13話 知り合い
あっという間に時間は過ぎ、時刻は23時を回った。夕食を少し早めに済ませていた四人にとっては小腹が空いてくる時間帯だ。
話し合いの結果、2チームに分かれ、負けたチームがコンビニに買い出しに行くことになった。チーム分けはジャンケンで森下と近藤、零と匠に決まった。
これまでの勝率から接戦になることが予想されたが、零と匠はチームとして機能せず、お互いに足を引っ張り合いあっさり敗北した。
「じゃあ俺らはストーリー進めてキャラ増やしとくから、食糧調達よろしく~」
森下と近藤に送り出されて零と匠はコンビニへと向かった。コンビニは森下宅から15分程度歩いた場所で見つけ二人は店内へと入った。
カップ麺、お菓子、アイス、ジュースなど適当に選び会計をしていると、入店音が店内に響いた。
音に反応し零は入り口をチラリと見る。入ってきたのは男と女の二人組。女は見た感じ20代前半といったところ。ふんわりとした亜麻色の髪に肩を出した山吹色のワンピースが女性の魅力を引き出していて、手には夏らしいカゴバッグを持っている。
女の方は知らないが、男の方は零のよく知っている人物――2メートル近い背に獅子のたてがみのような金髪を持つ男だ。
「チカ――」
「リキさんじゃないっすか!」
零の声をかき消したのは隣にいた匠だった。
(え、なんで匠が?)
「ん? 匠……と零もいるじゃねーか!」
「あれリキさん、零と知り合い?」
「あ、ああ。まぁ祭りの時にいろいろあってな」
鳴海も突然のことで他人のフリができなかったのか、零に目線でスマンと送ってくる。
「祭りの日に僕がぶつかっちゃって、その時に……」
嘘はついていないが全てを話してもいない。最初に会った時は本当にただぶつかっただけでお互いに名前すら告げずに別れた。鳴海とつながりができたのは、祭りの終わった後だがその辺の話を匠にすることはできない。
零の曖昧な返事に匠は釈然としない顔をしている。
「あの……チカラさん、隣の方はもしかして……」
匠からの追求を逃れるため、話題をそらした。隣の女性が誰なのか零自身が気になっているということもあるが。
「ん? ああ、そういやまだ会ったことなかったか。こいつは――」
「あたしはこの人の彼女でーす!」
鳴海の腕に横から抱きつきながら、やけに高いテンションで女は答えた。
「つーわけだ。こいつの名前は北条舞。俺の女だ」
「舞さん美人っすね。リキさんがうらやましいっす」
「お、キミわかってるね~! よしお姉さんが何かおごってあげよう」
「マジっすか。あざーす」
二人はすぐに仲良くなって店の奥に消えていった。
「チカラさん、彼女いたんですね」
「まぁ、そりゃ大学生だからな。いるだろ、普通に」
「いつからですか?」
「……初めて会ったのは二年近く前で、付き合い始めたのはそれから三か月後くらいの時期だな。俺のバイト先に何度もアイツが来るようになってよ。最初は俺もその気はなかったんだが、話しているうちに自然とな……」
(二年も前なら美咲さんもさすがに知ってるか――)
美咲には幸せになってほしいし、なるべきだと思っている。嘘ではない。けれど鳴海に彼女がいたという事実を知ったことで、零の中にはある感情が浮かんでしまった。そんな自分を零は嫌悪する。美咲が幸せになることを願うならそんなことを考えてはいけないのだ。
「キミは欲しいものないの?」
いつの間にか後ろに舞が立っていた。
「え、僕は別に」
「キミ、名前なんて言ったっけ? ミ、ミ。ダメだ、思い出せない」
鼻先が触れ合うんじゃないかと思うほどの距離まで、舞は顔を近づけて零の顔を凝視した。彼女の顔は少し赤くなっていて、口元からは、ほのかにアルコールの匂いが漂ってくる。嗅ぎ慣れていない匂いが零の鼻から入って頭を刺激しクラクラとさせた。
「御幸です。御幸零」
答えながら彼女から少し離れようとするが、すぐにまた距離を詰められてしまう。
「そうそう。ミユキっちだ。あの子のお気に入りのミユキっち」
(あの子?)
