34話 心の在り処
「兄さん相手にここまで……すごい能力ですね」
絶望の仮面――その仮面能力【絶望の黒】は生命エネルギーを対価に絶望のイメージを形にする力。零の体から溢れる黒は形も性質も自由に変えられる。
「でも他人のマネばかりでは勝てませんよ」
「なら今度はオリジナルを見せてやる。それでこの戦いも終わりだ」
「できますか? まだ兄さんも倒してないのに」
黒腕の一撃をまともに喰らっても、黒騎士は何事もなかったかのように立ち上がった。
「言ったでしょう? 死者は何度でも立ち上がる。もう死ぬことがないから生きている人より強いんです」
「いいや……違うな」
互いに敵を目の前にした状態だというのに、零と佳奈はその声の方に視線を奪われた。
「人は……生きてるから強いんだよ」
「チカラさん!」
信じられなかった。生命の波動が消えたから死んでしまったとばかり思っていた。
だが鳴海は確かに立っていた。
「そんな……ありえない。確かに死んだはずです」
さすがの佳奈も動揺を隠せないでいた。二年間、全てをささげてきた復讐をやっと果たしたと思っていたのに実は果たせていなかったのだ。
その動揺は計り知れない。否定したくなるのも無理はない。零だってもう完全に諦めていた。
しかし鳴海は生きている。これで形勢も完全に逆転した。
「鬼を殺したいなら桃太郎でも連れてくるべきだったな」
「鳴海力……生きていたのならもう一度殺してやる。お前はもう兄さんに近づけさせない。私がもう一度毒で――」
動揺する佳奈の隙をついて零が黒腕で攻撃した。佳奈は蠍の尾を盾として使いガードする。
「チカラさんは黒騎士を! 早瀬はオレが止めます」
「零くん! 邪魔しないで!!」
「よくできた弟子だぜ、まったく」
鳴海は仮面を発現させ鬼化する。しかし――、
(右腕しか鬼化してない?)
鳴海には全身を鬼化させる力は残っていなかったのだ。
零は自分の判断ミスを悟った。鳴海が生きていたことで動揺したのは佳奈だけでなく零もだった。生きていた喜びで冷静な判断ができていなかった。普通に考えれば鳴海が立っているのは奇跡。満身創痍なのは変わらない。考えるまでもないことだ。腕だけでは黒騎士には勝てない。
「来いよ、黒騎士。決着をつけようぜ」
その言葉に呼応するように黒騎士が鳴海に向かって走り出した。
「え……なんで? ダメです! 止まって兄さん!」
死体は絶対に命令を聞くはずなのに言うことを聞かない。黒騎士はもう佳奈の制御下になかった。
「人の心を完全に支配するなんて誰にもできはしねぇのさ」
死体といえども仮面を発現できるということは、心が残っているということ。佳奈の発言からもそれは予想できた。
「チカラさん!」
零は鳴海に加勢しようとするが間に合わない。
「手出すなよ、零。こいつは俺の戦いだ」
駆ける勢いのまま黒騎士は剣を振り下ろす。対する鳴海は右腕で黒騎士の魂を狙う。
「――鬼葬天我意!!」
赤いオーラを纏った渾身の突きが黒騎士の胸を貫く。鎧を砕き、胸を刺し、背中まで貫通した。黒騎士の剣は鳴海の肩に当たって止まっている。
先に命を掴み取ったのは鳴海の方だった。
佳奈の絶叫が響いた。
「こいつが核か」
鳴海は黒騎士から手を抜くとその手に掴んだ赤い玉をじっと見た。
「なぜそれを知って――」
「人形とかに戦わせるヤツは、だいたい操るための何かを仕込んでるって相場は決まってんだよ」
黒騎士の体内にあった赤い玉は、佳奈が死体を操るために必要な繋がりだった。
「だとしても、なぜ正確に位置が――」
「お前が自分で言ってただろ。魂を縛りつけたって。魂の宿る場所……心がどこにあるかなんて考えるまでもねぇ」
「――ッ」
人の心がどこにあるかと問われれば誰でも同じ場所をイメージするだろう。
鳴海は赤い玉を握りつぶした。黒騎士は今度こそ本当に死を迎えることができた。これでやっと黒騎士の魂は解放されたのだ。
「許さない。私から兄さんを二度も奪うなんて……」
佳奈は激しい怒りで全身を震わせ、涙まで流している。兄を完全に奪われたことで鳴海への憎しみはより強くなった。
「お前の兄の命はとっくに終わってたんだよ」
「黙れ!」
そんな正論が彼女に届くはずがない。
「お前の負けだ、早瀬。もう勝ち目はない」
「いつか……必ず殺します」
佳奈は逃げるつもりだ。怒りで勝算のない戦いに臨むほどバカではない。冷静さを欠いて二年かけた復讐をここで終わらせるわけにはいかないのだ。
零は逃げる佳奈を追いかけようとしたが鳴海に止められた。
二人とももう限界をとうに超えている。それに佳奈が黒騎士抜きでどれだけやれるかわからないので追うのはリスクが高い。正体はわかったのだから回復を待ってから、全員で追い詰めたほうがいい。
佳奈の姿が見えなくなったあと、鳴海はすぐにその場に倒れた。
「チカラさん!? 待ってください。いま沙也加ちゃんを呼んで――」
そこで零は言葉を切った。沙也加はいま風我山にいる。すぐには戻って来られない距離だ。回復できない状況で仕掛けることも佳奈の計算だったのだろう。
「なら病院へ!」
鳴海に伸ばした右手が崩れた。零の黒腕は完全に消失し仮面も消えた。零も限界でいつ意識を失ってもおかしくない。
「クソッ! こんな時に!」
片手で鳴海の巨体を抱えるのは無理だ。
「どうすれば……」
「……このままで、いい」
「でも……」
「自分の、命の終わりくらい……わかる」
「死なない覚悟はどうしたんですか!」
「そう……だな。覚悟を、貫くっ……てのは本当に難しい……。ダメな師匠で、ごめんな」
「そんなこと……言わないでくださいよ。オレがここまで歩けたのはチカラさんのおかげです」
「…………」
「オレ、やっと仮面が出せるようになったんです。でもまだチカラさんより全然弱くて……美咲さんを守るにはまだまだ足りないんです。だからまだ教えてもらいたいことがいっぱいあるんです」
「……なぁ零、前に駅でした話、覚えてるか? 正解が……わからないってやつだ」
「忘れたりなんてしませんよ」
「一個、大事なこと言うの……忘れてた」
「大事なこと、ですか?」
鳴海は拳を握り零の胸を軽く突いた。
「いいか……零。答えはいつだってお前の中にある。だからよ、どこを探しても見つからねーなんてことはないはずだ」
「オレの中に……」
「大丈夫だ、零……お前はちゃんと、自分を見つけられるからよ」
「チカラ、さん……」
「お前なら、きっと……あいつ……を――」
それが最期の言葉だった。
鳴海の拳は零の胸をはなれ熱を失った。
鬼の仮面能力者――鳴海力。彼は最後の瞬間まで自分らしく生き、そして死んだ――。




