21話 いつかきっとその日はくる
鳴海は零を先に帰らせ、ひとり駅に残った。残って何かをするわけでもなく舞が最後にいた場所をただ呆然と眺めていた。
「出会いも別れも突然だったな……何も話さないままいなくなりやがって――」
舞は誰とでもすぐ打ち解けて仲良くなってしまう人間だった。他人と距離を取らず壁も作らず、初対面でも馴れ馴れしいほどだった。言いたいことや思ったことをハッキリ言う性格も良い方向に作用していたと思う。
だが実際は違った。
彼女は何か大きな隠し事をしている。そのことに鳴海は気付いていた。
舞は何でも包み隠さず話しているように見えて、その実、肝心なことは何も言っていなかった。心の中を晒しているようで、本当は何一つ自分の内にあるモノを見せてはいなかったのだ。
あの明るい性格も本当は偽装だったのかもしれない。全てが終わったあとではそれを確かめることすらもうできない。
「勝手だよ、お前は……」
鳴海は彼女が全てを打ち明けてくれる日を待っていた。自分のことを100パーセント信用してくれる日がいつか来ることを願っていた。
言いたくないことを無理に喋らせる必要はないと思ったし、自然に話してくれるのを待つのが正しいと思った。
しかし、踏み込むべきだったのだ。彼女に拒絶されても、たとえ彼女の心を傷つけることになったとしても、無理にでも隠していることを暴くべきだったのだ。
そうしていれば恋人ではなくなったとしても、彼女は死なずに済んだのかもしれない。
正しいと信じた道は、正解にはつながっていなかった。鳴海は間違えたのだ。
「何が正解かなんて俺にもわからねぇんだよ、零……」
情けない言葉が鳴海の口からこぼれた。誰かの前では絶対に口には出さないだろう言葉だ。零にも決して見せられない背中。本人の前では大人らしく振舞い、諭すように言葉を並べているが実際はこれだ。
「……リキさん」
「いたのか……美咲」
いつの間にか美咲が後ろにいたのに気付かなかった。波動をまともに感知できないほど心がざわついてしまっている。
後ろに立っているのが美咲ではなく、黒騎士だったらどうなっていたかと想像して鳴海は自嘲気味に笑った。
「弱音なんて……らしくないよ」
「厳しいなお前は……。五年で二人も恋人を失ってんだから弱音ぐらい吐かせてくれよ」
「落ち込んでる暇はないでしょ? 覚醒の仮面がまた現れたんだから」
正直美咲の態度は助かる。同情、慰め、気遣い、そんなものは不要。自分に活を入れてくれる人がそばにいてくれるというのはありがたいことだ。
「覚醒の仮面か……確かに破壊したはずなんだがな」
「ひとつじゃなかったのかもね」
「そうかもしれねぇな。だがそれよりも黒騎士がどうやってあの仮面を手にしたかだ。自分で見つけたんじゃないなら黒騎士に仮面を与えたのはおそらく……」
「死神」
憎しみの籠った声で美咲は宿敵の名を口にした。
「仮面の殺人鬼に続いて奇術師、黒騎士、そして死神まで動き始めたか……。厄介なことになったもんだ」
「全部繋がってると思う?」
「奇術師は無関係だろうな、たぶん」
奇術師は他人と協力したり指示に従ったりするタイプには見えなかった。あの男は自分の欲望を満たすためだけに戦っているはずだ。
「仮面の殺人鬼の事件は黒騎士の仕業じゃない?」
「何でそう思う?」
「正確には黒騎士が覚醒の仮面で作った凶蝕者だと思う。犠牲者の死に方が大きく違うのもそのせい。2級になった凶蝕者の仮面能力を使ったのよ」
「凶蝕者の波動はまったく感じなかったはずだ。仮面能力者ならともかく凶蝕者の波動に俺たち全員が気付かないなんてありえないだろ?」
「零くんから聞いてない? 黒騎士からは生命の波動をまったく感じなかったって……」
鳴海は零ではなく孝仁を通して事情を聞いたのだが、そんなことは言ってなかったように思う。
「確かかその話?」
「零くんの話を信じるなら、ね。目の前にいるのに波動をまったく感知できないなんてできると思う?」
「ジジイレベルのコントロールができればあるいは……ジジイのも完全に消すのとは違うが」
その可能性は薄いように思う。突然襲われ動揺した零の勘違いの可能性の方が遥かに高い。
「もし何らかの方法で波動を完全に消しているとして、それを自分だけじゃなく凶蝕者にも使えるとしたら?」
「凶蝕者でも俺たちの感知に引っかからないってわけか」
「うん。でもなんでそんなやり方をしているのかがわからない。それに凶蝕者を作って波動まで消してバレないように殺してるのに、現実世界で死体を残したままなのもおかしいよね?」
「だな。影の世界で殺せば死体も見つからず、俺たちも事件が起きていることにすぐには気付けなかったはずだ」
「何かを見落としてる気がするの……大事な何かを……」
真実にたどり着くにはまだまだ手がかりが足りない。
「わからねぇことは黒騎士を取っ捕まえて直接聞けばいい」
これまでは犯人が誰か見当もつかなかったが、少なくとも事件に黒騎士が関わっていることはわかったのだ。真相を知るには捕まえて聞き出したほうが早い。
「黒騎士は譲るけど死神は私がもらうわ」
美咲は死神のこととなると冷静ではいられない。誰かがそばで代わりにブレーキを踏んでやらなければ、暴走する恐れがある。
「憎しみは消えねぇか……」
「当たり前でしょ。アイツを殺すためだけに今まで私は――」
「涙も凍ったままみたいだな」
美咲は目を見開いた後、表情を曇らせた。彼女にとってそれは禁句。触れられたくないことだ。
「舞さんのことを言ってるなら、悪いけど私はあの人のこと少し苦手だったから……」
「そりゃ知らなかったな。てっきり仲がいいのかと思ってたよ」
「でしょうね。それにわかってるでしょ? 私はもう絶対に――」
「絶対に泣けない人間なんていねぇさ。お前がまた涙を流せる日は必ずやってくる。約束しただろ? お前の涙をいつか必ず取り戻してやるってな」
再び涙を流せるようになったとき、自責の念に囚われた彼女の心は解放される。
「……そんな日がくるとは思えないわ。たとえ死神を殺したとしてもね」
美咲の表情は晴れないまま。鳴海の言葉でも彼女には届かなかった。




