25話 春を探して
零たちは2グループに分かれることになった。目的は戦力増強。孝仁、俊、沙也加のグループ1は波多野を探すため風我山へ。零、美咲、鳴海のグループ2は市内在住の春を探しに行くことに。
「さて、やることは決まったが君はどうする?」
まだどちらのメンバーにも振り分けられていない佳奈に孝仁が声を掛けた。彼女は元々仮面能力者たちと関わるのを拒んでいた。本音を言えばここにいる皆が彼女に協力を期待しているが本人の意思がない限り、強要はできない。
「君のおかげで娘たちは助かった。感謝の言葉もない。戦いに関わりたくないという君の意思は尊重したいと思っている。ただ本音を言えば君にも協力してもらいたい。今は一人でも戦力が欲しい状況なんだ」
孝仁は佳奈に向かって深く頭を下げた。大人が子供に頭を下げるのもこういう言い方をするのもずるいと零は思う。こんな頼み方をされたら嫌でも断れない。善人の佳奈ならなおのこと。
零は彼女が答える前に代わりに断ることにした。
「すみません、浅葉さん。早瀬さんをこれ以上巻き込むことは――」
「いえ、いいんです。零くん」
「でも……」
かばおうとする零に佳奈は笑顔を作って「大丈夫です」と告げた。それから孝仁の方に向き直って決心を口にする。
「ここまできて自分には無関係だなんて言っていられません。私も協力させてください」
「ありがとう。黒騎士を退けた君が味方になってくれるならこれほど心強いことはないよ」
「運が良かっただけです。命を対価にした賭けがたまたま上手くいっただけで、同じ手はもう二度と通用しないでしょう。だから戦力としてはあまり期待しないでください」
謙遜する佳奈を美咲と沙也加は横から褒めちぎった。黒騎士を単独で退けたことは、彼女が思っているよりずっと凄い事なのだと伝えるために。
称賛の声を浴びた佳奈はいつもよりも硬い笑顔で返した。
そんな彼女に零は心配の眼差しを向ける。本人がやるというならやらせるべきだが、やはりみんなのために無理をしているのではないか――その思いは拭い切れない。
「早瀬さん……」
不安そうな零の背中を鳴海が後ろから強く叩いた。
「零、覚悟の二つ目覚えてるか?」
鳴海から教えられた仮面能力者に必要な覚悟。一つ目は死なない覚悟。そしてもう一つは――、
「……死なせない覚悟」
「不安ならお前がその子を守れ。お前ならできるはずだ」
鳴海も死なせない覚悟を持って戦っていたはずだ。それでも舞の命は、救おうとした彼の手からこぼれ落ちてしまった。だからこそ『お前なら』という部分に強い想いが籠っていたように零は感じた。
辛いことがあっても鳴海の瞳はまだ強い光を失っていない。それに引き替え零はどうだ。
舞を救えず、黒騎士に二回負けたことでまた弱気になっていた。瞳はずっと光を失ったままだ。暗い瞳のまま前を向いても明るい未来は見えないだろう。
零は両頬を叩いて弱い自分を追い払う。
「今度こそ、必ず」
舞の死も鳴海の後悔も無駄にしないために、零は佳奈を守ることを誓った。
メンバーに佳奈を加えた零たちのグループ2は、浅葉家を後にして春の自宅へと向かった。
美咲と佳奈はすぐに打ち解けようで、零と鳴海の後ろを歩く二人の会話からは笑い声が絶えなかった。
年の近い同性の友達と話すのはやはり楽しいものである。同じ高校に在籍しているというのも嬉しいポイントだ。
そして二人にとって一番重要なのは、仮面の秘密を共有できる同性の友達という点だろう。
美咲には仮面の秘密を話せる同性として沙也加がいたが、小学生と高校生ではさすがに年が離れすぎている。零や俊は彼女たちと同じ高校生ではあるが異性である。どれだけ親しくなろうと異性という壁は大きい。それだけで会話の内容に制限を受けるからだ。
高校に他の同性の友達がいても、普段の会話や行動には気を遣わなければならない。友達といると気が緩んでしまうものだが、うっかりして仮面のことを口走ったり、仮面を見られたりすることがあってはならない。
