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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第一章
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7話 匠と帆夏

 夏祭り会場周辺は大規模な交通規制が敷かれていた。そのため歩行者天国となった道路は人であふれかえっている。

 この小さな街に本当にこんなに人が住んでいたのか疑問になるほどの人波だ。

 人混みが苦手な零にとっては見ただけで帰りたくなる光景だった。


 会場に着くと、歩道には露店がずらっと並び大変な賑わいを見せていた。

 車道からは神輿を担いだ屈強な男たちが迫ってくる。

 その後ろからは女性や小学生のグループが、独特の掛け声に合わせて踊りを舞っていた。


「もしかして零ちゃんも踊りたいの?」


 踊りに目を奪われている零に帆夏が声を掛けた。


「いや違くて。ただ変な掛け声だなぁって」


「ああ、あれ変だよね。昔、私も踊ったけど意味はよく知らないや」


「藤原さんも踊ったのあれ?」


「うん、踊ったよ。小学生のときクラスで参加したの。クラス一緒だったから匠もね」


 帆夏は懐かしい祭りの思い出を楽しそうに零に聞かせた。


「フッ。懐かしいぜ。俺の華麗な舞にみんな目を奪われてたな」


 二人の話を聞いていた匠が割り込んできた。


「嘘ばっかり。すぐに飽きて抜け出してたくせに」


 帆夏はあきれてため息をついた。


「そうだったっけ? まぁそんなことより早く露店回ろうぜ。腹減った。もう我慢できん」


 匠はそう言うと、三人を置いてすぐさま、露店のほうへ駆け出していってしまった。


「あーもう、あのバカ。ごめん零ちゃん。あいつの面倒見てあげてくれる?」


「うん、任せて」


 本当は嫌だが帆夏に頼まれては断れない。仕方なく零はそう答えた。


 子供みたいにはしゃいでいる匠を見て仕方ない付き合ってやるか、と零はノロノロと歩き出す。


「おーい! 早く来いよ!」


「はいはい」


 遠くから叫びに零はめんどくさそうに返事して匠の方へ向かった。

 子供の匠に大人な自分が付き合ってやる、そういう気持ちだった。


 

 だがそのわずか数十分後、二人の立場は完全に逆転することになる。


「たーくーみー!! 早くー!!」


「お、おう。少し待ってくれよぉ。零」


 早く次の露店に行きたい零とそのペースについていけない匠。

 祭りに乗り気でなかった零だったが、露店を何軒か回るうちに「あれ? 祭り、楽しい!」と気づき今に至る。

 人ごみのことなど今はまったく気にならない。


「零くん、次はあちらの射的はどうですか? 面白いですよ」


「やるー!!」


 零は佳奈の勧めに元気いっぱいで答えると射的のほうへと急いだ。


「走ると危ないですよ、零くん」


 佳奈も零に続き、匠と帆夏はその後ろでゆっくりと二人の後を追った。


「ふふっ、零ちゃん楽しそうだね」


「ああ、そうだな。精神年齢が若干低くなっているのが気になるがな」


「ね、小さい子みたいでかわいいよね。なんか佳奈が友達っていうより保護者みたいになってるし。まあ、アンタは佳奈を零ちゃんに取られて面白くないでしょうけど」


 帆夏はいたずらっぽく笑った。


「それな!」


 匠はガックリと肩を落とした。


「でも良かったよね。零ちゃんが楽しんでくれて。ほら、あんまり夏祭りに乗り気じゃなかったみたいだし。私たちにも少し遠慮しているっていうか……。壁がある感じじゃん? 嫌なのに断れなかったんだとしたらって考えると……ね?」


 帆夏はしつこく零を夏祭りに誘ったことを少しだけ気にしていた。

 しつこく誘った手前、もし楽しんでもらえなかったらと思うと不安だったのだ。


「まあ心配いらねぇよ。あいつはどんなことでも始めは嫌そうにしてるが、最終的にはなんだかんだ楽しんでるやつだから。それにあいつは普段から塩対応だから。別に祭りに誘ったことで、お前のことを嫌いだとかウザイと思ってるってことはないから安心しろ」


