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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第三章
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4話 人生ゲーム

 沙也加が異変を察知したのは、彼女がまだ梨々花たちと一緒にいる時だった。

 沙也加の初恋が発覚したことで、梨々花たちは完全に宿題のことなど、どうでもよくなっていた。そのため宿題は午前中で中止になり、またの機会となった。

 例年通り、また最終日に集まって慌てることになるのは間違いない。宿題が終わっている沙也加からすれば、友達の尻ぬぐいでまた過酷な最終日になるのは、憂鬱と言わざるを得なかった。

 梨々花たちはそんなことは気にもせず、午後になってからは人生ゲームをやりながら、沙也加の初恋を実らせるための会議を始めてしまった。

 会議は当人の沙也加はほぼ置いてきぼりで、三人で盛り上がっていた。そのまま恋愛会議は白熱するかと思われたが、人生ゲームが中盤に差し掛かる頃には、おかしな方向に話題がそれていった。

 キッカケは恵礼菜が唐突に言い放った「人生において愛と金どっちが重要だと思う?」という言葉だった。

 人生ゲームはゴールした順ではなく、総資産額が一番多い者が勝者となるゲームである。現在、最も総資産が多いのは梨々花でトップを独走している。恵礼菜の言葉は梨々花に向けたものだった。


「何が言いたいんだよ?」


「いや別に。ただお金だけあってアンタは幸せなのかなって……」


 梨々花は総資産こそ一番だが、結婚ができずに未だ独り身である。一方の恵礼菜は総資産こそ最下位だが、結婚して子供も五人生まれている大家族だ。莫大な富を築いたが独りの梨々花、貧乏ではあるが温かく賑やかな家庭を築いた恵礼菜という正反対の人生を歩んでいた。


「ルール上はこのままいけばあたしの勝ちだぞ」


「そうなんだけどさぁ。あたしが言ってるのは、どっちが幸せかって話なんだよねぇ」


 なぜか険悪な空気になってしまい、沙也加と葵は互いに視線を送り合う。梨々花と恵礼菜は気が強く相手に譲ることをしないため、些細なことで衝突することがしばしばあった。次に二人がやることといえば、味方を作ることである。


「葵はお金いっぱいあったほうがいいよね?」


「え、まぁ。そりゃ子供いて貧乏はちょっと私も……」


 梨々花はまず総資産二位の葵を味方につけた。


「サーヤはお金より愛だよね?」


 梨々花に対抗するために、恵礼菜は沙也加を味方に勧誘する。


「う、うん。お金がいっぱいあっても独りなのは、わたしは嫌かな」


「零さんと結婚して子供もいっぱい欲しいでしょ?」


「うん。零さんとの子供も欲し……え!? ちょっと恵礼菜!!」


 どさくさにまぎれて変なことを言わされた沙也加は、恵礼菜の背中をバシバシと叩いた。

 両者の意見は平行線を辿ったままゲームは続行された。中盤以降も梨々花はガンガン資金を増やし、恵礼菜は子宝に恵まれた。人生ゲームは自動車コマに人物ピンを挿すのだが、子供が多すぎて車にピンが挿せなくなるほどだった。


 ゴールに向かって順調にコマを進める二人だったが、後半に差し掛かったところで事態は急変した。

 順風満帆な人生を歩んでいた梨々花だったが、連続で不幸マスを踏んでしまい、資産の大半を失ってしまう。葵はおろか沙也加にも抜かされ総資産は三位に。家庭を持てなかった梨々花には、お金だけが唯一の心の拠り所だったが、それすら失ってしまった。

 他人の不幸で飯がうまい恵礼菜は、ご機嫌でルーレットを回したが彼女の不幸もここから始まった。家族の人数に比例して資金が減るマスを立て続けに踏み、大家族の恵礼菜は借金地獄に陥る。多すぎる子供が完全に足枷になっていた。

 貧乏で家族なしの梨々花と、増え続ける借金で心のゆとりをなくした恵礼菜に、人生を楽しむ余裕はなく、ただただ辛いものに変わった。

 二人は人生に希望を見出せず、影のように暗鬱な顔の色をしている。

 葵と沙也加がなんとか盛り上げようと苦心するも、この陰鬱な雰囲気はどうにもならなかった。


「葵ってイケメン好きだよね?」


 しばらく黙ったままだった梨々花が、やっと口を開いた。


「大好きだけど……急にどうした?」


 何の脈絡もなく告げられたため、梨々花の意図はわからなかったが、葵はとりあえず正直に答えた。そもそもイケメンが嫌いな女なんていないだろうと、葵は頭の中で付け加えた。