自分が普通の女子高生ではないと悟られないよう、嘘をついたり誤魔化したりするときにかかるストレスも相当なもの。
しかし美咲と佳奈の間では、そんな面倒なしがらみを気にする必要はない。おそらく二人が心の奥で、ずっと必要としていた存在ではないだろうか。だとすれば佳奈を巻き込んでしまったのも悪い事ばかりではないかもしれない。
この出会いが二人にとって良い方向に向かうことを零は強く願った。
「それにしても倉科先輩が仮面能力者だったなんて驚きました」
「それは私もよ。全然気付かなかったもん」
「氷の能力って今の時期便利そうですね。私だったら絶対かき氷作ります」
「毎年作ってるわ」
(毎年作ってるんだ……)
美咲の生み出した氷で作ったかき氷――美咲を崇拝している零としてもぜひ一度味わってみたい一品である。
どんなものでも前に『美咲の』と付くだけで、零にとってプレミアムでスペシャルな価値ある物に変わるのだ。
談笑する二人に混ざりたい気持ちもあるが、せっかくの同性同士の会話に水を差さないよう零は代わりに鳴海に話しかけた。
「春ってどんな人なんですか?」
春を説得できるかどうかは自分にかかっていると言われたが、零は未だに名前以外の情報を持っていない。説得するなら会う前にどんな人物か知っておくべきだろう。
「年はお前の二つ下の中学二年の女子だ。顔は良いが性格に難あり……というより最悪だ」
「最悪とは……?」
詳細を聞く前からもう嫌な予感しかしない。
「その日の気分……いや、その時の気分で態度が大きく変わる。山の天気みたいなもんだ。変わりやすく読みづらい。発言には気をつけろよ、一言で機嫌がジェットコースターみたいに上下するからな」
「確かに最悪ですね」
「まだあるぞ。人の好き嫌いが激しい上に、一度気に入られたとしても油断するなよ。次の日には嫌われてる、なんてこともざらにあるからな。それから飽きるのが流れ星より速く、大切なモノも次の瞬間には平気でゴミ扱いするようなヤツだ」
ひどい言われようである。
「逆に良いところはないんですか?」
ダメなところを言い出したらキリがなさそうなので、良い部分を聞くことにした。
「そんな性格でもよっぽどのことがない限り人を傷つけたりしない。普通なら誰でもキレるようなことをされても笑って許してくれることもある。強い力は持っているが争いとかは嫌いなんだよ。あと嘘も絶対につかない。それから意外と面倒見は良いな」
良いところがあって少し安心したが、説明通りの人物ならとてもではないが説得できるとは思えない。というかこんなにも欠陥だらけの人間を説得できる者なんてどこにもいないとさえ思った。
「それで、そんな子を相手に僕はどうすれば?」
「特に何かする必要はねぇ。お前のキャラが気に入られるか気に入られないかだ」
「気に入られなかったら?」
「他の人格と代われ。多重人格って時点でアイツの興味を引くだろうし、あれだけいろんな性格のヤツがいれば一人くらいは気に入ってくれるはずだ」
「そんなので本当に上手くいくんですか?」
「ジーベンなら奇跡を起こしてくれるはずだ」
「そいつに代わるのだけは絶対嫌です」
ジーベンとは零の七番目の人格である誠七のことだ。以前は誠七の中二病のせいで、零は醜態をさらすことになったため二度と交代する気はなかった。
「まぁダメ元だ。とにかく――」
「リキさん!!」
鳴海が言葉を切った後、美咲が鋭い声で叫んだ。
「凶蝕者か」
鳴海がそう言い、零も二人に遅れて波動を感知した。ここからは少し離れているが微かに凶蝕者の波動を感じる。
「この凶蝕者を作ったのが黒騎士なら、ヤツはまだ近くにいるはずだ。俺が行くからお前たちはここにいろ」
「なら僕もっ!」
「零……悪いが黒騎士相手じゃお前を守ってやる余裕はねぇ。それにアイツは俺が倒さなきゃいけねぇんだ。わかってくれ」
言い方は優しいがここまではっきりと足手まといだと言われては、何も言い返せない。零はその言葉に従うしかなかった。




