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12 熊鍋。

朝起きたら、舘中から血のにおいがした。


「あら、おはようございます。フィロック」

「何の冗談だ。」

「はい?冗談など言ってませんよ。」

冗談じゃないなら何なんだ。

その血まみれの服は。



ロクシー・セル・アコップはお洒落さんである。

いつもフリルの着いたいろいろな色のドレスを着ている。

洗濯や手入れも自分でするので、もっと簡素な服にしたらと言ったことはある。

そしたら。

「ああ、これは、母が買ってくださったものなのです。」

と、とても良い笑顔で答えてくるものだからたまらない。

自分の着ている着崩した服がほんの少し恥ずかしくさえなる。

服になんか気を掛けられないくらい、生きていくだけで精一杯だった。それに、男に囲まれて生きてきたから、女が洋服にどれだけ気を遣っているか、お洒落を楽しんでいるかなんて知らなかった。

彼女と共に生活するようになって、日々、目を張るような極彩色、いや、なんとも華やかだが品の良いものを多く目にするようになった。

そんな彼女が、服を不浄な血で染めているのなど、見たことが無い。

いや、

一度だけ。

あの、夜だけ。


思い出した。あの時、彼女の頬に飛んだ血。

冷酷に微笑んだ彼女は、此方に振り返り……

「………何だぁ……また、人でも殺してきたのか………化け物が……」

「何を勘違いしてますの?これは料理ですわ。」

「………なんとまあ、吸血鬼さまは人間をお料理して食べられると。舌が肥えていらっしゃる。」

「いえ、人は食べませんわ。熊ですの。」

「くま……くまぁ?」

「ええ。」


調理台に向き直ると、彼女は、大きな熊の頭を掲げた。

「熊!!」

「…………熊?」

「そう、熊。わったしくま~♪くま~くま~♪」

大物に大興奮!といった感じで、歌を歌い始めた。

彼女のキャラクターがぶれ………ん、んっ、……失礼。

なんとも幼い見た目にあった可愛らしさだった。

熊の頭がなければ。

その振り回して、血を飛ばしている熊の頭がなければ。



「え?なんで熊?」

「昨日森で仕留めましたの。何でも、人に危害を与えたとかで、可哀想ですけども。しかし、折角仕留めたのですから、そのまま捨てるのも勿体ない、村の皆で食べようかと思いまして。」

「ああ。そう言う……」

確かに、村にいた頃何度か吸血鬼さまの振る舞う料理をいただくことはあった。

先にも話したように、仕留めた獲物を振る舞うことはよくあったから。

しかし、こうして、全身真っ赤になって料理しているとは……

流石吸血鬼。

と言うか、その血に濡れた姿も、また、どこか艶やかで美しく思った。

金の髪や白い肌に真っ赤な血が飛ぶ。

なんだか……いやらしい……。

そこまで思考が行ったところでぶんぶん頭を振って考えを飛ばした。

なんと不埒な。

俺はこいつを殺すためにいるんだ。

そのために生きているんだ。

「全く、体が大きい熊は血抜きが大変。夜に終わらせようと思いましたのに、もう朝ですわね。」

ふぅー、吐息を着いて、近くの椅子に腰掛ける。

見れば、いつもより疲れた顔をしている。……ような……?

「何だ、お前、一晩中熊と格闘してたのかよ。」

「仕留めて運んで、血抜き、ばらしまでですわね。血抜きばらしが大変でしたわ。」

ふと、服のちに気付いたのか、嫌そうに眉をひそめた。

むっ、と声を出して、もう一度ため息をつく。

「洗濯しなくては……、もうひと頑張りですわね。」

すっ、と椅子から立ち上がると、いつもより少し、気持ち重たげな足取りでキッチンを出て行こうとする。

咄嗟に、その手を掴んでいた。と言うか、腕?


「はぁ、なんですの?仕返しなら後にしてくださいまし、億が一いえ、京が一にでもあなたに負けて、死に装束が熊の血だらけは嫌ですもの。」

「いや……」

なんで掴んだんだ。

そんなアホみたいな考えが浮かんだ。

ただ、頭より先に口が動く馬鹿なのはたしかで、

「次、大変なことがあったら言えよ。こっちは居候、難しいことは手伝う。」

「…………。」

親の敵にこんな言葉掛けるとは、思ってもみなかった。

心から憎んでいる相手なのに。

見た目と予想以外の優しさに宛てられでもしたのか。

自分で何を言ったのか理解できなかった。

「……分かりましたわ。今度は頼みます。」

「!……ああ、」

意外と素直な答が返ってきた。

吸血鬼さまだから、ピシャリとことわられることも覚悟していたのだが。

孤高の存在と思っていた彼女が、ほんの少し身近に感じられた。

「意外ですか?私が簡単に頷いたことが。」

「え、あ、ああ。」

考えていたことを読み取られたようで驚いた。

意地悪そうにふふっ、と笑う彼女。

「私だって、人の手くらい借りますわ。一人では生き物は生きていけない。強情張るより、柔軟に借りられる力は借りるべき、ですわよ。」

血に濡れたフリルを揺らして走って行く。

靴音を聞きながら俺は生臭いキッチンに立っていた。

「死かし……熊ねぇ……………ん?」




***

はい。まりりあです。

動物は好きなので、心苦しい……。

でも、野生のくまは怖いので出来れば一生出会いたくないですね。それでは、またの機会に。

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