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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第二章
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25話 デビュー戦

 波動を辿った先にあった黒い影。間違いなくそれは本物の仮面凶蝕者だった。


(仮面の色は……黒、手遅れだ)


 零は鳴海から教わった仮面凶蝕者と戦う上でいくつか注意点を思い出す。

 特に重要なのが二つあり、一つは『仮面の色』だ。

 仮面凶蝕者は人の心が残っていれば、まだ救える可能性がある。

 その判断のための一つの指標が『仮面の色』である。

 色が全て黒に染まっていなければ、まだ心が残っている可能性はある。

 眼前の仮面凶蝕者の仮面は完全に黒一色。すでに手遅れだった。殺すしか方法がない。

 殺すには仮面を破壊すればいい。そうすれば体は崩壊し塵となって消え失せる。

 心が残っていないということは、死んでいるのと同じだ。

 元が人間だとしてもためらう必要はない。

 零は頭の中で必死にそう言い聞かせたが、それでもやはりやりにくい。

 この凶蝕者は凶蝕化して時間が浅いためか、まだ人の形を残していた。

 黒白ドット柄のビキニを着た女性だ。スタッフではなく一般客だろう。

 零たちと同じように今日が本当に楽しみで仕方なかったはずだ。

 手強くなるが、いっそ化け物の姿まで凶蝕化が進行してくれていたほうが、零としては戦いやすかった

 同情はする。だが躊躇はしない。甘さや迷いは命取りだ。

 心を鬼にして目の前の目標を排除する。それが唯一の救いと信じて。


 向こうもこちらに気づいたようで、獲物を見つけた猛獣のように荒々しく向かってきた。

 生命の波動をコントロールし、波動を抑えて隠れていれば、気づかれることなく奇襲を仕掛けられたかもしれない。

 早く倒さなければという気持ちだけが先走り過ぎていた。

 冷静な判断ができなかった自分に苛立ち零は舌打ちした。

 普段ならしないようなミスも実戦だからこそ。

 安全圏から結果だけ見て、ああするべきだったと、第三者が言うことはたやすい。

 緊張、焦り、不安、怒り、悲しみ、次々と湧き上がる、ありとあらゆる感情が判断を鈍らせる。

 自分の感情のリミッターを解除したかのような高揚感。

 そんな興奮状態の中で正しい判断を選択し続けることは非常に困難だ。

 それも当事者としてその場に立っているからこそだ。

 これが実戦というものなのだ。

 零は向かって来る凶蝕者を前に軽く深呼吸をした。


(大丈夫、落ち着け。これくらいのミスはまだ取り返せる)


 沸騰しかけた心を一度冷ます。それでも完全に自分の心を冷やすことなど不可能だ。

 だから必要な感情だけは熱し続け、力へと変換する。


 夏休みに入って二週間。零がやってきた特訓は二つある。

 そのうちの一つが『生命エネルギーのコントロール』だ。

 体の中を流れる生命エネルギーを自分の意思でコントロールする。

 生命の波動の感知とはまた違う方向で難しかった。

 特訓はより過酷になったが、目に見えて強くなっていることが実感できるので零はこの特訓が好きだった。

 零は凶蝕者の攻撃を最小限で回避した後、カウンターで仮面を狙う。普段は使われることのない余剰分の生命エネルギーを消費し、拳の威力をワンランク引き上げる。

 凶蝕者は防御すらしなかった。反応出来なかったのか、もしくは防御するという知能が失われていたのかもしれない。

 理由はわからないがとにかく一撃を入れることはできた。

 狙いもバッチリ。仮面にクリーンヒット。凶蝕者は宙を舞ったあと、受け身を取ることもなく地面を転がった。


 その場から動かず一撃放っただけだが、まるでフルマラソンを走り切ったような息の乱れだ。それだけの緊張、興奮状態だった。

 零は乱れた息を整える。正しい呼吸をすることは重要だ。乱れた呼吸のままでは力を最大限発揮することはできない。

 零は呼吸を落ち着けながら殴ったほうの掌を見つめる。そしてグッと力強く握った。

 追撃のために握ったわけではない。握った手の中にあったのは確かな手ごたえだった。


(特訓は無駄じゃなかった。戦える……僕は戦える!!)


