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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第三章
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27話 黒騎士と氷

 氷と斬撃が宙を飛び交い、交差する。絶え間なく続く猛攻も、互いに傷を負わせるまでには至らない。

 最後の氷を黒騎士が叩き落としたところで、二人は同時に手を止めた。

 上位の仮面能力者同士の戦闘では、こんな探り合い程度の攻撃ではミスもしない。だから攻撃を中断したのは、これ以上続けても時間と体力を無駄にするだけだとお互いに判断した結果だ。

 ここから先は、そこから一歩踏み込んだ戦闘に切り替わる。

 踏み込めば敵の命に手が届くようになるが、それは敵にとっても同じこと。

 だから踏み込みすぎてはならない。敵の手の長さを見誤り、自分が命を掴む前に敵に掴まれたら終わりなのだから。


「私を覚えてる?」


「――――」


 本当の命のやり取りが始まる前に美咲は黒騎士に問いかけた。ゆっくり対話ができるのはここしかない。他に可能性があるとすれば、戦闘が終わった後のみ。互いに生きていればの話だが。


「二年前もあなたは突然現れて襲ってきた。あの時はまるで歯が立たなかったけど、今はそうでもない感じね」


「――――」


 黒騎士は何も答えない。兜に隠されていては表情も読み取れない。


「私が強くなったからなのか……それとも……」


 美咲には違和感があった。生命の波動を感じないのもそうだが、それ以前に二年前に見た黒騎士の印象とまるで違っていたからだ。


「まぁいいわ。それはどうでも」


 直感、閃き、違和感――そういう感覚は大切にするべきだ。戦闘においてそれは生死を分ける感覚なのだから。

 しかし美咲はその感覚を『どうでもいい』の一言で捨ててしまった。いつものような冷静な判断能力は今の彼女にはない。

 周りには本心を見せないように努めてきたが、覚醒の仮面が今回の一件に関わっていると知った時から、美咲の心はずっと怒りと憎しみで満ちていた。その感情は、いまにも爆発しそうなほど膨れ上がってしまっている。

 零たちを行かせて一人になったのは今の自分を見せないようにするため。鳴海が来るまでの時間稼ぎをするつもりも毛頭ない。

 怒りの元凶である人物と黒騎士に関わりがあるのなら、美咲は自分の手で黒騎士を始末するつもりだ。


「聞きたいことは一つ、死神のことだけ。あなたがどんなに無口でもこれだけは絶対に話してもらう」


「――――」


「アイツは今どこにいる? 何をしようとしてるの? アイツとあなたの関係は?」


「――――」


 それから何を聞いても黒騎士は沈黙を貫いたまま。質問に答えることはなく、否定も肯定も、反応すらしない。答えないにしても、一言くらい自分の意思を言葉にして欲しいものだがそれもない。

 そうなると、残った手段は結局一つに限られる。


「いいわ。答えないのなら力ずくで聞き出す」


 黒騎士の周辺一帯が暗くなった。黒騎士は上を向いて原因を確認する。

 太陽の光が遮られたのは、美咲が黒騎士の頭上に超特大の氷塊を出現させたからだった。

 近接を選択したとしても、鎧の前では大したダメージを与えられないと判断した美咲は、圧倒的な質量で押し潰すという方法を選択した。

 高層ビルのような巨大な氷塊は現実世界ではとても使えないが、この影の世界なら被害を心配する必要はない。

 氷塊は重力に引かれ、地面を目指して落下した。

 ただ物を落下させる――それだけで強力な攻撃になる。

 硬くて壊せない物でも高いところから落とせば簡単に壊せる。まだ小さい子供が大人を殴り殺すのは難しくても、崖っぷちに立っているところを押して突き落とせば子供でも大人は殺せる。

 落下による衝撃はそれだけ凄まじいものがある。ましてこれだけ巨大の氷塊を落とすのだからその威力は計り知れない。

 どれだけ黒騎士の鎧が硬くても必ず打ち砕いてくれるはずだ。

 黒騎士は頭上の氷塊に向けて剣を構える。地面に衝突する前に斬撃で粉々にするつもりだ。

 それを美咲は待っていた。あれだけ巨大な氷が頭上に出現すれば、誰だって上に注意を向ける。力の大半を注いで作り上げた最強の武器も美咲は囮にした。

 美咲はその場にしゃがみ地面に手の平をつける。そして地面を全力で凍らせる。地面の氷はあっという間に黒騎士の足元まで広がり、黒騎士の足を凍結させた。


「そのまま一気に凍りつきなさい!」


 上からは超特大の氷塊、下からは地面を伝う凍結が黒騎士を襲う。天と地の双方から攻めることで美咲は黒騎士を追い詰めた。

 容赦はしない。逃げることも許さない。何も語らないのなら殺す。

 怒りは膨れ憎悪はより深くなる。冷たい激情を燃やす美咲の瞳には、もはや黒騎士の姿は映っていない。その瞳に映っているのは、必ず復讐すると誓った相手だ。

 いるはずのない死神の幻影を見てしまうほど、美咲の心はひどく不安定だった。


「私は……必ずお前をッ!」


 美咲の脳内で過去の光景がフラッシュバックした。

 真っ赤に染まった雪と、それと同じ色に染まった自分の小さな手のひら。

 忘れたくても忘れられない記憶。

 死神に幸福を奪われ、人生を狂わされた日。

 その日、美咲は仮面能力者になった。かけがえのないものを引き換えにして――。

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