「夏祭りの日には頑張ったみたいだね~。あの子もあれからキミの話ばっかり」
(ああ……美咲さんのことか。チカラさんの彼女なら知らないわけないか)
「確か、学校も同じでしょ?」
「はい、まぁ」
「あの子、美人だからモテるでしょ?」
「そう、だと思います」
「誰かに取られる前にアタックしなよ~。ミユキっちはチャンスあると思うからさぁ」
「ないですよ。チャンスなんて……」
鳴海に彼女がいたとしても美咲が零のことを好きになるということはない。それが現実だ。下手な期待はしない。そもそもそんな気持ちで彼女に近づいたわけではないのだと、零は頭で必死に否定する。
「えー、そうかなぁ?」
「舞、そこまでにしとけ。悪いな、零。こいつかなり酔ってるから、めんどくさくてよ」
「全然、酔ってませーん!」
「酔っぱらいはみんなそう言うんだよ」
その後も舞は自分が酔っていないと証明するために、わけのわからない理屈を並べては鳴海を困らせていた。
「あの……僕たちそろそろ……」
恋人のいない身からすると、カップルの何気ないやりとりも見ていて苦痛なのでそろそろ退散することにした。
「えーもう行っちゃうの?」
帰ろうとする零の腕を舞は掴んで引っ張ってきた。
「すいません。他の友達も家で待ってるんで」
「んー。わかった。しょうがない。じゃあ最後に一つだけお姉さんのお願い聞いて」
「何ですか?」
「あの子さ……いろいろ苦しんでるから、助けてあげてね」
どこか後ろめたそうに舞はそう言った。零の腕を握る力も少し強くなった。
「え、あ、はい。わかりました」
勢いで『はい』と言ってしまったが、零が美咲にしてあげられることは少ない。苦しんでいるというのは、やはり美咲が鳴海に向けている気持ちのことを言っているのだろうか。鳴海が美咲の気持ちに気づいている様子はなかったが、舞は気づいているということか。
「約束だよ……ミユキっち」
最後の舞はそれまでと雰囲気が違かった。酔っぱらいがふざけて言っている感じではなく真剣そのものだった。それが少しだけ引っかかったが、零は匠を連れてコンビニを後にした。
「いやー舞さんエロかったな」
「人の恋人をそういう目で見るのやめなよ」
「コンビニに寄ったのってもしかしてアレを買いに来たとか……?」
「下種な想像もやめなよ。それより匠はチカラさんといつ知り合ったの?」
舞の言ったことも気がかりだが、匠と鳴海の関係も無視できない。
「あー。それか。小学生の時に一回会ったことがあってな。ずっと探してたんだよ。だから夏祭りで見つけた時には、マジで驚いた」
思い返せば、確かにあの時の匠は様子が変だった。
「あ! もしかして夏祭りの時に、途中でいなくなったのって……」
「あー、悪い。実はあの人に会いに行ってた」
冷静に考えればかなり不自然な消え方だったが、匠だからという理由であまり気にしていなかった。
「なんで言わなかったの? 知り合いなら一言、言ってくれれば良かったのに」
「それはお互い様だろ」
「僕は……ぶつかっただけだし、言うほどでもないと思ったの! それでなんでなの?」
実際、鳴海を祭りで見かけた時は、隠すような間柄でもなかった。それでも現在はいろいろと隠していることがあるので、零も人のことは言えないだろう。
「……帆夏に知られたくなくてな。アイツは覚えてないと思うけど、一応な」
「帆夏ちゃん? どういうこと?」
いつもの匠と違いどうもはっきりしない言い方だ。
「えーと、それは、内緒だ。言ってもわからねぇだろうしな」
匠が言いたくないのならそれ以上は聞けない。聞くのなら零の隠し事も話さないとフェアじゃない。
「何で探してたかも言えないの……?」
帆夏に知られたくない理由は話せなくても、そっちなら話せるかもしれない。
「……答えがほしくてな」
「答え……?」
「あーいや、いいんだ。なんでもねぇ。結局何も教えてくれなかったしな。答えも自分で探せって言われたよ」
(自分で探せ、か)
確かに鳴海なら言いそうなセリフであると零は少し笑った。
「でもなんか驚いたなぁ」
「何がだよ?」
「匠も隠し事するんだぁって思ってさ。なんか思ったこと全部言ってるイメージだったから、そういうのできないと思ってた」
「そんなやついねーよ。天才でもバカでも、善人だろうと悪人だろうと、みんな例外なく何か隠して生きてるもんだし、それは仕方ないことだろ?」
「……うん、そうだね」
自分でもわがままだと零は思う。それでも匠は偽りや隠し事のない人間でいてほしかったと思う。自分にだけは、聞いたことを包み隠さず全て話してほしかった。彼は零が無条件で信じられる数少ない存在だったから。




