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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第三章
89/95

29話 弱い

 零は以前から鳴海の言葉には力があると感じていた。彼が大丈夫だというなら本当にもう心配はいらないという安心感がある。

 言葉に力があると感じるのは、彼が言葉だけでなく行動で示してきた人間だからだろう。何を言うかは重要ではなく誰が言うかが重要なのだ。

 鳴海が言うからこそ言葉に力が宿る。他の人間ならこうはいかない。

 自分の言葉には、きっと大した力はないと零は思う。


「波動を感じねぇってのは、マジだったみてぇだな」


「――――」


「どうやってるんだ? 二年前はそんなことできなかったろ?」


「――――」


 宿敵である鳴海が話しかけても、黒騎士は零たちの時と同じように口を開くことは一切しない。


「二年前は仮面能力者を殺す、悪は殺すって壊れた機械みたいに繰り返してたが、今回はやけに静かじゃねーか」


「――――」


「まぁいいか。よくよく考えたら前も会話なんてまともに成立してなかったし、しゃべったところで無駄なだけだ」


 鳴海は対話をやめた。もともと彼は話をしにきたわけじゃない。そんな平和的な解決法はとうの昔に諦めていた。

 ここにいるのは舞の仇を討つため。そして過去から続く因縁にケリをつけるためだ。


「決着をつけようぜ、黒騎士」


 鳴海は仮面能力を発動させた。

 まず頭部から禍々しい二本の角が生え、髪は背中まで伸びた。肌は燃え上がるように赤く、爪は刃物のように鋭く、筋肉は柱のように太く、その姿をたちまち異形へと変えていく。

 鳴海力の仮面能力【鬼化】により彼は完全な赤鬼へと変貌した。

 鳴海は全身を鬼化させることは滅多にしない。力の消耗が激しいという理由もあるが、大抵の敵は腕一本でも鬼化させるだけで勝てるからだ。凶蝕者であれば2級はもちろん1級クラスでもそれで事足りる。

 だから彼が完全な鬼と成るのは、特級凶蝕者か強者だと認めた仮面能力者を前にした時のみ。

 黒騎士は鬼が本気を出す価値があると認めた数少ない敵の一人なのだ。


 一回り大きくなった体と溢れみなぎる鬼の生命エネルギーに零は圧倒された。

 生物としてのレベルが違う。一目見ただけで自分はこの男より下なのだと突き付けられているかのような敗北感。もし敵だったら抗う気すら湧いてこないほどに隔絶した力の差を感じる。


「危ねーからもっと下がってろ、零」


 零はすぐに返事ができなかった。鬼になった鳴海の声は普段と違っていて、化け物の唸り声のようで少し恐怖を感じてしまったからだ。

 鬼は敵だけでなく味方すら恐れさせる。それは鳴海が完全鬼化を嫌う理由でもあった。


 零が下がるのを待たず黒騎士が先に動いた。剣を縦に振るい飛ぶ斬撃で鳴海を狙う。

 鳴海は防御も回避もせず、真っ向勝負に臨んだ。


「――鬼薙(おになぎ)!」


 迫る斬撃に対し、鳴海は右手で手刀を作って横に切った。鬼の力で振るった手刀もまた黒騎士の剣と同様に飛ぶ斬撃を生んだ。

 騎士の剣と鬼の刀――二つの斬撃が宙で衝突する。

 ぶつかり合う両者の技は互角。互いの斬撃は相殺されどちらにも届かなかった。


「すごっ……」


 零は思わずそう漏らした。零たちを何度も苦しめた黒騎士の剣を鳴海はあっさり打ち消してしまった。それも腕を振るっただけでだ。鬼の計り知れない力に零はただ驚くしかなかった。


「次はこっちから行くぜ」


 地を強く蹴り、鳴海は一瞬で黒騎士との距離を詰めた。巨体に似つかわしくないスピードと圧倒的なパワーで猛撃する。

 

