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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第二章
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20話 戦う方法

 先ほどまで仮面の完全覚醒のために奮闘していた零。

 午後もやる気十分であったが、鳴海はこれ以上続けても成果を得られないと判断した。

 特訓は途中で中断され、眠りの森公園を後にすることになった。

 鳴海からの指示は『黙ってついて来い』というものだけだった。


「あの……これからどこへ?」


 行先も理由も告げずに歩き出した鳴海の後を追っていたが、我慢できずに零は尋ねた。


「すぐにわかる。うまくいけば仮面を発現できなくてもお前は戦えるようになる」


 鳴海には何か考えがあるようなので、今はそれを信じてついて行くことしかできない。

 

 零は午前中の特訓の成果で、不完全ではあるものの仮面を自分の意思で出せるようにはなった。

 不完全であるため仮面能力を使えない上に仮面発現状態の維持も難しい。

 こんな状態で戦うことは困難だ。

 目標は奇術師よりも強くなること。しかし今の零は仮面能力者として戦闘可能なレベルにすら至っていない。

 鳴海は仮面が発現できなくても戦えると言った。その言葉を疑うわけではない。

 だが常人を遥かに上回る仮面能力者の力を目の当たりにした零には、仮面なしで対抗する手段が本当にあるのか疑わずにはいられなかった。


「本当に仮面を使わないで戦えるようになる方法があるんですか?」


「仮面を使わないとは言ってないだろ?」


「え? どういう意味ですか?」


「ほら、着いたぞ。ここだ」


 目的地にあったのは金持ちが暮らしていそうな立派な屋敷だった。

 零は誰の家かと思い表札を確認する。鳴海か美咲の家かと思ったが表札には『浅葉』という文字があった。


「浅葉……ということは沙也加ちゃんに特訓を手伝ってもらうんですか? それともまさか……」


 沙也加の家ということは兄の俊の家でもある。

 先日の戦闘のことを零はいまだに根に持っている。

 下手をすれば死んでいたかもしれないので、恨むなというのが無理な話である。

 形だけの仲直りはしたものの零は心の中ではまったく許していない。

 それは相手も同じだ。俊も絶対に仲直りしたつもりはないだろう。

 未だに仮面の殺人鬼だと疑っているかもしれない。鳴海や美咲の目の届かないところで、また襲われるのではないかという懸念は今もなお消えないままだ。

 戦えるようになるためとはいえ、そんな奴の手を借りるのは気が進まなかった。


「特訓に来たわけじゃないし、俊に会いに来たわけでもないから安心しろ」


 零の胸中を察した鳴海の言葉によって、不安はすぐに取り除かれ、ほっと胸を撫で下ろした。

 鳴海がインターホンを押して応答を待つ間、不満そうな顔を隠しきれていなかったことを、零は少し反省した。

 零と鳴海は師弟関係のようなもの。教えてもらう立場の者が、嫌なことがあるからといって子供のように駄々をこねるわけにはいかない。

 すでに一度、わがままを言って特訓内容を変更してもらったばかり、これ以上は自分勝手すぎる。

 仮に俊の力を借りる必要があったとしても、心を押し殺し、プライドを捨てて教えを乞うべきなのだ。

 戦えるようになるためなら、強くなるためなら、いつかそうしなければならない時が来るかもしれない。

 そうできる自信はまったくないが。

 いつか、もしも、それしか方法がないなら、ギリギリのギリまで追い詰められたら、頭を下げることもあるかもしれない。

 その際に俊から見えないように舌を出すのは間違いないだろう。



「やぁ、鳴海君。待っていたよ」


 インターホンで応答したのは落ち着いていて穏やかな男性の声。俊の声ではない。おそらく父親であることが推察できた。


 声の主に招かれ零たちは敷地内へ。よく手入れの行き届いた緑あふれる庭を抜け玄関へ向かう。玄関ドアが開き、姿を現したのは声の想像通り穏やかで優しそうな男性だった。


「浅葉さん、急に押しかけてすいません」


「いや構わないよ。僕も彼とは早く会ってみたかったからね」


「こんにちは」


 零は小さな声で挨拶した。


「こんにちは。君が御幸零君だね。僕は浅葉孝仁(あさばたかひと)。沙也加と俊の父だ。君と会える日を楽しみにしていたよ」


 浅葉パパの人柄が良さそうで零は安心した。最悪、俊がもう一人増えることも覚悟していた。

 その瞳から、表情から、声色からも、相手を気遣って思いやる優しい心が伝わってくる。

 父親と妹はこんなに優しい人となりなのに、兄はなぜあんなにも攻撃的な人間性に育ってしまったのか、零にはまったく不思議でならない。きっと突然変異に違いないと零は結論付けた。


「立ち話もなんだ。どうぞ、汚いところで申し訳ないが」


 零たちはリビングへと案内されソファに腰かけた。


「さて、君にはいろいろと聞きたいことがあるがまずは謝罪をさせてほしい。息子がしたことは聞いている。本当に申し訳ないことをした」


 開口一番、孝仁は深々と頭を下げて零に謝罪した。


「そんな……もう気にしていませんから頭を上げてください」


 気にしていないというのは嘘になるが、年長者に頭を下げられ、恨み言をいうわけにもいかず零はそう返した。


「二度と同じことをしないよう俊にはきつく言い聞かせた。もう一度謝罪させるつもりだが今は沙也加と出掛けていてね。帰ってきたら必ず」


「本当にもう気にしないでください。もう終わったことですし疑うのも仕方のないことだったと思っています。仲直りもしましたから」


『形だけは』と零は心の中で付け加えた。


「そう言ってもらえてこちらも少し気が楽になったよ。ありがとう」


 きっと普段からバカ息子に手を焼かされているんだろうなぁ、と零は勝手な想像を膨らませる。

 いろんな人に頭を下げる浅葉パパの姿を妄想し、父親の苦労を思うと同情せずにはいられない。あくまで零の勝手な想像ではあるのだが。


「御幸君。お詫びというわけではないが、僕にできることがあれば何でも言って欲しい。悩みがあると鳴海君から聞いているよ。きっと力になれると思う」


「えっと……」


 初対面の人に悩み事を打ち明けたり、頼みごとをしたりするのに零は少し抵抗を感じた。


「せっかく浅葉さんがそう言ってくれてるんだ。遠慮しないで言えばいいんだよ」

 

 横目で鳴海の方を見たらそう言われてしまった。確かに遠慮している場合ではない。

 戦えるようになるためにここに来た。手ぶらで帰るわけには行かない。


「僕はまだ仮面をうまく出せません。ここにくれば仮面が出せなくても戦える方法がみつかるかもとチカラさんに言われてきました。どうか力を貸してください」


「任せてくれ。必ず君を戦えるようにしてみせる! と言いたいところだが戦えるようになるかどうかは君の才能次第だ」


「才能……ですか」

 

 何の才能かはわからないが、つまり努力ではどうしようもないということだ。


「御幸君は多重人格と聞いているが本当かい?」


「はい」


「それならうまくいく可能性は高いかもしれない」


 可能性は高い。その言葉を聞いて零の顔は明るくなった。


「では才能があるかどうかさっそく試してみようか。ついてきなさい」


 零たちは孝仁に案内され、家の一番奥にある部屋に入って行った。

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