22話 アクアワールド
夏休みに入って二週間が経った。長期休暇の時間の流れは異様に早く感じるものだ。
休日が一日増えるにつれ、時の流れも加速していく気がする。
たった二週間でこれなら一年中休みの人間は、加速し続ける時の中では何もできなくなってしまうのではないか。
時間が一番短く感じるのは、楽しい時だと零は今まで思っていた。
しかし特訓を始めた今となっては、目標に向かって努力している時が一番短く感じるのだと知った。
今までは漠然とした日々を送って来たが、やるべきことを見つけた今となっては時間がいくらあっても足りない。毎日があっという間に過ぎ去ってしまう。
特訓漬けの日々を送り時間と戦い続けていた零だったが、今日は少し息抜き。
本日は普通の高校生らしく夏休みを満喫する予定になっている。
遊ぶ予定は夏休み前から計画されていて、クラスメイトの森下と近藤の『夏と言えば水着!』という熱い声に応えてプールに行くことになっていた。
水着なら海という選択肢もあるが、二人はやけにプールを推してきた。
零としてはどちらでも構わないので特に反対することはなかった。匠も女子の水着が見られればどこでも問題ないということで、揉めることもなく満場一致でプールに決定。
最後に最重要事項としてプールに行くメンバーの話に移った。
男子メンバーは零、匠、森下、近藤の四人で決定。
これ以上は絶対に増やすなと森下に念入りに警告される。
男子メンバーは人数制限を設けられたが、女子メンバーは人数無制限。『当日までにとにかく可愛い子を集めろ!』という指令が下った。
ノルマは最低一人。
零と匠は佳奈と帆夏を誘うことでノルマを早々に達成。
零はノルマを達成したのでこれ以上、女子を誘うことはしない……というより誘えるような女の子がいない。
匠はノルマ達成後もクラスを問わず、女子に声をかけていたようだが零が知る限り全て撃沈していた。
森下、近藤の状況も芳しくないようだった。
女子を一人ゲットできれば、あとは連鎖的にゲットできるだろうという浅い考えだったようだが、そもそも最初の一人がゲットできないまま夏休みに突入していた。
どうなることかと思ったが、夏休みに入ってから帆夏が友達を誘ってくれたようで、女子二人を追加で確保することができた。
最終的に男子四人、女子四人でバランスの良いメンバーになった。
そんなわけでクラスメイト達とやってきたのは、『アクアワールド』という国内最大級のアミューズメントプールだ。
流れるプール、室内プール、温水プール、ジャグジープール、子供向けのキッズプールなど多様な各種プールに絶叫スライダー。
充分すぎるほどに充実している設備。夏のプールを楽しむには申し分ないだろう。
「いや~。御幸と白石にはマジで感謝だわ」
「ああ。マジでこの先ずっと、頭あげらんねぇわ」
「佳奈ちゃんを連れてきた功績はでかい。おまけに帆夏ちゃんのおかげで凛ちゃんと里彩ちゃんまで!」
「佳奈ちゃんたちと一緒に夏祭り行ったって聞いた時には、どうしてやろうかと思ったがな」
アクアワールドに入場し、着替えのために女子グループと一旦、別れた後、森下と近藤がそう話しかけてきた。
「つーかお前らがノルマとか言いだしたのに、一人も女子連れてきてねぇじゃねぇか」
匠の目標は女子10人以上だったらしく、何の成果もあげられなかった二人に対して不満げに漏らした。
「仕方ねぇだろ。みんな予定が埋まってたんだよ。365日24時間」
「夏休み中どころか今後も一緒に遊ぶ気はないってことじゃねぇか」
「んなことねぇよ。なあ近藤? ちゃんと来年は遊ぶ予約しといたよな」
「ああ。言質はとれたぜ。来年はもし万が一予定が空いていたら遊んでもいいってさ」
「それは予約できたとはいえないね」
しかしここまで積極的でポジティブなら、誰かそのうち首を縦に振ることもあるだろうと零は思う。
無口より饒舌、否定的より肯定的、暗いより明るい、そういった人がモテるのは当然だ。恋愛において容姿と同じくらい重要なコミュニケーション能力。それが備わっている森下と近藤に彼女ができるのはそう遠くないかもしれない。
「それで、御幸は誰狙いなんだ?」
森下は零の肩に手を回すと、探りをいれてきた。
「別に誰狙いとかないけど」
「隠すなって」
反対側から近藤も肩を組んできた。鬱陶しいことこの上ない。
「本命はやっぱり佳奈ちゃんだろ? 学年1の美人な上にあの巨乳。高1の出していい色気じゃねえもんな」
「さぁ、どうだろう?」
「じゃあ凛ちゃんか? 顔は可愛いし性格も良い。愛嬌もバッチリ。純粋そうに見えてちょっと小悪魔的なところもポイント高い。唯一の欠点は胸が発展途上ということだな。ひいき目に見ても高校レベルに達していない。今後大きくなるかもわからない。だが逆にそれがいいというやつもいるしな。俺はやっぱりデカイほうがいいが。もし凛ちゃんを狙うならロリコン認定は避けて通れないから覚悟しろよ」
あまりにも失礼すぎる発言。女子グループに聞かれていたら今回の集まりが即解散となってもおかしくない。うちのクラスの男子はこんな奴らばっかりだなぁと零は匠のほうをチラリと見た。
「僕は帆夏ちゃんかな」
匠に聞こえるように少し大きめの声を出した。
嘘をついたのは、誰かの名前を言わないと二人が納得しそうになかったのと、匠の反応を見るためだ。残念だが匠の反応は特にない。ただ単に聞こえなかっただけかもしれないが。
