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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第三章
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28話 黒騎士と拒絶

 戦いから背を向け撤退した零は今、近くにあった中学校の中にいた。一階の廊下を走り抜け、見つけた保健室の中に入ると佳奈をそっとベッドに寝かせた。


「ごめん、早瀬さん……僕はやっぱり美咲さんを助けに行きたい」


 意識を失っている佳奈に話しかけても無駄だとわかっている。だからこれは零の自己満足にすぎない。

 零は彼女を置いて行くことへの罪悪感に対して、ただ言い訳をしたかっただけかもしれない。

 もしも聞こえていたら彼女はどう思っただろうか。

 自分でもひどい人間だと零は思う。佳奈の安全を考えるならもっとずっと遠くまで逃げ続けるべきだ。

 これまで佳奈に何度も助けられてきた。命を二度も救われたし心が弱っていた時は支えになってくれた。彼女への感謝の気持ちはいくらあっても足りないだろう。

 でも、それでも、


「僕にとって一番大切なのは美咲さんなんだ。そのために仮面能力者になった。だから……僕は行くよ」


 舞を失った鳴海のように、自分のいないところで全てが終わっているなんてことは耐えられない。

 美咲に危機が迫っているのならどんな時でも、どんな場所でも、どんな敵が相手だろうと助けに行きたい。彼女の一番近くで彼女の力になりたいのだ。

 全てを救うのは難しい。体は一つで手は二本しかないのだから。他のモノを抱えて一番大事なモノを取りこぼしたくないのだ。

 美咲以外は全て捨てる――それは一番初めに誓ったことだ。


 零は保健室を飛び出した。胸が不安で締め付けられて息苦しい。

 少し前に大きな衝撃があったあと、美咲の波動が感じられなくなっていた。

 可能性としては美咲から離れすぎたか、彼女が波動を抑えているのか、それとも最悪の結果か。

 

(大丈夫……信じろ。美咲さんが簡単に死ぬはずない)


 嫌な想像をかき消し、零は校舎の外へ出た。


「――っ」


 校舎を出てすぐ視界に入る学校の校庭。それを見た零は、雷に打たれたような衝撃が全身を走った。

 校庭の中央で悠然と立っていたのは、美咲と戦っているはずの黒騎士だった。


「何でお前がここに……」


 いるのは黒騎士一人のみ。美咲の姿はどこにも見えない。


「美咲さんはどこだ。答えろ!」


「――――」


「答えろ! 黒騎士ーっ!!」


 自分の叫びで脳が震える。気付いた時には黒騎士に向かって走り出していた。

 策など何もない。ただ怒りのままに駆ける。

 飛んでくる斬撃を寸前で回避し、黒騎士に飛びかかる。同時に防壁で黒騎士の腕を拘束しようとしたが、後ろに軽くステップするだけで容易く避けられてしまった。

 一度見せただけでもう見切られてしまっている。

 怒りで頭が沸騰している零は、それでも構わず闘牛のように突っ込んだ。退くことは頭になかった。死なない覚悟も忘れていた。

 無謀な零を黒騎士は虫を払うように左手で吹き飛ばした。

 もはや剣すら不要と判断されたのか。本気を出す価値もないと思われたのか。それが癇に障り、さらに怒りを募らせた零は立ち上がるとまたすぐに突撃した。

 勇敢と無謀――かつての奇術師の問いが零の頭をよぎった。

 弱者が強者に立ち向かう図は奇術師の時と同じだが、あの時とは何かが決定的に違う気がした。しかし今の零にはそれが何かはわからない。


(出せばいいんだろ……結果をッ!)


 結果さえ出せば、無謀と罵る連中を黙らせ勇敢と称えられると奇術師も言っていた。たとえゴミのように蹴散らされようと最後に立っていればいい。

 戦う力はまだ残っている。何度だって立ち向かえばいいのだ。


「――ッ!」


 それは刹那の出来事だった。反応出来なかった。黒騎士が視界から外れたと思ったら、次の瞬間には顔面を強い衝撃が襲っていた。

 殴られたのか蹴られたのかもわからない。もっと別の攻撃だったかもしれない。

 零の視界は空を捉えていた。

 どんよりとした曇り空――今にも雨が降り出しそうな嫌な天気だった。

 体に土がついたのが気持ち悪くて零はすぐに起き上がろうとした。

 体が異常に重く感じる。そこでようやく手遅れになってしまった事実に気が付いた。

 拒絶の仮面は無残に砕け散り、零は戦うための力を失っていた。

 心魂の仮面と違い実体のある神秘の仮面は破壊されたらもう直せない。

 たとえここで生きながらえたとしても、もう零は戦えない。

 戦うための方法を必死に探し、やっとの思いで掴み取った仮面使役者としての力。それがこんなにもあっけなく終わりを迎えた。

 零はふらつきながら立ち上がる。


「……まだ、だ」


 まだ体が残っている。心も折れていない。仮面が破壊されても積み重ねてきた日々はなくならない。

 体の力が抜けたことで、怒りでいっぱいになっていた頭がクリアになった。


(ああ……そうだ。奇術師の時もこのぐらい頭がすっきりしていた)


 頭が冷えたことで全身の感覚が研ぎ澄まされ、波動の感知も冴え渡る。とても小さくなってはいるが美咲の波動を確かに感じる。彼女はまだ生きている。


「あの人が生きているなら……僕はまだ、戦えるっ!」


 美咲が生きている限り、何度だって立ち上がれる。戦う意思の炎は決して消えない。

 零は拳を握り、一歩また一歩と前に進む。次第にスピードを上げ、全身の力の全てを拳に乗せる。

 黒騎士は剣を振りかぶる。もはや仮面の力すらなくなった少年にも容赦なくその一撃を振るった。

 零の拳が黒騎士に届くことはなかった。

 しかし、それは黒騎士も同じだった。これまで何度も仮面能力者を葬ってきたその剣は、力を失った少年の命に届くことはなかった。


「悪い、遅くなった」


 零と黒騎士の間に割って入ったのは、獅子の鬣のような金髪の男だった。その男の大きな背中は絶望に打ちひしがれる人々に希望を与え、これまで何人もの人を救ってきた。


「チカ、ラ……さん」


 絞り出すような零の言葉に対して鳴海は堂々と言葉を発した。


「もう、大丈夫だ」


 仮面能力者として最上位の力を誇る赤鬼と黒騎士。

 かつてその名を轟かせた化け物同士の戦いの火蓋が切られた。

 

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