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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第三章
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5話 あの人のように

 仮面凶蝕者との戦闘で一番大切なのは見つからないことだ。特に沙也加のような戦闘が得意ではないタイプは、正面から立ち向かうのは絶対に避けるべきだ。

 だから沙也加は、生命の波動のコントロールを人一倍練習してきた。生命の波動をできるだけ抑えることで気配を消し、気付かれる前に一撃で仮面を破壊する。それがいつもの戦法だ。

 幸いなことに凶蝕者はいま背中を向けている上に、速すぎる凶蝕化の進行に苦しんでいて、沙也加には気付いていない。おまけにまだ2級にはなっていないので、沙也加でも余裕で倒せるレベルだった。

 体から放出される生命エネルギーを、息を止めるように一時的にストップさせる。波動を限りなくゼロに近づけ、存在感を薄くする。

 波動を抑えながら戦闘というのは、スポーツで息を止めながら試合をするに等しい。だから波動を抑える時というのは、身を隠す場合がほとんどで戦闘中にできるものはあまりいない。

 だが沙也加にはそれができる。これだけは兄や美咲たちにも負けないと自信を持って言える。凶蝕者に勝てるように、沙也加が必死に磨いてきた技術だ。そう簡単に気配を察知されることはない。

 凶蝕化の進行速度が早まっている。もたもたしているわけにはいかない。

 足音も消し、沙也加は背後から凶蝕者に接近を試みる。


(大丈夫、いける!)


 敵は戦闘が始まっていることに気付いてもいない。勝利までの道順も見えた。あとはそれをただなぞるだけ。気配を消した状態で刹那のうちに近づき一撃で仕留めてみせる。

 勝ったという確信があった。次の瞬間には戦闘が終わっている――そのはずだった。

 

(どう、して……なにが起きたの……?)


 沙也加の頭は真っ白になっていた。足を前に踏み出したと思ったら次の瞬間には、なぜか地面に転がっていた。なぜ自分が這いつくばっているのか理解が追い付かない。

 すぐに原因を探ろうとするが、痛みがそれを許さなかった。遅れてやってきた左脚からくる痛みが、脳天まで一気に駆け抜ける。吐きそうになるほどの激痛が沙也加を襲った。

 みやると沙也加の左脚は膝下で切断されていた。切断面からは大量の血が噴き出し、地面を赤く染めていた。少し離れた位置にも血の池ができている。その中心に切断された沙也加の左脚が取り残されていた。

 傷口と血の池にある脚を交互に見る。それでもなぜそうなったのかはわからない。原因はわからないが、一つ言えるのは何らかの攻撃を受けたということ、それは確実だった。

 沙也加は凶蝕者の追撃を警戒したが、幸か不幸か2級への変貌が始まったため最悪の状況は回避できた。だがあまり猶予は残されていない。今のうちに態勢を立て直すしかない。

 地面を這って、左脚を血だまりの中から拾うと治癒の仮面ですぐ治療を始めた。

 

(なにかの仮面能力? でもまだ凶蝕者は3級のはずなのに……)


 凶蝕者が仮面能力を使えるようになるのは2級からのはず。敵が3級だからこそ沙也加は勝負を仕掛けた。思い返しても仕掛けた時はまだ確かに凶蝕者は3級で、沙也加の存在に気付いた様子はなかった。2級への進化が始まったのが、たったいま攻撃されたあとだということも確認できている。


(もう一体……いる?)


 もう一体の凶蝕者、その可能性も考えたが沙也加は首を振ってすぐにそれを否定する。

 近くに別の凶蝕者の波動は感じない。凶蝕者が波動を完全に消して攻撃してきたという可能性は考えにくい。

 仮にいるなら追撃してこないのもおかしい。脚の治療で動けない今の沙也加を仕留めることなど、たやすいはずなのに。

 ならばやはり、眼前にいる3級に何かされたとしか考えられないが、何をされたのかまったくわからない。

 沙也加の接近に気付いて反撃したという感じではなかった。先に何か罠を仕掛けられていた可能性も考えたが、沙也加が見る限りそんな痕跡はない。


 答えはでない。能力が特定できないのなら、むやみに立ち向かうべきではない。凶蝕者もまもなく2級になるだろう。2級になれば一気に勝ち目が薄くなる。逃げるべきだ。


 沙也加は完治を待たず、脚がある程度くっついたところで、立ち上がり凶蝕者に背を向ける。後は他の誰かに任せる。それがいい。自分は頑張った。痛い思いも恐い思いもしたくない。