「おい、御幸悪いことは言わねぇ。帆夏ちゃんはやめとけ」
「帆夏ちゃんは確かに可愛い。だけどほら……わかるだろ? 帆夏ちゃんは好きな奴いるって」
今度は匠に聞こえないように二人は小声で話し始めた。
「匠のこと?」
零も声量を落として話を続ける。
「ああ。今回のプール計画では俺たち全員が彼女を作るのが目標だって言ったよな。あれは表向きのミッションだ。お前には言ってなかったが、あの二人をくっつけるというシークレットミッション、それがこのプール計画の真の目的そして最優先事項だ」
「でも……どうして……」
「どうしてってそりゃ、あの二人って見てるとじれったいだろ?」
「両想いなのバレバレなんだからさっさと付き合っちまえばいいんだよ。わかってないの当人たちだけだぜ」
零は二人の評価を改めた。考えてみればもともとこの二人は匠の友達なのだ。
匠がただのクズやゲスな人間を友達にするはずがなかった。
「ごめん。僕、二人のこと誤解してた。てっきりエッチなことしか頭にないゲスな奴だとばかり……」
「うおおい! 随分な言い様だな。でも男子高校生なんてそんなもんだろ?」
「そうそう。むしろ御幸が健全すぎる。もっとエロい事考えてこ。御幸がアレをしてるとことかまったく想像できないし」
「御幸はなんか意外と洋モノが好きそうな感じがするな」
零は二人の評価を再び改める。この二人はクズではないが、とにかく下品なやつらなのだと。
「話が脱線したが、まあとにかくそういうわけだ。帆夏ちゃんはあきらめたほうがいい」
「あっ、ごめん。帆夏ちゃんが好きって言ったの嘘。二人がめんどくさかったからテキトーに言っただけ」
「嘘かい! じゃあ、どうする誰狙う?」
「別に誰も狙わなくていいよ」
「いや、ダメだ。味方同士で争うわけにはいかないからな。最初にはっきりさせといたほうがいいだろう。お前はやっぱり凛ちゃんと相性がいい気がするんだよ。ほら、二人とも小っちゃいし! 佳奈ちゃんとは相性が悪いな。背とかおっぱいとかでっかいし」
「相性の理由がテキトーすぎ」
とは言ったものの身長に関していえば、確かに的外れとも言えないかもしれない。
女性が背の高い男性に惹かれるのは誰もが知っている話だ。身長を気にしない、低くても構わないという女性もいるだろうが、それでも背の低い男を好む女性は少数だろう。
零の背はかなり低い。今日来ている女子と比較しても佳奈と里彩より小さく帆夏とは同程度。零より小さいのは凛だけである。
自分よりも低い身長の男は恋愛対象外という女性も多いだろう。
凛は女子メンバーと比較してもひと際小さい。極端に背が低い女子は、背の高い男と並んで歩くとバランスが悪く、自分のスタイルが悪く見えてしまうため、背の高い男を嫌う傾向がある。
その点、零なら問題ない。凜より背が高いが、高すぎない。並んで歩くとちょうどいいバランスだ。
森下はそれが言いたかった……というわけではないだろう。
「要するに森下は早瀬さんを狙ってるんでしょ?」
零に凜を薦めてきたのは、佳奈を狙って欲しくないからだ。
「ま、まあな。ちなみに近藤は里彩ちゃんな」
「てっきり二人とも早瀬さん狙いだと思ってた」
「もちろん俺も佳奈ちゃんと付き合えるのが一番だ。だが俺はロマンを追い求める森下と違って現実主義の男。森下との話し合いの結果、里彩ちゃんで妥協することにしたのさ」
(やっぱりこの二人ってただのクズなんじゃないかな)
「ともかく、これで四人ともターゲットがバラけたな」
「ああ。これなら不要な争いは起こらないだろ。俺だけ彼女ができても恨むなよ」
「森下が一番無理ゲーだろ」
「んなことねーって! 佳奈ちゃんと俺は理想のカップルだろ。御幸も可能性あると思うよな?」
「そうだね。9回ツーアウトでフリースローとハットトリックとタッチダウンを決めれば勝てるぐらいの可能性はあると思うよ」
「それ絶対不可能じゃねぇかっ!!」
そう言われても、森下が告白しても笑顔で断られるビジョンしか浮かばないのだからしょうがない。
実際のところ不可能を可能にするぐらいの奇跡を起こせないと無理だろう。
それにしても二人のやる気と積極性は凄いものがある。恋愛に重要な要素を全て踏まえて考えると、零はこの二人より圧倒的に劣っているだろう。勝っているのは容姿くらいだ。人見知りで壁を作りがちな零に恋愛は難しい。
だがそんな零でも心を開くことができる人。自分の全てをさらけ出してもきっと受け入れてくれると信じられる人。その人を零は頭に思い浮かべる。今日この場にその人はいない。
もしこの場にその人がいたら、森下たちと同じように本気で手に入れたいと躍起になっただろうか。答えはわからない。
あの人を想うこの言い様のない気持ちが、恋愛感情によるものなのかもわからないからだ。
できればそうでないことを願いたい。きっと自分は選ばれないだろうから。
あの人から拒絶されることが今は何よりも怖い。
ただあの人の力になれればいい。それで充分だ。
「ねぇ、そろそろ着替えに行かない?」
「そうだな。女子より着替えが遅いといろいろ怪しまれるからな。この作戦会議のことがバレるわけにはいかないしな」
作戦会議というほど大したものではなかった気がするが、そこには触れず零は更衣室へと向かった。