23話 水着
水着に着替え終わった零はプールへ続く廊下でみんなを待つことに。廊下を行き交う人々は夏休みということもあって、同世代が多く見受けられる。
「それにしても凄い人だかりだなぁ」
夏祭りの経験もあり、以前ほど苦手意識はないが、人ごみを極度に嫌う零にはまだ少しきつい。
とはいえ夏祭りの時は、途中から人ごみのことなんて忘れて楽しんでいた。遊び始めれば、この人ごみも気にならなくなるはず。
今回は夏祭りの時のように億劫に感じることもなく、むしろこの日を楽しみにしていたくらいだ。きっと今日は夏祭りの時以上に楽しい一日になることを信じている。
夏祭り以来、零は変わっていく自分を強く感じていた。多くの出会いが零の心に変化をもたらしている。
零はそれを成長として感じているが、実際のところは過去の自分に戻りつつあるというのが正しい。
記憶が欠けているため零自身はそのことに気が付いていない。
人との間に壁を作り孤独に安心を得ていたのも、目立つことを嫌い周囲の目を恐れるのも全て過去のせいなのだ。
別人格たちが起こした数々の問題行動――それを目の当たりにした当時のクラスメイトたちの白い目が零の心に大きな傷を残していた。
三香たちは零の辛い記憶を消すことでそれに対処した。だが記憶を消したところで心の傷は癒えないままだった。だから無意識に人を遠ざけ、極力関わらないようにしていたのだ。
高校入学直後、他人を寄せ付けない零の心の壁の内側に、匠は何の遠慮もなく入り込んできた。
匠が壁に穴をあけ、できた抜け穴を通って帆夏と佳奈が加わり、それに続いてやってきた森下と近藤は、壁そのものを壊して内側に入ろうとしている。
記憶を消してなお癒えなかった心の傷は、クラスメイト達のおかげで快復に向かっている。それは成長ではなく失われたものを取り戻すということ。
出会いが与えた変化はそれだけではなかった。
非日常を生きる仮面能力者たちとの出会い。
鳴海が背中を押し、美咲が手を引いて導くことで、過去の自分も持っていなかった『強さ』を零は手にしようとしていた。
零は変わりつつある。それはただ失われたものを取り戻し、過去の自分に戻るということではない。
成長し新たな強い自分に変わろうとしているのだ。また同じことを繰り返さないために。
「お待たせ~」
着替えを終えた女子メンバーが待ち合わせ場所にやってきた。
女子たちの眩い水着姿に思わず目をそらしてしまう。
目をそらして気づいたことだが周囲の視線は一か所集まっていた。
廊下にいる男たちの視線に気づくこともなく、佳奈は周囲の注目を一身に集めていた。
佳奈の水着は、紐を首の前で交差させた後に首の後ろで結ぶクロスホルタービキニ。男を魅了する美しく調和のとれた顔立ち、高校生らしからぬスタイル、黒のセクシーな水着のコンボで周囲の男の視線を釘付けにしてしまっている。
「やっほー! 零ちゃん」
明るく声をかけてきたのは、オフショルダー水着の帆夏。両肩を出したデザインの水着を着たことでデコルテラインが強調され、女性らしさがいつもよりアップしている。
「あれ、零ちゃんだけ?」
凛の水着はバンドゥタイプのフレアトップ。胸の部分に何段にも重なったフリルが可愛らしい印象を与えている。
「匠たちはまだ更衣室でボディービルダーごっこしてる」
勝者が決まったらすぐに行くと言われたが、どうやって勝敗を決めるか果てしなく疑問だ。
「ねぇ、じゃあ他の男子は放っておいてあたしたちだけで行かない?」
そんな提案をしてきたのは、ハイネックビキニを着た里彩だ。バスト部分から首元まで布で覆い、胸の谷間を隠すことによって、グラマラスな体型をスッキリとした印象に見せている。
里彩の提案に女子は全員同意した。
「ほら、零ちゃんも行こ」
「行きますよ、零くん」
零がどうしたものか迷っていると、両サイドから帆夏と佳奈に腕を組まれ、そのまま強引に連れていかれてしまう。
残って男連中を待つつもりだったが、仕方ないので置いて行くしかない。
これは仕方ない。本当に仕方ない。
廊下を抜けた先にある一番近くのプールでしばらく遊んでいると、置いて行かれたことに気付いた匠たちがようやくやってきた。
「いきなり裏切ってハーレムを満喫するとはやってくれるじゃねぇか、御幸ぃ」
「不可抗力だよ」
本当にそうだから仕方ない。
水着の美女二人に腕を組まれて抗える男がいるだろうか、いや、いない。
森下も同じ状況なら絶対抗えなかったと断言できるが、それを説明するとまた嫉妬されそうなので黙っておくことにした。
