9話 触れてはいけない
事情を全て聞き終わった美咲は、ただ沙也加を抱きしめることしかできなかった。
これではあまりにも沙也加が可哀そうだ。しかし誰も責めることはできない。
不幸な事故としか言いようがなかった。沙也加はもちろん、零もまったく悪くない。誰も悪くないし猫からも戻れたので問題自体は解決している。
あとは沙也加の心の傷が癒えるのを待つ以外に方法はなかった。
「絶対……うっ、零さんに……うう、嫌われた」
美咲に事情を説明しているうちに、感情が抑えきれず、沙也加はまた泣き出してしまった。
嗚咽まじりの声で泣きじゃくる沙也加は見ていられなかった。
「だ、大丈夫よ。零くんはそんなことで絶対、沙也加ちゃんを嫌いになったりしないから!」
「でもわたし……ううっ、零さんの上で――」
「それは! もう忘れよ?」
「……うん」
沙也加は涙が枯れるまで泣いたあと、泣きつかれたのかそのまま眠ってしまった。
美咲は沙也加が深い眠りについたことを確認してから、静かに部屋を出る。
ドアに手をかけると、廊下でバタバタと音が鳴った。美咲が部屋を出ると男二人は少し離れたところに立っていた。
「や、やあ美咲ちゃん。どうだった?」
「聞いてたんですか?」
盗み聞きをしていた、孝仁と俊に美咲は眉をひそめた。
「あ、いや……まあ。でも泣いているということしか、わからなかったよ。内容はまったく」
「何があったかは、話せません」
「いや、でも家族なら知る権利くらい――」
「ありません」
「内緒にす――」
「ダメです!」
食い下がる孝仁に対して、美咲はきっぱりとした語気で断った。
「倉科さん、俺たちが沙也加にできることは何かあるか?」
俊は美咲に迫ることはせず、妹の力になりたいという純粋な願いだけ彼女に伝えた。
何があったか話してくれなくても、何かしてやりたいという想いは変わらないのだから。
「今日あったことは忘れること。私も今日聞いたことは忘れることにするから。部屋から出てきたら、普段と変わらず接してあげて。とにかく何も詮索しないこと。何も聞かないのが一番の解決法よ」
二人は納得できなさそうだったが、沙也加のためだと美咲が付け加えると、渋々同意した。
「二人ともご飯まだですよね? 沙也加ちゃんは寝ちゃったんで、夕飯は私が作りますね」
「いや、さすがにそこまでしてもらうわけには……」
「私、最近は料理にハマってるんです。だから気にしないでください」
美咲たちは今日あったことを忘れることにした。
翌日、部屋から出てきた沙也加を孝仁たちが問い詰めることはなかった。沙也加本人も何事もなかったかのように家族に接し、家事に集中して考えないようにすることで平静を保っていた。何はともあれ浅葉家はいつもの日常を取り戻していた。
事態は収束に向かったが、御幸零だけは、風呂場で体験した衝撃の記憶が頭にこびりついて離れず、いつまでも忘れることはできなかった。




