35話 憎しみの連鎖
すごく静かだった。直前までの激闘が嘘だったかのように辺りは静まりかえっている。
今は何も考えたくないし何もしたくない。とても疲れているのだ。このままここで眠ってしまいたい。だから零にとってこの静寂はありがたかった。
だがそんな静寂もスマホからの着信音ですぐに終わりを迎えた。
ポケットからスマホを取り出し、電話をかけてきたのが誰かを確認する。
家族、友人、それとも仲間か、誰であろうと今は出る気はなかったのだが、画面に表示された名前を見て考えが変わった。
「あ、零くん! よかった、無視されると思ったので嬉しいです」
電話をかけてきたのは佳奈だった。
「チカラさんが死んだ」
「そうみたいですね」
「見てたのか?」
「今も見てますよ。ドールを通してですが」
零は辺りを見回す。さすがにすぐに見つかるところにはいないようだ。
「復讐を果たせて満足か?」
「……そう、ですね。思い描いた結末とは違ってしまいましたがおおむね満足です」
「なんのために電話をかけてきた?」
「零くんと仲直りしたくて……」
「はは、笑える」
零は乾いた笑いを漏らした。
「冗談ではありませんよ。私の復讐は終わりました。もう零くんと争う理由もありません。普通の女子高生に戻ることにします。だから私のことはみんなに黙っておいて欲しいんです。」
「普通……だって? これだけのことをしておいて普通の生活に戻れると本気で思ってるのか?」
そんなこと零はもちろん美咲たちも許すはずがない。必ず全員で鳴海の仇を取るために動くだろう。
「そのために零くんの協力が必要なんです。お仲間にこう伝えるだけでいいんです。『黒騎士の正体は仮面の殺人鬼で鳴海力と相討ちになった、だから事件はもう解決した』と……」
鳴海を殺したのが黒騎士だとみんなに伝えれば、復讐しようにも相手はもう死んでいるのだからどうしようもない。
真実を知っているのは零と佳奈だけである。だから零が黙っていれば佳奈がみんなから狙われることはない。
「オレがお前のために協力すると思ってるのか?」
「ええ、思ってます。さっき言いましたよね。ドールを通して見てるって。私は今までずっと前から零くんを見てました。そしてそれは零くんだけではありません。仮面のお友達はもちろん、クラスメイトも家族もみんなです。私の言っている事の意味わかりますよね?」
つまり全員を人質に取られているということ。いつでも死体に襲わせて殺せるということだ。襲われても仮面能力者の美咲たちは大丈夫だろうが、それ以外は間違いなく助からない。
全員を守りながら戦うのは不可能。必ず誰かが犠牲になる。
「……何が仲直りだ。ただの脅迫じゃねーか」
「お願いしてるだけですよ。零くんがそのお願いを聞いてくれるだけでもう誰一人傷つくことはありません。みんな幸せになれるんです」
「……わかった。みんなには言わない」
選択権などなかった。今は従うしかない。
「零くんならみんなのためにそう言ってくれると思っていました」
「…………」
「やっと私たち平和な日常に戻れますね。夏休みもあと少しで終わって、また学校が始まります。楽しみですね」
「ああ、そうだな」
「あ、零くんは宿題ちゃんとやってますか? もし終わってなければお手伝いしますよ」
「終わってるよ。でも新しい宿題が今日増えた。たとえ夏休み中に終わらなくても……どれだけ時間がかかっても絶対に終わらせる」
「…………」
「早瀬、お前のことはみんなには言わない。だけどお前はいつか必ずオレが殺す」
「零くんに人殺しなんてできませんよ。だって零くんは優しいですから」
「できるさ。家族だって殺せたんだから」
「……零くん、私――」
「雨が降ってきたからもう切るよ」
そこで零は電話を切った。
「影の世界でも雨って降るんだ……」
濡れるのは嫌いだから早く帰りたかった。
この日、少年は大切な人を二人も失った。
この戦いでひとつの決着はついた。だがそれをきっかけに新たな因縁も生まれた。
憎しみは連鎖する。そしてまた新たな戦いが幕をあける――。