『仮面能力者じゃないのに、何の力もないのに、この子は立ち向かったの。すごいでしょ?』


 逃げようとする沙也加の頭に、そんな言葉が浮かんだ。それは過去の記憶。初めてあの人と会った時の記憶だった。

 夏祭りの夜に呼び出された先で、知らない誰かを抱えている鳴海と傷だらけの美咲が待っていた。美咲はボロボロだったが、自分よりも抱えられている人を治療してほしいと沙也加に懇願した。

 美咲の意思を尊重し、沙也加はその人の治療を優先した。その日は言葉を交わすこともできなかったが、それが浅葉沙也加にとって御幸零との初めての出会いであり、初めて恋をした瞬間でもあった。

 

 沙也加は弱い自分にずっと負い目を感じていた。

 戦うのはいつも兄や美咲たち、沙也加以外の仮面能力者だ。

 沙也加は傷ついて帰ってくるみんなを治療するだけ。でもそれが沙也加の戦いだった。それでいいとみんなも言ってくれた。

 そう言われて少し安心もしていた。戦うのは恐いから、自分の仮面能力が治癒能力で本当に良かったと思った。

 戦闘向きの力じゃないから、みんなが代わりに戦ってくれる。自分が傷つくことはない。安全な場所で戦うことができる。

 そう考えてしまう自分がずっと嫌いだった。

 本当はみんなのように戦えるようになりたい、強くなりたいと願っていた。

 でも弱いからそれはできないと、諦めていた。


 だから美咲が教えてくれた零の話は、沙也加の胸を突いた。信じ難い話だった。でも零の体中の傷が、それが真実であるということを証明していた。相当に無茶をしたことが一目でわかるおびただしい傷。でも正面から受けた傷ばかりで、勇敢に戦ったことがわかる傷でもあった。

 非能力者が仮面能力者に立ち向かう――それがどれだけすごいことか沙也加にはよくわかる。

 沙也加は強くないが、それでも仮面能力者だから普通の人間よりはずっと強い。けれど美咲が手も足もでない敵、鳴海が戦いを避け、見逃すほどの敵に立ち向かうことなど怖くてとてもできないだろう。

 でも御幸零はそんな敵にも勇敢に立ち向かった。非能力者で沙也加よりもずっと弱いはずなのに、美咲を救い自分も生き残ってみせた。

 凄い人だと思った。どうしてそんなことができるのか不思議だった。

 

「わたしも、零さんみたいになれるかなぁ……?」


 呟いても誰も答えてはくれない。でも答えがどこにあるかも、それを知る方法もわかっている。

 いま沙也加が見ている先に――逃げようとする道に零たちは待っていない。

 零の視線が美咲に向いていることは、沙也加にもわかっている。零も美咲の隣に立つために必死にあがいている。

 前を向いて走り続ける零の視界に、後ろで立ち止まっている沙也加が入ることはない。

 彼の視界に入るためには、沙也加も同じ方向を向いて追いかけるしかないのだ。

 そうすればいつかみんなとも肩を並べて戦える。


「そうすれば、いつか……零さんもわたしのことを……」


 沙也加は扉を開くために挙げた手を下ろした。

 こっちの道に答えはない。だから沙也加は振り返る。

 気付いた時にはもう走り出していた。いま駆けるこの道の先にみんながいる。強い仮面能力者が進む道はこの道だ。

 また得体の知れない攻撃が待っているとしても気にしない。

 消耗は激しいが、全身に治癒能力をかけながら進むことで、傷つけられた所からすぐに再生させる。

 沙也加がいることを知られてしまったから、気配を消す必要はもうない。力を抑えるのはやめて解放する。

 自身が生命の危機に瀕していることを知るとき、生命エネルギーは強くなる。生き残ろうとする意志が体の限界を引き上げる。

 みなぎる生命エネルギーを爆発させて身体能力を強化する。小学生でも、生命エネルギーを正確にコントロールできれば、その拳は絶大な力を得る。


 凶蝕者は3級から2級に成った。人の姿を忘れた巨大な黒の怪物は、最初の犠牲を欲している。


(遅かった……でも仮面能力は使わせない)


