26話 タイミング
「……タイミングが良すぎる、か」
美咲がそう言ったのは、鳴海がいなくなってからすぐのことだった。
それはただの独り言という感じだったが、零は気になったので聞いてみることにした。
「何のことですか?」
「仮に凶蝕者を作ったのが黒騎士だったとして、このタイミングは偶然なのかなって……まるで私たちを邪魔するようなタイミングじゃない?」
零たちが戦力増強のために動き出してすぐのことだ。もしこれが偶然ではないなら黒騎士は零たちが春と接触するのを防ぎたいのかもしれない。だがそれよりも零たちにとって問題なのは、
「もしかして、監視されてる……?」
小声で零が言うと美咲は小さく頷いた。
黒騎士からは生命の波動をまったく感じ取れない。ならば今この瞬間も黒騎士がどこかで零たちの行動を見張っていても何ら不思議ではない。
「でも凶蝕者を作ったことに何か意味ありますか? そのぐらいじゃ大して邪魔にならないような……」
鳴海が凶蝕者を倒して戻ってくればすぐにまた春探しが再開する。長く見積もってもロスはせいぜい30分程度だろう。あまり意味があるとは思えない。
「私たちの目を凶蝕者に引きつけて、その間に春ちゃんを狙うつもりなのかも」
時間を稼いだところでいずれ零たちは春に接触する。それならまだ一人でいるうちに彼女を潰してしまおうと黒騎士は考えているのだろうか。
「もしくは戦力を分散させたかっただけという可能性もあるわ。3級凶蝕者相手に四人全員で動くことはないと予測して……」
「なら一人でいるチカラさんが危ないんじゃ?」
「人数で考えればそうだけど……力で考えたらリキさんは私たち三人を合わせたよりもずっと強いから、むしろ危ないのは――」
「僕たち、ですか」
「二人とも仮面を準備しておいて。黒騎士がいつ来てもおかしくないから」
「倉科先輩……もう来てるみたいですよ」
佳奈が見ている方へ零と美咲は瞬時に振り向く。
その先で空間を切り裂き、中から現れたのは黒騎士だ。生命の波動がないと、いともたやすく接近を許してしまう。
黒騎士は美咲の予想通り、鳴海ではなく三人の方を狙ってきた。こちらの方が勝算は高いと踏んだか、はたまた別の理由か。いずれにしろ零たちにとって危機的な状況だということは変わらない。
「二人とも影の世界へ! ここじゃ人目につきすぎる」
美咲は周りの人を巻き込む可能性を真っ先に排除する。戦うにしろ逃げるにしろ影の世界を使った方がいい。黒騎士の狙いが仮面狩りなら余計な被害は出さず、追って来るはずだ。
美咲が作った扉に入り、三人は影の世界へ。黒騎士もすぐに後をついてきた。
黒騎士が影の世界へ侵入してくるタイミングに合わせ、美咲はすでに攻撃を仕掛けていた。
侵入と同時に黒騎士を無数の氷の槍が豪雨のように襲い掛かった。射出され、勢いよく空を切って飛ぶ氷は、鎧を傷つけられなくても衝撃を与える。どんなに硬い鎧でも衝撃までは消しきれない。
しかし遠距離からの攻撃ではダメージと呼べるほどの成果は得られないだろう。足止めがせいぜいだ。
黒騎士も慣れてきたのか鎧で受けるのをやめ、黒剣で氷の槍を叩き落とし始めた。
黒騎士に対して最も有効な攻撃手段を持つ者は、今はこの場にいない。
美咲はやはり一旦退いて、鳴海と合流するべきだという結論に至った。
「私が行きます!」
「待って! 佳奈ちゃん!」
美咲が撤退を指示する前に、佳奈が前回と同じく飛び出した。前回はそれでなんとかなったが、彼女自身も言っていたように、二度同じ手は通用しないだろう。
零は彼女をサポートするため防壁を展開する。前回は剣の振りを妨害するように防壁を張ったが、それでも攻撃を止めきれないことはわかった。
だから今回は剣を振らせもしない。黒騎士の腕を挟むように防壁を展開し、空中に腕を拘束する。
効果は絶大だった。両腕を防壁で挟んで固定された黒騎士は剣を振るえない。
「今だ! 早瀬さん!」
零の後押しを受けた佳奈は黒騎士との距離を一気に詰め、蠍の尾で黒騎士を狙う。両腕を拘束されてる今は絶好の攻撃チャンスだ。
前回痛い目にあった蠍の尾が迫る中、黒騎士は冷静に足で蹴り上げて防いだ。
「くっ……」
弾かれた尾で佳奈はすぐに二撃目を放つ。だが黒騎士も甘くはなかった。零の防壁を腕の力だけで強引に破壊して拘束を解くと、向かってきた蠍の尾を黒剣で上から下に貫き、そのまま地面に剣先を突き刺して固定した。尾は暴れ乱れたが、釘のように刺さった剣の拘束からは逃れられなかった。
黒騎士は右手の剣で蠍の尾の動きを封じ、残った左手で佳奈の首を掴んで持ち上げた。足をジタバタさせてもがき苦しむ佳奈は、両腕で黒騎士の腕を掴んで振りほどこうとするが、黒騎士の掴む力は一向に緩まない。
美咲と零はやむを得ず、彼女を救うために黒騎士に向かって走った。黒騎士の間合いに近付くのは自殺行為だがそうも言っていられない。
佳奈は首を絞められたことで意識を失い、蠍の尾も消失。
黒騎士は意識のなくなった佳奈を零たちの方へ投げ捨てた。
零は彼女が地面を転がる前にキャッチして容態を確認する。意識は失っているが死んでしまったわけではない。
安堵の息も束の間、黒騎士のさらなる攻撃が襲った。飛ぶ斬撃で三人まとめて蹴散らすつもりだ。
零が防壁を展開する前に、美咲が先に動いた。彼女が両手を前に向けると、三人の前に瞬く間に氷の壁が出来上がった。
奇術師のときにナイフを防いだ【氷華の盾】を遥かに超える防御性能を発揮する【氷の城門】。
零の三重防壁をも突破した黒騎士の斬撃を美咲は防ぎ切った。
「零くん、佳奈ちゃんを連れて逃げて。私が時間を稼ぐから」
「そんな……一人じゃ無理ですよ」
「格上相手に意識を失った人間を守りながら戦うのは無理よ。どっちにしろ、一人は彼女を守るために動けなくなる。ならいっそ離れたほうがいいわ」
「でも……」
「心配しないで。リキさんがもう少しで戻ってくる。そのぐらいなら余裕で持ち堪えられるから」
「早瀬さんを安全な場所まで運んだら僕もすぐに戻ってきます」
「それでいいわ、さぁ早く!」
零は佳奈を抱きかかえると、美咲に背を向けて走った。
美咲を置いて逃げる自分の姿が過去の自分と重なった。零の頭の中では嫌でもあの日のイメージがよぎってしまう。今回は見捨てるわけではないと無理やり自分を納得させ、零はその場から立ち去った。




