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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第二章
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27話 まだ終わらない

 満足いくまで勝利を噛み締めると、零はガバッと起き上がった。

 ゆっくりしてはいられない。誰かに見られる前に退散しなくては。

 近くにあった時計を見ると、時間は戦闘開始から10分も経っていないことがわかった。

 時間の感覚が麻痺するほど濃密な戦闘だった。

 ここから離れる前に軽く周囲を見渡して確認。

 凶蝕者の痕跡は全て消えているので問題ないが、破壊された施設の外壁はどうしようもない。それでも最小限の被害に抑えたつもりだ。

 工事中の施設で一般客立入禁止エリアであることに加え、今日はどうやら工事をしている様子もないので、すぐにバレることはなさそうだ。

 戦闘中に立ててしまった騒音も、普段の工事作業音のことを考えれば怪しむ人も少ないだろう。


 安心してみんなの元へ帰ろうとした時だった。

 零の背後から漂ってきた黒い気配。


(そんな……まさかもう一体いたのか!?)


 背筋の凍る感覚に慌てて振り返った。

 波動の感知には相当な集中力を要する。戦闘中は目の前の凶蝕者のみに感知を集中させていたので、もう一体の存在に気づかなかったのだ。

 零は先の戦いですでに相当消耗している。新たに出現した二体目の凶蝕者も2級まで凶蝕化が進行していた。圧倒的に不利な状況の上、背後までとられている。


 凶蝕者は零の後ろをとると同時にすでに攻撃態勢に入っていた。

 零も振り返ると同時に防壁を展開していた。

 ギリギリのタイミングだった。

 防壁の展開は間に合ったが、ガラスの割れるような音と共に、たった一撃で破られてしまう。

 防壁を破られた衝撃で零は後方に飛ばされたが、ダメージはほとんど逃がせている。

 防壁が間に合わなければ、今の一撃で終わっていたかもしれない。

 すぐに受け身を取って立ち上がり、次の行動へ移る。

 零の消耗は本人が思っているよりずっと大きいものだった。

 防壁を簡単に突破されたことからもそれは伺える。それでも泣き言は言っていられない。

 これはスポーツではなく殺し合いなのだ。スポーツのように互いにルールを守って同じ条件で戦えるわけではない。

 実戦を前にしたらどんな理不尽も許容し、乗り越えていかなければならない。常に万全の状態で戦えるわけではないのだ。

 奇術師戦でも美咲は連戦だったが勇敢に戦っていた。零はあの背中を思い出し自分を奮い立たせる。


 防御はもう考えない。様子見もしない。残りの力を全て注いだ剣山防壁で特攻し、凶蝕者が仮面能力を発動する前に片をつける

 奇術師戦の時の生身だけでの特攻を考えれば、状況は遥かにマシだ。

 勝算は充分ある。この剣山防壁で直前に一体撃破しているのだから、同じ要領でやるだけだ。


 合図があったわけではないが、相撲の立ち合いのようにお互いに同じタイミング突撃した。

 零はここで勝利を確信する。

 凶蝕者は仮面能力を使わずただ突進してきただけ。このまま進めば目の前に見えない防壁を張っている自分の勝ち、押し負けるのは間違いなく凶蝕者だ。

 加速する両者がぶつかる瞬間、突如として凶蝕者の体が縦に真っ二つに裂け、左右に避けた。

 零の剣山防壁は凶蝕者の体を貫くことなく、避けてできた隙間を通過してしまう。

 凶蝕者の裂けた体は、零が通り過ぎるとすぐにくっついて元の姿へと戻る。

 一瞬の出来事だったため、零には何が起きたか理解が追いつかない。

 零からすると来るはずだった衝撃も、得るはずだった手ごたえもなく、凶蝕者が突然、姿を消したように見えていた。攻撃を躱され、後ろを取られたことにも気づいていない。

 背後を取られた無防備な零の背中を凶蝕者の剛腕が狙う。

 気づいて振り返った零の瞳に飛び込んできた光景は、またも零の理解を超えるものだった。

 零を背後から狙っていた凶蝕者は、拳を振り上げたまま動けず、その場で固まっていた。

 動きを止めていたのは、背後から凶蝕者の腹を突き刺している何かだ。

 腹を貫通していたのは黒く細長い物体。よく見ると、竹の節のようなものがいくつかあり、先端は針のように鋭く尖っている。

 それは生き物のようにうねり、抵抗する凶蝕者の体を持ち上げた。地面から足が離れ、身動きが取れずにもがき苦しむ凶蝕者。

 腹を突き刺しているそれは、反り返って今度は凶蝕者の顔を貫いた。

 凶蝕者はそこで動かなくなり、仮面を破壊されたことで体は消失した。


 凶蝕者の消えた先に立っていたのは、仮面をつけた黒ビキニの女性。凶蝕者を倒した黒く細長い何かは彼女の背後、臀部(でんぶ)のあたりから伸びていた。

 凶蝕者を突き刺した黒く細長い何か、その正体が零にもわかった。円筒状の体節と毒針を有する尾節からなるそれは、巨大なサソリの尾だったのだ。


「危なかったですね。零くん」


 聞き覚えのある声だった。落ち着いた雰囲気の静かな声。男を惑わす妖艶な肢体。自分の名を親しそうに呼ぶ人物に零は一人しか心当たりがない。


「早瀬……さん?」


 そう言った自分でも信じられない。そんなわけないのに。彼女は普通の女子高生のはずなのに。だが目の前に提示されたあらゆる情報が本人だと告げていた。

 それでも彼女の顔を見るまでは、彼女の口から肯定の言葉を聞くまでは、どうしても信じることができない。


「はい、大正解です」


 彼女は否定してくれなかった。仮面を外して微笑むその顔は、間違いなく零のクラスメイトの早瀬佳奈だった。

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