23話 四対一
零たちは仮面をつけ、すぐさま臨戦態勢に入った。
敵は仮面能力者一人に対し、こちらは仮面能力者一人と仮面使役者が三人もいる。数の上では圧倒的に優勢と言えるだろう。
黒騎士は四人全員が仮面を持っていることを承知で仕掛けてきたのだろうか。もしそうなら四人相手でも勝てる自信があるということだ。ならばこの状況を有利だと楽観視するのはやめよう。
多数の利は今は忘れることにする。油断や慢心もしない。なにせ相手は規格外の強さを持つ黒騎士なのだから。
黒騎士が攻撃動作に入る前に、零と俊が同時に左右から突っ込んだ。
こんなにも早くリベンジの機会が訪れるとは思わなかった。舞の仇はここで取る。
狼の爪と剣山防壁、二つの怒りが黒騎士を貫くための刃となって襲いかかった。黒騎士は避けられず、二人の攻撃をまともにもらった。
「なッ!?」
二人の全力の一撃が直撃したにも関わらず、黒騎士の鎧には傷一つ付けられなかった。それどころか逆に零たちのほうが傷つく結果となった。零の剣山防壁は鎧を貫くことなく、直撃と同時に崩壊し、俊は自慢の鋭い爪を折られていた。
黒騎士は避けられなかったのではなく、避けなかっただけ。自身の鎧の前には、二人の攻撃が意味をなさないことを知っていたからだ。
ただその場に突っ立っているだけで黒騎士は敵の攻撃を防ぎ切った。それから悠々と攻撃動作に入る。
軽く薙ぎ払うように剣を横一閃。零と俊は斬撃でその身を斬り裂かれたあと、少し遅れて胸から鮮血がほとばしった。
沙也加の絶叫が耳に響いてくる。
地に伏した二人だったがまだ息はある。比較的傷も浅く立ち上がれないほどではない。
ダメージを抑えられたのは、零の機転によるものだった。
前回は正面に三枚防壁を並べても突破された。だから今回は二人の正面には二枚のみ展開し、もう一枚は黒騎士の剣の振りを阻害するように一枚展開させた。
防壁に邪魔されて剣を振り切る速度が落ちたため、飛ぶ斬撃は本来の威力を発揮しなかったのだ。
とはいえ、それでも傷は決して浅くない。その上すぐに次の攻撃がくる。立ち上がろうとする二人に追い打ちをかけるように黒騎士は剣を構える。こちらが態勢を整えることも簡単には許してくれない。
立ち上がった二人の横を誰かが後ろから走り抜けた。
「早瀬さん――!?」
単身で黒騎士に突撃したのは佳奈だった。無謀ともいえる彼女の特攻は、おそらく黒騎士の攻撃目標を自分に向けさせるのが狙いだろうと零は推察した。当然、それは零たちを守るためだろう。
「ダメだ、早瀬さん待って!」
黒騎士は構えた剣を佳奈へと向けた。飛ぶ斬撃が佳奈を襲う。阻むものが何もないその一撃は、彼女の細い身体なんて簡単に真っ二つにしてしまうだろう。
斬撃が迫るなか、佳奈は地を蹴り高く跳ねた。斬撃は彼女の足の下をギリギリで通り過ぎた。
佳奈はその勢いのまま黒騎士に向かった。初めから回避だけで終わらせるつもりなどなく、回避がそのまま攻撃に繋がるように、真上ではなく前に向かって飛んでいたのだ。
だが黒騎士も甘くない。初撃を躱されても動じることなく二撃目をすぐに振り下ろした。
黒騎士の反応がもう少し遅れれば、佳奈のほうが先に攻撃で来ていたかもしれない。
意表を突くはずだった佳奈の一手も黒騎士の冷静な対処で悪手に変わった。空中ではもう避けることはできない。
零は防壁を展開しようとするが間に合わない。
斬撃が当たる瞬間、佳奈の身体が真横に動いた。身をひねるだけならまだわかる。しかし彼女は空中で横にスライドするようなありえない挙動をとって黒騎士の斬撃を回避した。
空中で回避できたのは佳奈の蠍の仮面の力によるものだった。蠍の尾を外壁に突き刺し、尾の力で体を横に引っ張ることで斬撃を避けていた。
外壁に張り付いた佳奈は、壁を勢い良く蹴り、黒騎士に向かって真っすぐに飛んだ。
黒騎士の剣と蠍の尾――二人の攻撃は同時に放たれた。
先に膝をついたのは佳奈だった。佳奈の蠍の尾は鎧に弾かれ、黒騎士の振り下ろした剣は彼女の左腕を切断していた。おびただしい量の血が彼女の腕からあふれ出す。佳奈は右手で傷口を抑え苦痛に顔を歪ませる。それでも叫びはしなかった。
黒騎士は佳奈にトドメを刺すため、もう一度剣を振り上げた。
「私……思うん、です。戦いって、勝ったと……思った時が、一番、危ないって……」
苦痛で途切れ途切れになりながら佳奈はそう言った。
直後、黒騎士が突然苦しみだした。まず頭部が異常な動きをしたかと思うとやがて全身を振るわせ始めた。その苦しみ方に零は覚えがあった。零の頭に浮かんだのはプールで佳奈が倒した凶蝕者の姿だ。
「蠍の毒――!」
蠍の尾を鎧で弾き、佳奈の腕を切り落としたことで、黒騎士にわずかな隙が生まれていた。勝利を確信する黒騎士の油断を佳奈は見逃さず、蠍の毒針を鎧の隙間に潜り込ませていたのだ。
黒騎士は震える体で影の世界への扉を開き逃げて行った。扉が消えるのを確認すると、佳奈はその場に倒れて意識を失った。
「沙也加!!」
俊が叫び、沙也加を佳奈の治療に向かわせた。
「早瀬さん……」
零はその場で拳を握りしめた。下手をすればまた目の前で命を奪われるところだった。零は自分の無力さと佳奈に守られたという事実を噛み締めることしかできなかった。
「あの女が仮面の力を持っていたこと、知ってたのか?」
「…………」
「なぜ黙っていた。答えろ」
「それは――」
隠しておくことはもうできない。佳奈もそれをわかって力を使ったのだから。だが彼女が仮面を使わざるを得ない状況に追い込んだのは、零が不甲斐なかったからだ。そのことは決して忘れてはならない。
零はまず佳奈との関係を明確にしたあと、隠していたプールでの出来事を俊に話し始めた。