 冷静になろうとするのをあきらめるほどの高揚感が零の心を満たした。

 自身の成長に打ち震える零だったが、まだ終わっていない。

 地面に伏していた凶蝕者は朽ち果てず、ピクリと動いた。

 仮面を完全に破壊できていれば、体は崩れ落ちるはずだがどうやら威力が足りなかったようだ。

 零の生命エネルギーのコントロールはまだまだ甘い。

 さっきの攻撃で生命エネルギーを10使ったとして、力に変換できたのは2とか3とかその程度だ。残りは波動として無駄に体外に放出してしまっていた。

 凶蝕者を仕留めきれなかったのはそれが理由である。

 生命エネルギーは無尽蔵ではない。無駄に使えばすぐに疲れて戦えなくなる。最悪、使いすぎれば死ぬこともある。

 コントロールの精度を高め、無駄な消費は避けたいところだ。

 特訓の時はもう少し上手くコントロールできていたが、これもまた実戦だからこそということだろう。

 練習ではできなかったことを実戦でできる人間もいる。

 実戦でしか味わえない程良い緊張が集中力を高め、練習の時以上のパフォーマンスを発揮させてくれる。

 だがそれができるのは天才だけだ。天才ではなくても、マグレで実力以上の力を引き出すということも稀にあるが、多くの人は練習でできないことは本番でもできない。

 それどころか、力を発揮できず、練習でできていたことが本番でできないという人間も多いだろう。

 零は自分が天才ではないと自覚している。凡人である自分が実力を出し切れなければ、あっという間にあの世行きだ。

 自分の力を出し切ることは今後も生き残っていくための最低条件なのだ。

 だからもう一度気を引き締める。

 手応えは忘れずに覚えておく。しかし満足はしない。これで満足していたら先はない。


(こいつを倒して僕はもう一段階、上に行く)


 実戦でしか得られない経験というものがある。10の練習より1の実戦で得るもののほうが遥かに大きいのだ。

 凶蝕者を一人で倒すことができればそれが零にとって大きな自信になる。

 自信を持つということは、力を引き出す上で欠かせないことだ。

 自分はやれるという自信が良い結果を生む。

 心をそのまま力に変える仮面能力者としても自信は必要不可欠。

 弱気な性格の零には特に必要なモノだ。


 立ち上がろうともがく仮面凶蝕者に追い打ちをかけるため、零は足に生命エネルギーを集中させる。

 ためたエネルギーを一気に解放するイメージで地面を強く蹴る。

 良い感じだった。無駄な消費をさっきより格段に抑えられた自信がある。


 間合いは詰めた。今度は攻撃のために腕に生命エネルギーを集中する。

 零は足から腕へ水が流れるようなイメージを頭に思い描く。

 腕から足へ、足から腕へ、時には両方に、時には体全体に生命エネルギーを流す。

 必要箇所に最適な量を最短スピードで無駄なくスムーズに、これが相当難しい。

 特訓の際には体の動きにコントロールが間に合わず、殴った後に遅れて生命エネルギーを腕に集める、というような失敗も度々あった。

 今回もやや遅れ気味だが、インパクトの瞬間にはギリギリ間に合いそうだ。

 凶蝕者の仮面はすでに崩れかかっている。この一撃がヒットすれば間違いなく倒せる。


「――――!」


 拳には初撃よりも遥かに多い生命エネルギーを込めたはずだったが、いともたやすく止められた。

 零の拳は凶蝕者の掌で防がれていた。さっきまでの女性の細腕ではない。腕はこのわずかな時間で黒く太く肥大化していた。

 さらに体全体もぶくぶく膨らみ形を変えていく。

 直前までは見た目だけなら普通の人間と変わらなかったが、今は見る影もない。

 凶蝕化が進行し、ついに心だけでなく人の形も完全に失われてしまった。


 零は一度後退して距離をとる。

 それと同時に鳴海に教わった仮面凶蝕者と戦う上での注意点の二つ目を思い出す。

 それは『仮面凶蝕者のランク』についてだ。

 仮面凶蝕者は凶蝕化の進行に伴い、3級、2級、1級、特級の四段階にランク分けされる。

 まだ人の形が残っている段階は3級扱い。この段階ではさほど脅威にはならない。

 人の形を失い化け物としての姿を現した2級。眼前の凶蝕者はたったいま3級から2級に進化した。2級の仮面凶蝕者は一筋縄ではいかない。

 スピード、パワー、凶暴性、全てが3級とは比べ物にならないほど跳ね上がるからだ。

 厄介なのはそれだけではない。

 2級の凶蝕者の一番の脅威は仮面能力を使用するという点だ。


 ここから先の戦いは、零の未熟な生命エネルギーのコントロールだけで対処できるものではない。

 だがそんなことで絶望するほど今の零は弱くない。

 もともと仮面能力を使う化け物たちに勝つために特訓を続けてきたのだ。

 むしろここからが本番。特訓の成果を真の意味で試す時なのだ。


 夏休みの特訓の二つ目、それは『神秘の仮面の仮面能力の習得と能力の向上』だった。

 孝仁から受け取った神秘の仮面、その力を引き出す。

 さらに仮面能力習得後はひたすら鳴海との戦闘訓練を積んできた。

 

 仮面使役者対仮面凶蝕者。仮面能力と仮面能力のぶつかり合い。

 法則、ルール、理、そんな世界の常識を易々と覆す超常の力を振るう者同士による戦いが始まろうとしていた。

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