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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第三章
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33話 絶望

「フフフ……アハッ! やった……やりましたよ、兄さん! ついに私は仇を取ったんです!」


 復讐を成し遂げた佳奈は歓喜した。二年間押し殺していた感情が一気に噴出し止められなくなる。

 動かなくなった鳴海の横で両膝をつき、下を向いている零の存在も忘れて笑い続けた。


「ねぇ褒めてくださいよ……兄さん。私頑張ったんですよ? だから昔みたいに頭を撫でて……お願いだから、何か話して――」


「クフッ……ウッ、アハハハハハハハハハ……!!」


 何も語らない兄の代わりに佳奈の耳に少年の笑い声が響いた。佳奈の狂気すら飲み込む狂気の笑み。いつもの優しい御幸零の笑い方ではない。


「……どうしました、零くん? 戦い方を教えてくれた恩人が死んだのに、ずいぶん楽しそうですね」


 師匠の亡骸の横で大笑いするなんて正気とは思えない。追い詰めすぎておかしくなってしまったのかと佳奈は心配した。


「いや~別に。ただお前のせいで愉快なことを思い出してさ」


 冷たい声だった。寒気すら感じるほどに。


「思い出す……? 何をですか?」


「知ってたはずなのになぁ。信じても裏切られるってことを。この世界にはオレやお前みたいなどうしようもないクズがいるってことを」


「零……くん?」


 様子がおかしくなった零が何のことを言っているかわからない。


「おかげで足りなかったモノもわかったよ。必要だったのは覚悟なんかじゃない……絶望だ」


 そう告げた零の体から突如黒い煙が溢れた。黒煙は周囲を取り囲み零の姿が見えなくなった。


「これは……」


 復讐の余韻は掻き消された。佳奈は気を引き締め、警戒を強める。

 謎の黒煙もそうだが、それ以上に煙の中に感じる生命の波動が佳奈には気になった。明らかにこれまでの零とは思えないほど異質なものだ。

 普通の波動が大きいとか強いといった感覚ならこの波動は深いとか重いという感覚がしっくりくる。

 黒煙はやがて小さな竜巻のように渦を巻いた。さらに黒渦から弾き出されるように何かが飛び出してきた。


「フォース!?」


 佳奈の足元に吹き飛んできたのは、零の足を拘束していた四番目の死体(フォースドール)。体が真横に切断され真っ二つの状態だった。

 今度は渦が一か所に集束していく。


「この感覚も久しぶりだ。思い出したくなんてなかったけどな」


 黒渦は漆黒の仮面へと変わった。

 その仮面の輪郭は黒いモヤのようにぼやけていた。黒い炎のように揺らめいているようにも見える。

 そう思ったらまた形が変化した。一つの形に縛られず絶えず形を変える仮面だ。


「アハハ! すごい! ようやくお目覚めですか?」


 佳奈の前にいるのは別人格の零ではない。眠っていた記憶が呼び起こされたことで『絶望の仮面能力者』、御幸零が目を覚ましたのだ。


「はじめまして、ですね……御幸零!」


「さようなら、早瀬佳奈」


 

 零の体から再び黒煙が溢れ、無数の黒い槍に変わった。黒槍は一斉に射出され矢のように佳奈を襲った。

 死体たちが壁になるように並び、主である佳奈を守った。黒槍は死体の壁に阻まれて佳奈まで届かない。


「無駄ですよ。魂を縛られた死体は私の言うことを何でも聞きます。恐怖を知らず、痛みも感じず、私のために何度でも立ち上がる――無敵の兵隊です」


「…………」


「たとえバラバラにされてもサードの糸ですぐ元通り。ほらこんな風に!」


 零が真っ二つにしたフォースの死体も体を糸で縫われて復活した。


「今度は私の番ですね」


 黒騎士以外の死体が一斉に零に襲い掛かった。


「無敵、か。やりようならいくらでもある」


 黒騎士の左腕は鳴海の鬼心弾で吹き飛んだため修復されていない。糸で直すのにも限界がある。


「糸で縫合できないほど壊せばいい。それか……」


 黒煙はまた形を変えた。


「拘束すればいい」


 煙は黒い茨へと変化し零を襲った死体を縛りつけた。


「北条舞の茨!?」


 零はさらに黒煙である生物を作った。四足歩行で鋭い牙と爪を持ち、嗅覚と聴覚が優れる動物。


「黒い狼……」


「殺せ」


 黒狼は零の命に従い獲物に向かって駆けた。喉笛を食いちぎるために本物以上の速度で佳奈に迫る。


「兄さん!」


 佳奈も黒騎士に指示を出して応戦させる。

 黒狼と黒騎士がやり合っているうちに零は横を抜け佳奈を狙った。

 黒騎士を倒さなくても死体を操っている佳奈を倒せば決着はつく。


「蠍の仮面だけでも私は強いですよ? まさか今まで見せていたのが本気だとは思っていませんよね?」


 俊は狼そのものになれたし二足歩行の狼男にもなれた。

 だが佳奈はこれまで蠍の尾しか使っていない。実力を隠していたのは明らか。


「それにあの程度では兄さんを止められませんよ」


 黒騎士は飛びかかる黒狼を剣で切り捨てる。黒狼は形を失い煙に戻った。

 

「やっぱ使えねーな。クソ犬は」


 零は足止めにもならなかった黒狼に罵倒の言葉を浴びせた。

 追って来る黒騎士に対処するため零も武器を用意する。能力で黒騎士と同じ黒剣を作り出した。


「兄さん相手に剣で勝負ですか? 敵いませんよ」


「チカラさんのおかげでお前の人形は壊れかけだ。今なら素人の剣でもどうとでもなる」


 黒騎士の鎧はボロボロ、おまけに左腕も消失している。動きも目に見えて鈍ってきている。金棒による全身のダメージが相当重いのだろう。痛みはなくとも体が激しい動作に耐えられなくなっているのだ。

 黒騎士の振り下ろす剣を零は見切って剣で受け止める。零の予想通りパワーもスピードも落ちている。受けた剣を弾くように剣を思いきり振る。

 黒騎士に隙ができた。


「――チッ」


 作った隙で畳み掛けようとする零に邪魔が入った。邪魔をしたのは背後から迫った蠍の尾だ。

 零もギリギリで気が付き剣で尾を弾き返す。そのせいで今度は逆に零に隙ができた。

 黒騎士は剣を握っている零の右腕を切り落とした。零の腕から血が噴き出す。


「兄さんと同じになりましたね」


「ちょうどオレの腕じゃ力が足りないと思っていたところだ。ありがとよ」


 零は能力で新たな腕を作り出す。細くて白い腕から太くて黒い腕へ。弱い腕はいらない。必要なのは強い腕だ。

 零の右腕は筋骨隆々の黒腕へと変わった。


「――まるで凶蝕者の腕ですね」


「わかってねーな。これはチカラさんの――鬼の腕だ!」


 零は黒腕で手刀を作る。


「鬼薙・絶!!」


 手刀を振るい黒騎士に飛ぶ斬撃を浴びせる。


「すごいですね。でも赤鬼の腕はもっと強かったですよ」


「わかってんだよ、そんなことは。お前に言われなくてもな」


 鳴海の腕は強かった。能力で再現しようとしても簡単に追いつけるわけがない。

 奥歯を噛み、黒腕を力強く握りしめ、鬼薙でひるんだ黒騎士に拳を叩きこむ。

 鳴海から教わった生命エネルギーのコントロール――ありったけの生命エネルギーを込めた全力の一撃で黒騎士を殴り飛ばした。

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