返しに来てね。その時、吸血鬼の舘の本とか持ってきてよ。」
「ああ、あー……」
思い出す、
館の書斎で起こしたちょっとした事件。
換気はしたものの、未だに少し臭いと時たま愚痴られる。
恐ろしいニンニクの香りをほこりっぽいここに突っ込んだら……
この世の終わり?地獄?
まあ、関係ないか。
ここに来る客やおばさん、おじさんは兎も角、こいつはそんなこと気にしないだろう。
知識欲と活字への欲が何にも勝る奴だ。
「分かった聞いてみる。」
「やった。楽しみにしてる。風呂敷あるから、本包んでやるよ。」
「おう。」
背後の棚から風呂敷を引っ張り出すと、これまた器用に包み始める。
そんな姿に呆れていると、壁に掛けられた小さな写真立てに目が行く。
ほこりっぽい周りに比べて、そこだけは綺麗に見えた。
昔、1階だけ撮った家族写真。
ここの家の三人と、俺とで撮った写真。
是を撮ったときは、俺には確かに血の繋がらない家族がいた。
「何見てんの?ほら、帰りなよ。今日は風が強いから、気をつけて、」
「ああ、外出てないのに風とか分かるのか。」
「音聞けば分かるだろ。はよ帰れ、私はもう一眠りする。」
こいつは人としては終わっている。しかし、司書としては有能だ。
こいつは出来ないことも多いが、こいつにしか出来ないことも確かにある。
だから、ラインはこいつを司書にした。
こいつにはやるべき事がある。俺と違って。
俺は、何をして生きれば良いのか。
そう思いながら、そっとミツキに手を振った。
向こうは気付いていないだろう。
こいつともう一度会うときには、やるべきことが分かっているとしんじて。
***
お片付けが出来ない子パート2ですねぇ。
こんにちは。まりりあです。
図書室の番人みたいなキャラクター書いてみたかったんですよね。
ストーリーとか思いついたら書くようにしているので、ラインと、今回のミツキは思いっきり何となくキャラです。
また、出てくるかも……?
いつになることやら。さて、誤字脱字ありましたら、是非お知らせください。
では、またの機会に!