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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第三章
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6話 沙也加の災難

 目が覚めてから体がおかしい。

 周りの物がやけに大きく見える上に、目線が異常に低くなった。

 立ち上がるとバランスがうまくとれず辛いので、すぐに両手を地面につけてしまう。しかし、なぜかこの方がしっくりくる。

 臀部に違和感があり、後ろを向いて確認すると長い尻尾が生えていた。おまけに全身は雪のように白い毛で覆われている。


(……うそ!? なんで!?)


 取り乱して口から出てきた言葉は、全てニャーニャーという音で耳に戻ってきてしまう。


 目が覚めたら沙也加の体は猫になっていた。

 これが夢でないのなら原因は一つ。仮面能力しか考えられない。

 2級に進化した仮面凶蝕者に拘束されている時に、沙也加は不思議な光を全身に浴びた。凶蝕者を倒したことで失念していたが、あの光を浴びた対象を猫に変えるというのが凶蝕者の仮面能力だったということだ。


(どうしよう……どうすれば元に戻れるの?)


 普通に考えれば、沙也加を猫に変えた張本人を倒せば解除されそうなものだが、すでに凶蝕者は倒してしまっている。仮面を破壊しても、一度発動した能力が解除されないということはある。どうやら今回もそのパターンのようだ。


(そうだ! 治癒能力で元にもどれるかも)


 戦闘に関しては自信が持てない沙也加でも、自分の治癒能力に関しては絶対の自信と信頼を置いている。怪我だろうが病気だろうが、どんな状態でも生きてさえいれば、元の健康な状態に戻してきた。

 沙也加は意気揚々と仮面を発現させる――しかし、


(あれ? 仮面、もしかして出せなくなってる……!?)


 何度やってもうまくいかない。普段は当たり前のように出せていたのに、いままでどうやって出していたのかもわからなくなってしまった。

 猫の体では仮面を発現させられない。つまり人の姿に戻るのは絶望的だということだ。

 みんなに助けを求めようと、脱げてしまった衣服の中からスマホを取り出すが、猫の手では電源を入れることはできても、画面の操作ができなかった。

 自分から会いにいくしかないが、猫の姿であまり動き回りたくはない。捕まって保健所にでも連れていかれたら一巻の終わりだ。


(でも、そうするしかない……よね?)


 他に方法もないため自分から動くしかない。いまいる空き地から自宅まで2キロ以上は離れている。猫の小さな体では体感距離はそれ以上かもしれない。

 猫の姿での帰宅を決意して空き地を離れるが、やり残したことを思い出して沙也加はすぐに舞い戻ってきた。

 友人宅から帰宅中の少女が失踪。近くにある空き地の中心には、少女の物と思われる衣服が下着も含めて脱ぎ捨てられていた。素人が見ても事件のニオイしかしない現場だ。

 全裸に剥かれた少女が誘拐されたと誰もが思うだろう。あるいは、これも仮面の殺人鬼の仕業として語られるかもしれない。

 とにかくこのまま放置してはおけないので、せめて空き地の中心から、目立たない隅の草陰に隠すことにした。

 手で持てないので、口で噛んで引きずりながら一枚ずつ運んでいく。


「ふふ。それどうしたんですか?」


 服を移動させていると、通行人の女性に見つかり声を掛けられてしまった。女性は沙也加の背後でしゃがんでいたが、いつからそこにいたのかわからない。まったく気配を感じなかった。猫になったことで波動の感知も狂ってしまったのかもしれない。


(そんな……あとはパンツ一枚だけだったのに……)


 逃げようとするがすぐにその女性に捕まってしまった。

 細い腕と大きな二つの胸で、しっかりホールドされてしまっている。背後から抱えている腕で軽く押され、正面からは弾力のある胸ではじき返されるので、少し息苦しい。逃れることはできそうにない。


「悪いネコちゃんですね。どこから盗んできたんですか?」


(違うんです。このパンツ、わたしが穿いてるやつなんです)

 

 どうやら服を隠しているところは見られていないようだが、パンツを咥えているところを見て、どこかの家から盗んできたと判断されたみたいだ。

 弁明しようにも口から出てくるニャーニャーでは説明できそうにない。


「言い訳をしてもダメですよ」


(あれ? もしかして伝わってる?)


 猫の言葉がわかる人間はいないだろうが、猫の気持ちがわかる人間はいると沙也加は思っている。この女性がそうであるかはわからない。ただテキトーにいろいろ話しかけているだけかもしれない。


「ふふ。その反応、まるで人の言葉がわかっているみたいですね」


(なんだろう……この人なにか……)


「いいですか? よく聞いてくださいね。とっても賢くてとっても可愛いあなたに免じて今回だけは見逃してあげます。でももしもまた同じようなことをするなら……賢いあなたならきっとわかってくれますよね?」


 妖艶な雰囲気の女性はそう言い残すと、沙也加を地面に下ろし、どこかへ消えてしまった。

 静かな言葉だった。静かだがその声には棘があった。顔は笑っていた。笑っていたが目は笑っていなかった。


 沙也加は咥えていたパンツを落とし、代わりに彼女の最後の言葉を噛み締めていた。

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