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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第三章
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10話 不調

「なんか集中できてねぇな」


 零と戦闘訓練をしていた鳴海は少年の不調にすぐ気が付いた。

 二人が今いる場所は影の世界の眠りの森公園。戦闘訓練を現実世界でやるには、さすがに人目につきすぎるので二人は影の世界で特訓をしていた。ここでなら遠慮はいらず、思う存分に力を振るえるというのに、零はうまく実力を発揮できないでいる。

 鳴海の指摘に対し零はただ目をそらすだけ。本人も集中できていないことは自覚している。


「生命エネルギーのコントロールが全然なってねぇ。最近はずっとそうだ。お前本当にそれで2級を2体も倒したのか?」


 鳴海が言っているのはアクアワールドでの仮面凶蝕者との戦闘のことだ。

 そこで凶蝕者を1体倒したのは本当だが、2体目は零ではなく佳奈が倒した。佳奈が仮面使役者だったことは、彼女本人に口止めされているため、鳴海や美咲にもその部分は伏せたまま。そのためアクアワールドに出現した凶蝕者は、零が2体とも倒したということになってしまった。

 佳奈のことは今でも言うべきかどうか零は迷っている。仮面能力者の戦いに巻き込まれたくはないと本人は言っていたが、鳴海たちに教えても無理やり戦わせるようなことは絶対にないだろう。

 彼女が普通の日常を望み、仮面の世界の住人との関わりを拒んでも、力を持っている以上トラブルに巻き込まれないとも限らない。いざという時のために全員に伝えておいたほうがいいはずだ。それに零には少し気になることもあった。


「ほ、本当ですよ、ただちょっと今日は調子が悪くて……」


 自分でも誤魔化すのが下手だなと零は思った。本人がそう思っているのだから勘の鋭い鳴海にはもうバレていてもおかしくない。

 今回もまた真実を伝えることはできなかった。何度か本当のことを言おうとしたが、やはり友達を裏切るようでなかなか言い出せない。佳奈の意思を尊重したいという想いもある。


「調子が悪いっていうのは体調のことじゃねぇよな? だとすればスランプか……それとも集中できねぇ理由でもあるのか……」


(どうしよう……あとでバレて怒られたくないしホントのことを言ったほうが……)


「そういや、昨日沙也加に会ったんだが、アイツも様子がおかしかったな。特訓も最近見に来なくなったし……俺は避けられるような理由に心当たりがなくてよ。お前なんか知らねぇか?」


(うん、よし決めた。やっぱりホントのことを言うより黙っていた方がみんな幸せだ)


 佳奈のことはともかく、沙也加との風呂での出来事は口が裂けても言えない。

 たとえ自分に非がなくても、言ってしまえば変態ロリコンの烙印を押されかねない。

 しかも鳴海に言えば美咲にも間違いなく伝わってしまう。美咲に嫌われたら零はもう絶対に立ち直れないだろう。


「いや、何も知らないッス」


「そうか……ん? お前零だよな? 信五じゃなくて」


「零ッスよ」


「いや、だってお前いつもと語尾が違うじゃねーか」


「そうですか? いつもこんな感じだと思いますけど?」


「あれ? 戻ってるな……」


 鳴海は思わず首をひねってしまった。

 信五は零が面倒ごとから逃げるために生み出された人格である。鳴海の追求から逃れたいという思いから信五の人格に自然と切り替わったのか、もしくは別人格とはいえ零の一部であることには変わりないので、零が信五の人格に寄ってしまったのかもしれない。どちらかは本人にもわからなかった。