鬼嵐(おにあらし)ッ!!」


 怒涛のラッシュ攻撃【鬼嵐】――嵐のように吹き荒れる拳が黒騎士を襲った。

 黒騎士は鳴海の攻撃に防戦一方。拳を躱しきれず防御の構えをとり鎧で受ける。


「こいつでラスト!! 鬼愛打(きあいだ)ッ!!」


 兜を守っていた黒騎士の防御姿勢を鬼嵐のラッシュで崩したあと、鳴海は平手打ちをお見舞いした。

 気合いを込めた一撃【鬼愛打】により兜を強くはたかれた黒騎士は勢いよく横に吹き飛ばされた。


「硬ってーな、相変わらず。おかげで手が真っ赤だぜ」


「――――」


 鳴海は両手首を左右に振りながら渾身の赤鬼ジョークを炸裂させたが、黒騎士は無反応。


「だがまぁ、手応えアリだ」


 立ち上がった黒騎士の兜にはヒビが入っていた。誰も傷つけられなかった黒騎士の鎧に鳴海は素手でダメージを与えたのだ。


「素手じゃこのぐらいが限界か……。じゃあそろそろ俺も得物を使わせてもらうぜ」


 そう言った鳴海は右手を正面にかざす。そして黒騎士の鎧を打ち砕くための武器を出現させた。

 現れたのは二メートル越えの鉄の六角棒だった。持ち手の先には四角錐型の棘がいくつも付いており、見るものを畏怖させる。 

 鬼の武器と言えば誰もがこの金砕棒をイメージするだろう。

 肩に金棒を担いだ鳴海を見た黒騎士は大盾を装備して攻撃に備えた。

 鳴海は助走をつけてからその勢いのまま、金棒を全力で振り下ろした。

 金棒と盾のぶつかり合いによる衝撃は凄まじいものだった。

 二人の足元は抉られ、土塊が激しく散乱する。

 鳴海は金棒で何度も何度も盾を打った。ただ金棒を振るうだけで周囲に突風が吹き荒れる。


「オラどうしたッ! テメーの力はこんなモンじゃねーだろ!!」


 大盾で守りを固める黒騎士も金棒のラッシュで次第にバランスを崩されていく。隙ができたところで鳴海は下から上へ金棒を振り上げ、黒騎士を上空へと打ち上げた。


「こいつでダメ押しだ」


 鳴海は金棒を投げ捨てると両手の指先を合わせて円を作った。そこに生命エネルギーを放出し圧縮していく。手の中で出来上がったのは、鬼の強大な生命エネルギーで作られた赤く光る力の塊。


鬼心弾(きしんだん)!!」


 鳴海はそれを上空にいる黒騎士を目がけて投げつけた。空中で逃げ場のない黒騎士は盾で防御するしかなかった。

 赤い閃光が盾と衝突すると、轟音と共に破裂し強い衝撃破を生んだ。周囲一帯に波及した衝撃の波で校舎の窓ガラスが一斉に割れて破片が飛び散った。

 まるでミサイルの爆撃のようだった。攻撃の余波だけでも立っていられない。零は態勢を低くして体が吹き飛ばされないよう必死で堪えた。

 爆発の中心にいた黒騎士はどうなっただろうか。見上げる鳴海の視線の先を零も目で追った。

 黒騎士は爆風の中から顔を出し逆さまに落ちてきた。あの爆発の中でもまだ生きていたのだ。地に着く前に黒騎士は態勢を変え、地響きを立てながら着地した。

 鳴海の攻撃も異常だが、黒騎士の防御もどうかしている。しかしさすがに今回は無傷とはいかなかったようだ。

 鬼心弾の爆発により黒騎士は左腕と防御に使った大盾を失っていた。


「手を抜いてるってわけじゃねぇよな?」


「――――」


「いくら何でも弱すぎる……。お前ホントにあの黒騎士か?」

 

 その言葉に衝撃を受けたのは黒騎士ではなく零だった。


(黒騎士が弱い……? アレで?)


 黒騎士は本来の力を発揮していないということだろうか。今の黒騎士でも零にとっては勝ち目など見えてこないほど圧倒的な存在だった。

 遠すぎる。零と眼前の二人の力の差はあまりにも遠くかけ離れていた。鳴海と黒騎士の戦闘を見ていると自分の戦闘はまるで子供のお遊戯のように感じてしまう。


「全力を出さないのか出せねーのかは知らねぇが……終わらせるぞ」


 黒騎士はその場で剣を振り上げた。

 鳴海は一瞬で距離を詰めると、黒騎士の振り下ろす剣を左手で止め、残った右腕で手刀を作る。

 片腕を失った黒騎士にはもうそれを防ぐ術がなかった。


「――因果応報・鬼薙」


 超至近距離から放った鬼薙により黒騎士は首をはね飛ばされた。

 赤鬼と黒騎士の因縁の決戦は、あまりにもあっけなく片が付いてしまった。

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