「零、お前そっちのプールでよかったのか?」
「どういう意味?」
質問の意味がわからずそう返すと、匠は別のプールに視線を向ける。
視線の先にあったのは水深60センチのキッズプールだった。
匠の言いたいことはわかった。零はわかった上であえて同じ言葉で聞き返した。
「どういう意味?」
今度は言葉にたっぷり怒気を込めて。
そのやりとりを面白そうに見ていた里彩は、凜を後ろからちょんちょんと指で突いた。
「凛の専用プールもあっちにあるよ」
里彩は凛におすすめのプールを紹介した。里彩が薦めたのは水深30センチの一番浅いプールだった。
「どういう意味かなぁ?」
笑いながら謝る里彩の背中を、凜はふくれっ面になって何回か軽くはたいた。
その後は各種プールを遊びつくしたあとウォータースライダーに行くことになった。
ウォータースライダーの種類は豊富で特に人気なのが『ダイナソースライダー』という三種類のスライダーだ。
世界でもトップクラスの長さと高さを誇る一人乗り専用の『ティラノスライダー』、カップルに絶大な人気がある二人乗り専用『トリケラスライダー』、ジェットコースターのような急上昇、急降下を楽しめる四人~六人乗り専用『プテラノスライダー』。この三種類はいずれも長蛇の列ができるほど人気である。
零たちはその中から『プテラノスライダー』を選択。
男女混合、四人ずつの二グループにわかれることに。
ジャンケンの結果、零は森下、凛、佳奈と同じグループになった。特に仕込んだわけではないが偶然、全員が作戦会議で決めたターゲットと同じグループにいるという結果となった。
零は凜狙いということになっているが、別に本気で狙っているわけではない。
できれば気を許している夏祭りメンバーで滑ることを期待したが、匠と帆夏は別グループになってしまった。
森下と近藤はグループ分けの結果を神に感謝し、列に並んでいる間はそれぞれのターゲットに積極的に話しかけている。
匠と帆夏は一見するといつも通りといった感じだ。だが夏祭りで帆夏の心の内にあるものに触れた零としては、彼女の心のざわつきが目に見えるようだった。
「二人のこと気になる?」
匠たちに気をとられていると凜が話しかけてきた。
「ううん、別に」
「そっか。あのね、前から気になってたんだけど、聞いてもいい?」
何のことを聞かれるか予想できないが、拒むのもおかしいので頷いて次の言葉を待った。
「零ちゃんって美咲先輩と付き合ってるの?」
「えっ、なんで!?」
「だって前、クラスに先輩が来たときなんか意味深な感じだったし……それに二年の友達と美咲先輩が仲良いからたまに話すことがあるんだけど、零ちゃんとのことを聞くといつもはぐらかされちゃうんだよね。はっきり否定しないところが怪しいっていうか……」
「別に付き合ってないよ」
「じゃあ友達?」
「えっーと……」
「ほら! やっぱりそこで詰まる。美咲先輩と一緒」
ただの友達と答えてごまかすのが一番だとわかっている。しかし美咲が凜に自分との関係をどう話しているかわからないので、うまく答えられない。
もし美咲の話と食い違うと一気に怪しまれてしまう。同様の理由で美咲も凜の質問の回答に詰まったことが想像できる。
「そ、それより相原さんのほうこそ付き合っている人とかいないの?」
うまくごまかせる言い訳が思いつかないので逆に質問して話をそらすことに。
「え、わたし!? わたしは……」
思ったより動揺している。自分が質問されることは頭になかったのかもしれない。
自分が答えないのに相手に答えを求めるのは理不尽である。
このまま凜が答えられなければ、零もこれ以上問い詰められることもないだろう。
凜は零に近づくと二人だけにしか聞こえないように耳元で囁いた。
「わたしは少し前にフラれちゃって……」
「え、誰に?」
「先輩なんだけど……ごめん、名前はちょっと言えない」
予想外の答えが返ってきてしまい、再び零が動揺する事態に。こういうとき何と言ってフォローすればいいのか本気でわからない。
「なんか……ごめん」
「い、いいよ、いいよ。気にしなくて。もう立ち直ったから。でもこのことはクラスの女の子たちも誰も知らないから絶対内緒ね。好きな人がいたことも誰にも言ってなかったんだから」
「う、うん、わかった。絶対秘密にする」
なんだか最近女の子がらみの秘密が増えてきた気がする。
うっかり口を滑らせないよう注意しなければと零は自分に言い聞かせた。