 凶蝕者が攻撃動作に入る前に、沙也加は飛び上がり、凶蝕者の仮面を狙った。拳に溜めた力を一気に解放する。

 沙也加の小さな拳が仮面に突き刺さり、大きな衝撃を生む。自身より一回りも二回りも大きい体をよろけさせた。

 でもまだ足りない。仮面に亀裂が走っているが破壊にはもう一撃必要だ。

 3級ならもう終わっていただろうが、2級の仮面はそう簡単には崩れない。


(もう一度ッ!)


 着地と同時に跳ね、畳み掛ける。だが二撃目を許すほど2級は甘くはなかった。沙也加の放った拳を凶蝕者は掴んで止めた。掴まれていない方の腕で抵抗するがそっちも掴まれてしまう。

 そのまま沙也加の体は簡単に持ち上げられる。凶蝕者の顔の前で、両腕を左右に伸ばした状態で広げられ、身動きが取れなくなった。

 このまま両腕を握りつぶされるか、あるいは左右に引っ張って体を引きちぎられるか、考えただけでも顔が青ざめていく。


 ここで負ければ、凶蝕者が周りの人間を襲い始めるのは間違いない。近くには沙也加の友達の家がある。救援にはまだ時間がかかるはずだ。沙也加の敗北は彼女一人の死では終わらない。だから諦めるわけにはいかない。


(あともう少しなのに……)


 凶蝕者の仮面はあと少し、ほんの一押しあれば破壊できるはずなのだ。

 沙也加は逆転の一手を探した。両腕を封じられた沙也加が動かせるのは頭と足ぐらい。頭突きはもちろん、足を伸ばしても仮面には届かない距離だ。

 凶蝕者の握る力が次第に強まっていく。さらに凶蝕者の腕が眩く光り、沙也加もその光に飲み込まれていく。


(仮面能力!?)


 能力はわからないが、この光が良くないものなのは確かだ。沙也加は体を揺らして抵抗するが逃れることはできない。足をバタつかせていると沙也加の足から靴が脱げた。

 それがヒントになった。もうそれしかない。片方は脱げてしまったのでチャンスは一回。


(男の子たちがやってたように……)


 沙也加は、小学生男子たちがやっていた光景を思い出し、それをお手本にする。

 全身を揺らし勢いをつけて沙也加は右脚を思い切り前に蹴りだした。

 脚を限界まで伸ばしても凶蝕者には届かない。だから沙也加は靴を飛ばした。

 ただの『靴飛ばし』とはいえ、仮面能力者が全力で飛ばした靴だ。常人に当たれば殺すこともできる威力だった。

 弾丸のように飛んだ靴は仮面に直撃した。仮面の崩壊と共に体も崩れていく。沙也加の腕も自由になった。


(勝てた……2級を正面から倒せたんだ)


 勝利の喜びよりも安堵の気持ちのほうが大きかった。危機は去った。

 沙也加は現実世界へ戻り、2級を倒したことをみんなへ連絡する。手を出すなというメッセージが全員から来ていたようだがもう遅い。もう一人で倒してしまったのだから。

 みんなからは怒られるだろうが、これで少しは認められると思うと頬が緩んだ。


(零さんは一人で2級を二体も倒したって言ってたから、やっぱりすごいなぁ。まだ拒絶の仮面が使えるようになったばかりなのに)

 

 零は恐ろしいスピードで成長している。それはきっと前だけを見て、ずっと全力で走っているからだ。

 沙也加も今日、やっと全力で走るということを知った。

離されないように、置いて行かれないように、沙也加は彼について行くと決めた。いつか彼が疲れて立ち止まった時、そばにいなければ彼を癒すことはできないのだから。

 今はまだ彼の体の傷を癒すことしかできないが、いつか彼の心の拠り所となり、心の傷だって癒せる存在になりたいと少女は強く願った。


(だってわたしは治癒の仮面能力者なんだから!)


 決意を新たにした沙也加だったが、全身を支配する妙な倦怠感に抗えず、その場で意識を失った。

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