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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第二章
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21話 神秘の仮面

 孝仁に案内された部屋、そこで零が目撃したのは数百を超える仮面だった。


「ここにある仮面は僕が世界各地を回って集めたものでね」


 世界中から収集したというだけあって、形状もサイズも用途も異なるさまざまな仮面が並んでいた。

 中には顔からはみ出るほど大きなもの、顔以外につけるタイプもある。

 作られた場所も時代も異なる仮面の数々。仮面の一つ一つにそれぞれの歴史や文化が息づいている。

 もはや個人の趣味やコレクションという枠を超えているだろう。

 この部屋一つで仮面の博物館と言ってもいいのではないだろうか。

 零にはここにある仮面にどれほどの価値があるかは測れないが、眼前に広がる光景にただただ圧倒された。


「御幸君、こちらへ。君に必要な物はこっちにある」


 部屋のさらに奥へと誘われ、孝仁に着いて行った先にあったのもやはり仮面だった。

 他の仮面とは分けるように飾られた十二種類の仮面。

 ここに飾られている仮面だけ何かが違う。零は直感でそう感じとった。


「ここにある仮面だけは特別な物でね。鳴海君たちが回収してくれた物もいくつかあるんだが……」


「回収?」


「俺たちが過去に戦った仮面使役者から回収したんだよ」


 零の感覚は正しかった。

 仮面使役者から回収したということは、やはりこの十二の仮面だけは他の仮面とは違う。何か特別な力が宿っているのだろう。


「世界中に点在している仮面の数々。その中には特殊な力が宿っているものが稀にある。それを僕たちは『神秘の仮面』と呼んでいる」


「神秘の……仮面……」


「そう。その『神秘の仮面』に宿る力を引き出すことができる人間を『仮面使役者』、精神を具現化した『心魂の仮面』の力を振るう人間を『仮面能力者』という」


(あいつの狼の仮面もここにあったコレクションの一つか)


「……そして仮面使役者なら、仮面能力者や仮面凶蝕者のような超常的な存在にも対抗できる」


 孝仁の言葉が嘘でも、まして大げさでもないことは零にもわかる。

 零は身をもって知っていたからだ。仮面使役者の力、それは俊との戦いで嫌というほど理解していた。仮面能力者同様、普通の人間が勝つのはまず不可能な存在。それは間違いないだろう。


「ここにある仮面を使えば……僕も――」


 ポツリと零の口からこぼれた言葉。


「ただし仮面使役者は誰にでもなれるものじゃない。才能がなければどれだけ努力したところで仮面使役者にはなれないだろう」


 ここにある仮面を使えば自分もすぐ戦えるようになる、そんな甘い考えを見透かされたようだった。

 力を得るのは当然簡単なことではない。

 それに見合う努力、もしくは相応の代償を要求されるのが当たり前だ。

 それを必要としないのは才能のある者だけ。

 才能がなければどれだけの代償を支払っても到達できない領域がある。今回がそれだ。


 仮面使役者になれるかどうか、それは努力ではなく才能の有無で決まる。

 だがこれはチャンスでもある。逆に言えば必要とされるのは、才能だけということだからだ。

 仮面使役者になるために長くつらい修業に耐えなければならない、ということはない。寿命が減る、視力や聴力を失うといったような代償を支払うことも必要ない。

 もちろん、より高みを目指すならそういったことも必要になるかもしれないが、才能さえあればある程度のレベルまでは今すぐ強くなれるのだ。

 御幸零に仮面使役者としての才能があるかどうか、それで全てが決まる。

 

「自信はなさそうだね」


 零の曇った顔を見て孝仁はそう言った。零は「……はい」と小さく頷いた。


「僕は君が仮面使役者になれる人間だと確信しているよ。君のことを鳴海君たちに聞いた時からね。御幸君には才能があるよ」


 その言葉を聞いて喜びよりも先に驚きの感情が強く湧きあがった。


「えっ? でも、何でですか……?」


「仮面使役者に必要な才能が何かわかるかい?」


「いえ、わかりません。仮面能力者の才能とはまた別ですよね?」


「そうだね。仮面能力者だからといって、仮面使役者にもなれるとは限らない。そして逆もまた然り。僕は仮面使役者だが、心魂の仮面は発現できていないから、仮面能力者には覚醒していない」


 仮面能力者として必要な才能とはまったくの無関係。

 それならば半覚醒の零にも充分可能性はあるということ。だがそれだけでは才能があるということの説明にはならない。


「必要な才能って何なんですか?」


「仮面使役者に必要な才能、それは仮面の意思を受け入れられる器があるかどうかだ」


「仮面の意思……? 器……ですか? すいません。よくわからないです」


「信じられないかもしれないが、仮面にも僕たちと同じように心があるんだ。その心、仮面の意思を受け入れ、自分の心の中に招き入れる。そうすることで仮面に宿った力を扱えるようになる」


「仮面と一心同体になるってことですか?」


「簡単に言うとそういうことになるね。だが仮面と一心同体になるということは簡単ではない。大抵の人間は受け入れられずに仮面を拒絶してしまう。考えてみてくれ。自分の心の中に全く知らない赤の他人が入ってくる。自分は右に行きたいのにそいつは左に行こうとしたら、気持ち悪いし怖いだろう? 心の中に別の誰かがいるという感覚は、とても普通の人間が受け入れられるものじゃない」