「まぁいいか……。ともかくだな、ここ数日進歩がないどころかむしろ――」


「やぁ、二人とも調子はどうだい?」


 鳴海のお説教を遮って声をかけてきたのは、沙也加の父親の孝仁だった。その隣には天使のような微笑みを浮かべる美咲がいた。


「浅葉さんどうしたんですか?」


「たまには僕も特訓を手伝おうかと思ってね」


「いやータイミング良くて助かりますよ。今あんまり上手くいってないんで……」


 特訓を手伝うためと言っているが、先日の不幸な事件のせいで孝仁のやってきた理由は別にあるのではないかと零は勘繰ってしまう。

 鳴海と談笑している孝仁に零は疑いの眼差しを向けた。その視線に気付いたのか孝仁が零のほうに近付いてきた。


「御幸君、プールでの活躍は聞いたよ。拒絶の仮面は役に立ったようだね」


「はい! それはもう。仮面があったおかげでプールではなんとか生き残れました。ありがとうございます!」


「そうか、そうか。それは良かった」


 孝仁は嬉しそうに笑いながら零の肩に手を置いたあと、耳元に顔を近づけて、


「それで君は沙也加について何か知っているのかな?」


 零にだけ聞こえる声で囁いた。孝仁の声はいつもの穏やかなものと違い、氷のように冷たかった。さらに掴まれた肩に痛みが走るほど強く握られ、零はゾッとした。


「……何の、ことでしょうか?」


 本当のことを言ったら殺されるのではないかと思い、零は怯え震える口から嘘を絞り出した。


「いや、知らないならいいんだ。忘れてくれ」


 肩から孝仁の手が離れ、零はほっと胸をなでおろした。

 孝仁は俊と正反対の温厚な性格をしていると思っていたが、やはり親子だけあって攻撃的な一面も備えているのかもしれない。

 浅葉家の三人全員から軽くトラウマを植え付けられてしまった零は、この家族とは距離を置きたいという強い感情が芽生えた。


(クソ。元はと言えば、匠があのとき沙也加ちゃんにぶつからなければ、こんなことには――)


 この事件では誰も悪くない。誰も悪くないがゆえに誰も責めることができない。そのため、理不尽ではあるが零は怒りの矛先を匠に向けてしまった。


「お疲れ、零くん」


 孝仁に代わるように話しかけてきたのは、美咲だ。零の機嫌も彼女にかかれば簡単に上向きになる。美咲ははいつもと変わりなく優しく接してくれる。裏表もなく誰に対してもきっとそうなのだろう。


「この間は災難だったね」


「プールのことですか?」


「違くて……ほら、沙也加ちゃんとのこと」


「――ッ」


 孝仁が知らないようだったので零は油断していた。沙也加は美咲には例の事件を話していたのだ。

 零の額から嫌な汗が噴き出る。

 話を聞いた美咲は何を思っただろうか。沙也加の伝え方次第では、美咲の零に対する評価が一気に地に落ちてもおかしくない。なにせ嫌がる小学生を無理やり風呂に連れて行き、体を隅々まで洗った挙句、最後には大泣きさせてしまったのだ。  

 猫の姿だったとはいえ、様子が明らかにおかしいことをもっと不審に思うべきだったし、最終的に元に戻った沙也加の全裸を見てしまったのは事実なので釈明するのも難しい。


「ち、違うんです。美咲さん、僕は、知らなくて……」


「うん。大丈夫、全部ちゃんとわかっているから。零くんは何も悪くないから気にしなくていいよ」


 女の子を泣かせると、理屈抜きで男が全て悪いと非難する者もいるが、美咲は違うようで零は安心した。


「それと今度沙也加ちゃんに会ったら、またいつもみたいに接してあげてね」


「でも沙也加ちゃん、もう僕のこと嫌いで話したくもないんじゃ……」


「ううん、そんなことないよ。むしろ零くんに嫌われたんじゃないかってことを一番気にしていたから」


 正直もう二度と口を聞いてはもらえないだろうと覚悟していた。


(少し気にしすぎだったのかな。でも今度会ったらちゃんと謝ろう)


 事件当日は、沙也加が逃げて行ってしまい謝る暇もなかった。そもそもなぜ猫になって近づいてきたのかもわからずじまいだった。


(それにしても沙也加ちゃん、治癒と猫の二つも能力を持ってるなんてすごいなぁ。兄は犬……というか狼で妹が猫なら父親は何の能力だろう?)


 猫になっていたのも仮面能力には違いないが、それは沙也加の力ではなく凶蝕者によるもの。事件は解決したが零はその事実に気付かず、その後もしばらく勘違いしたままだった。

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