 匠の言葉を聞いて、帆夏は安心したように小さく頷いた。


「そっか。でも塩対応なのはアンタに対してだけだと思うよ」


「えっ、マジか!?」


「私のいう壁がある感じっていうのは塩対応とかじゃなくて気を遣いすぎって感じで、この間も――」


「すいませーん。それ二つくださーい」


 帆夏の話の途中で匠は近くの露店からチョコバナナを二本購入していた。


「ちょっと! 聞いてるの?」


「聞いてるって。ほらこれでも食って落ち着けって。好きだろ?」


 匠は買ったチョコバナナを一本、帆夏に差し出すと、帆夏は少しひっかかるものを感じながらも受け取った。


「……嫌いじゃないけど、チョコバナナが好きなんて私、言ったことあった?」


「え、ゴリラってバナナ好きだろ?」


 帆夏は無言で拳を振り上げた。


「うそうそ! ジョーダンだってジョーダン!」


 匠は両手を前に出して帆夏のパンチに備えつつ謝った。帆夏はパンチを途中で中断し呆れた顔をした後、チョコバナナを口に運んだ。


「おまえが俺を殴るのをやめるとはどういう風の吹き回しだ。こりゃ、明日はきっと大雨だな」


「別に。ただせっかくのお祭りだし。今日ぐらいは大目に見てあげようと思っただけよ」


「……そうか」


 殴られなかったのはラッキーなはずなのに、微妙な居心地の悪さを匠は感じていた。

 いつもなら匠が帆夏を怒らせた後は、殴られるまでが1セット。

 それで何を言ってもだいたい帳消しだった。殴られないとただ匠が悪口を言っただけになってしまう。


「マジでごめん」


 気まずい雰囲気に耐えられず匠は素直に謝った。


「アンタが謝るなんて珍しいこともあるんだ……。明日はきっと大雪だね」


「別に。せっかくの祭りで、ケンカするのもなんかもったいないと思っただけだ」


「そうだね。私たちがケンカしてたら佳奈と零ちゃんにも悪いし」


「あのさ……。えーと」


 匠はまだなにか言いたそうな様子で帆夏のほうを見た。


「なに? まだ何かあるの? はっきりしなよ」


「悪かった」


「もういいってば。そんなに謝るくらいなら最初からゴリラとか言わないでよ」


「そっちじゃなくて。……いやまぁ、そっちでもあるけど。謝りたいのはさっきのことだよ」


「さっき?」


 帆夏は何のことかわからないといった表情だ。


「ほら、浴衣のことだよ。お前怒ってただろ」


「えっ、今更? あっ、もしかしてこのチョコバナナってそれのお詫びのつもり?」


「……まあ」


 目をそらしつつ答える匠に、帆夏は大きなため息をついた。


「アンタがおごってくれるなんておかしいと思ったら……。だったら最初からそう言えばいいのに。お詫びのはずなのに余計なこと言うせいでケンカになっちゃうし」


「だから悪かったって。謝ってるだろ」


「次からはもう少し素直に謝りなさいよ。はい、じゃあこれでこの話はもう終わりね」


「あの、それとさ……」


「しつこいよ。もうこの話は終わりって言ったじゃん」


「いや、お前たぶんまだ誤解してるままだから言わせろ。浴衣のこと、からかわれただけだって思ってるだろ。お前をきれいだと思ったのはほんとだからな。ちゃんと似合ってるから」


 二人の間に一瞬の沈黙が流れた。


「……言いたいのはそれだけだ。そろそろ零たちと合流しようぜ」


「う、うん」


 帆夏は小さく頷いた。二人は並んで歩き出したが、零たちと合流するまでお互いの顔を見ることはもうできなかった。

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