「じゃあその大好きなイケメンを捕まえたら、相手がどんなに貧乏でも絶対に結婚しな。あたしみたいになりたくないなら」


「梨々花、これただのゲームだから! ちょっと入り込みすぎ」


 ただの人生ゲームを重く受け止めすぎている梨々花に、沙也加が苦笑を浮かべていると、


「サーヤ、アンタは零さんと結婚しても、考えなしでいっぱい子供作っちゃダメだよ。一人か二人ぐらいにしておきな。じゃないとあたしみたいになっちゃうから」


 隣にもう一人、ゲームに入り込みすぎている人間がいた。


「う、うん。そうする……じゃなくて、すぐ零さんの名前出すのやめて!」


 本気で助言したかったのか、からかいたかっただけなのかはわからないが、事あるごとに零の名前を挙げる恵礼菜に、そろそろやめていただきたいと沙也加は声を荒立てた。


 人生ゲームで心をすり減らし続ける梨々花と恵礼菜だったが、最後の最後で救済があった。梨々花がルーレットを回すと、残っていた最後の結婚マスに止まり、次の順番で子供を授かった。最後まで貧乏なのは変わらなかったが、ささやかな家庭を築いて人生ゲームを終えた。一度は有り金全部はたいて、葵の旦那と子供を買いとろうとしたが、それはもう遠い昔の話だった。

 恵礼菜は序盤で買っていた宝くじカードが一等だと判明し、借金は帳消し、さらに後半に子供たちがお金を稼ぎまくってきたので、一気に大金持ちになった。一度は沙也加に子供を一人100万で売りつけようとしたこともあったが、それも今ではただの笑い話だ。


 最終順位は、恵礼菜が一位、葵が二位、沙也加が三位、梨々花が四位という結果に終わった。

 お金が全てだった梨々花は、最後には愛がいかに尊いものなのかを知り、大粒の涙を流した。恵礼菜も最後には、お金の価値を理解し歓喜に打ち震えた。

 幸せな人生を送るためには、愛とお金どちらが欠けてもダメだという結論に達し、二人は和解した。

 人生ゲームはハッピーエンドで終わり、大団円を迎えた。


 異変を感じたのはその時だった。沙也加は用事ができたといって梨々花たちの家を飛び出した。

 梨々花の家から徒歩で五分ほどの距離に感じた生命の波動――それは仮面凶蝕者の波動だった。

 沙也加は生命の波動を文字として認識している。沙也加が感知した波動はカタカナの『ニ』にヒビが入っていた。凶蝕者の波動は文字が割れているように見えるのだが、今は少しヒビが入っている程度だ。おそらく今生まれたばかりの3級凶蝕者だからだ。ヒビはいまも増え続けている。凶蝕化が進行している証だ。2級になると完全に文字が砕け散る、それまでに倒さなければならない。

 沙也加の仮面能力は『治癒』なので戦闘向きではない。そのため可能な限り戦うなとは言われている。だが今回は、近くに誰も仮面能力者がいないこと、仮面凶蝕者が3級であること、近くに友達がいること、以上三つの理由から戦うことを決意した。

 保険としてスマホで凶蝕者の出現をみんなに連絡しておいた。勝てないと判断したら、無理せず撤退する。


「凶蝕者と戦うのなんて久しぶり……大丈夫かな」


 沙也加が戦うことになる状況はめったにないのだが、最近は仮面凶蝕者の出現率が多すぎるためその可能性も覚悟していた。久しぶりの実戦ということで不安はあるものの、3級に負けることはないし、2級もよほど強い仮面能力でなければ倒す自信はある。

 

 現場にはすぐに到着したが、凶蝕者の姿は影も形もない。沙也加の目の前にあるのはただの空き地で隠れる場所もない。

 波動の感知に集中すると、文字がぼやけて見える。はっきり文字が見えない時は、現実世界ではなく影の世界にいるという証拠だ。最初から影の世界にいるなら、誰かに目撃されることや戦闘に巻き込んでしまうこともないので沙也加にとっても好都合だった。


 沙也加は宙にトントンとノックするような動作をして、影の世界への扉を開き、中へ入って行った。

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