 親しい人間と心を通わせる、同じことを同時に考えていた、そのくらいなら経験のある人も多いだろう。

 しかし自分の心の中に誰かを入れても問題ないという人間は、ほぼゼロに近いのではないか。

 もし自分と考えが合わなければ、行動に支障をきたすのは間違いない。隠し事も当然できないはず。

 仮に自分にとって最も親しい人、信頼のおける人物であっても、そんな関係になることは受け入れられない人が大半だろう。


「俺や美咲も前に挑戦したことがあるが、仮面の意思を受け入れられなかったよ。けどお前なら可能性はある。多重人格のお前ならな」


 ここでようやく零は才能があると言われた意味を理解した。

 だが鳴海や美咲にもできないことを、零はこれからやらなければならないのだ。

 そんな考え方をすると、絶対にできるという自信を持つことはやはり零には難しかった。


「多重人格、一つの体に複数の心を持つ君なら仮面の意思もきっと受け入れられるはずだ。あとは君と仮面の相性次第だ」


「相性?」


「そう。仮面にも好き嫌いがあってね。君に仮面を受け入れられる器があっても仮面のほうが君を拒絶することもある」


 仮面にも人間と同じように心があり、意思がある。ならば人間関係のように相性があっても不思議ではないのかもしれない。

 全ての人と仲良くできる人なんてどこにもいない。意気投合することもあれば、合わないこともある。片方が歩み寄ったとしても、相性が悪ければどうやっても仲良くはなれない。

 仮面もきっと同じなのだ。

 つまり才能があっても、ここに零を受け入れてくれる仮面がないとどうしようもないということだ。

 世界中を回って相性の良い仮面を探すということもできるが、現実的な案ではない。ここに零の扱える仮面があることを期待するしかない。


「僕も全ての神秘の仮面の力を引き出せるわけじゃない。所持している仮面で使えるのは三つ。そのうちの一つは息子に譲ってしまったから実質二つだけなんだ」


「三つも使えるだけでめちゃくちゃスゲーんだぞ。浅葉さんの器の大きさが為せるわざだ」


 鳴海の言うようにこれは相当すごいことだ。

 一つ受け入れるだけでも、もうすごいを通り越して異常なレベルなのだから。

 それを三つも受け入れた孝仁を見て、零はすごいと思うと同時に少し恐怖を感じた。


「たまたま相性が良かっただけだよ。さて、じゃあ御幸君そろそろ試してみるかい?」


「……はい」


 零はいるかもわからない、というより信じてすらいない神に祈った。

 実際どうしようもない時は神頼みしかできない。たとえ神を信じていなくてもだ。

 これから一週間くらい不幸な出来事に見舞われてもいいから、自分に合う仮面がありますように、と零は心の中でささやかな代償も支払った。


「じゃあどれでもいい。気になる仮面をつけてみるといい」


 零は仮面を選ぶためにまず右端にある仮面から一つずつじっくりと観察した。そこであることに気が付いた。


「あれ? この仮面……」


 十二の神秘の仮面の中に見覚えのある仮面が飾られていた。


「気づいたかい? それは生命の波動の特訓で君が使った物と同じ仮面だ」


 零は、のっぺらぼうのようなこの仮面のおかげで、生命の波動を感知できるようになった。

 この仮面には感謝しているが二度と被りたくはない。


「神秘の仮面の中には才能に関係なく、仮面をつけると同時に強制的に仮面能力が発動する仮面もある。それはまだ大人しいが、中には身につけた人間に災いをもたらすものもあるから気を付けたほうがいい」


 つけた人間の感覚を奪う仮面。だれでも使えるがこれをつけたところで、仮面使役者になったとはいえない。そもそも戦闘に使えない。


「いや、でも……」


「どうかしたかい?」


「いえ、何でもありません」


 (使い方によってはあの仮面は今後の切り札になるかもしれない。けど今は必要ないな)


 零はたった今閃いた考えを心の奥へとしまった。

 今は仮面使役者になることが最優先。零は仮面の選別を再開した。


 そこで一つの仮面に目が止まった。

 いや、止まったというよりも目が合ったという感じだった。

 仮面が動いてこっちを見たということは当然ない。だが零は目が合ったように感じた。

 自分が仮面を見たのではなく、仮面のほうが自分を見た、そんな感じだった。

 零は他の仮面には目もくれず、引き寄せられるようにその仮面の前へと進んだ。


「これにします」


「なぜだい?」


「なんだかこの仮面に呼ばれたような気がして」


「へぇ。その仮面か」


 鳴海はこの仮面について何か知っているような反応を示した。

 鳴海が回収した物もあると言っていたので、おそらく過去に戦った仮面使役者の持ち物だろうと零は結論付けた。


「そうかい。じゃあつけてみるといい」


 頷いてから零はゆっくりと手を伸ばした。仮面を手に取って正面に見据えそのまま静止する。


「つけないのかい?」


 いつまでも仮面と向き合ったままの零を見て、不審に思い孝仁が声をかけた。


「浅葉さん……」


 そう言って零は孝仁と鳴海の方へ振り返った。そして笑みを浮かべこう告げた。


「これが僕の仮面です」

 

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