19話 ポーズ
鳴海と美咲から逃走を試みた誠七だったが、すぐに二人に追いつかれ、捕獲されてしまった。
「おのれ! 逃走経路にトラップを仕掛けるとは汚いぞ!!」
「お前が勝手に転んだだけだろ」
当然、鳴海たちはトラップなど仕掛けていなかった。
誠七が逃走してすぐ鳴海たちは後を追い、百メートルもない距離で誠七に追いついてしまった。
焦った誠七は段差で躓いて転倒し、もだえ苦しむところを鳴海たちがそのまま捕らえただけなのだ。
鳴海に首根っこを掴まれた誠七は、逃れようと今も必死にもがいている。
「暴れんなよ」
ただの段差で転んだだけで大騒ぎしている誠七に、鳴海はもう完全に呆れてしまっている。
「大丈夫? ケガはない?」
美咲は心配そうに誠七のケガを確認した。
彼が今にも泣きだしそうな目をしていたので、どこか痛めたかと思ったのだが大したケガは見当たらなかった。
それもそのはず、誠七が涙目になっているのは、体の痛みではなく心の痛みのせいなのだから。
美咲が心配すればするほど、強がっている自分、狂人を演じている自分が哀れになってしまう。滑稽な自分に気づいてしまう。自身の情けない姿が露呈していくようで耐えらないのだ。
そんな誠七の胸中も美咲にはわからない。
「情けは不要だ、女よ。しかし貴様はそこの男と違い、なかなか見どころがありそうだ。我が眷属に加えてやってもよいぞ」
「眷属……? あ! もしかして友達になろうってことかな? うん、よろしくね。誠七くん」
美咲は誠七の言葉を好意的に解釈した。
「誠七ではない。我が名はジーベン。闇の力に魅入られし者」
「そうだった。えっとジーベンくん、私は美咲。えーっと氷の力に目覚めし者よ」
中二病のノリに律義に付き合い、相手の言葉をなんとか理解しようとする美咲を見て、鳴海は感心していた。
「お前ってホント器が大きいよな」
「急になに? リキさん」
「お前の優しさは世界を救う、ただそう思っただけだ」
「意味がわからないんだけど……」
「お前がいれば不良は更生するし、引きこもりも外に出てくると思う」
「何の話? あとなんでリキさんまでちょっと涙目なの?」
「気にするな。俺にもよくわからん」
鳴海がおかしくなってしまったことも中二病のこともよくわからない。わからないことだらけで美咲は困惑した。
そもそも何をしようとしていたのかも忘れそうになっていた。
「リキさん、それでこの後どうするの? さすがにもう戦闘はしないよね?」
本来の目的を忘れる前に、なんとか話を軌道修正することに美咲は成功した。
「ん? ああ、そうだな。仮面が出せないならしょうがねぇ。信五に代わってもらうしかねぇな」
さすがに誠七からは情報を得ることも戦闘訓練も困難。そう判断した鳴海は当初の目的は諦めることに。
「わかった。ジーベンくん、信五くんに代わってもらえるかな?」
「よかろう。しばし待て」
この短時間の間でもうすでに美咲の言うことを聞くようになっていた。
重度の中二病というのは厄介だが、根は素直で良いやつなのかもしれない。
少なくとも鳴海が一輝の時に感じた敵意や悪意、そういった感情は誠七からは感じとれなかった。
誠七は目を閉じた。もはやおなじみの光景。少しして目を開けると人格は信五に切り替わっていた。
「どうでしたか? 期待以上のものが見れたんじゃないッスか?」
信五はニヤニヤと笑いながら楽しそうに言った。
「おい、ふざけんな。ガチのヤバイ奴を出されても困るんだよ」
「ひどい言われようッスね。ま、でもこれでわかってくれたッスよね? 俺たちを鍛えようとか考えないほうがいいってことが」
「とりあえず、それについては保留だ」
鳴海はまだ別人格たちの協力をあきらめてはいない。
初めから全てうまくいくとは思っていない。
今回は結局、誰一人鍛えることはできなかったが収穫はあった。
零の仮面の完全覚醒に記憶の復元が必要な可能性が高いこと。
そしてもう一つ。前から思っていたことだが、鳴海は今回の対話であることを確信していた。
別人格たちの協力を得ることは可能だという確信だ。
「そッスか……。まあそんなことより昼にしましょうよ。美咲さんがお弁当作ってきてくれたんスよね?」
「うん。でもそんなに大したものじゃないよ?」
「いやいや。美咲さんの手料理を食べられるだけで充分ッスよ。そのために代わったようなもんですから」
やっぱり、と鳴海は小さく笑った。
別人格たちの協力を得られるという確信。
その根拠はどの人格も揃いも揃って美咲のことが好きだということ。
あの一輝ですら美咲と話している時は、少し声色が優しかった気がする。
おそらく奇術師との戦闘で信五と三香が力を貸したのも、零のためというより美咲のためというほうが大きいのだろう。
それなら焦る必要はない。美咲を守るためという限定的な条件なら、きっと別人格たちは力を貸してくれるはずだ。
いずれは零にも協力して欲しいところだがそれはまだずっと先の話だ。
三人はお昼を食べるために公園の休憩所に移動した。木のテーブルの上に美咲がお弁当を広げると、信五が真っ先に手を伸ばした。
「お前あとで絶対、零の恨みを買うことになるぞ」
美咲の手作り弁当を零に代わって頬張る信五に、鳴海は忠告した。
自分が意識を失っている間に、美咲の弁当がなくなったと零が知ったら、零と別人格たちとの溝はさらに深まりそうだ。
「奇術師の時に助けてやったからそれでチャラッスよ」
信五はお構いなしに弁当を口に運ぶ。
信五の顔からは幸せという感情があふれ出していた。そんな信五を見て美咲も満足そうだ。
「いっぱい作ったからリキさんも食べてよ」
弁当に手をつけていない鳴海を見て美咲はそう言った。
「ん? ああ、悪いな。作るの大変だったろ?」
鳴海はサンドイッチに目をつけると手を伸ばした。
「作るのが楽しかったから、大変とかは感じなかったかな。味は少し自信ないけど」
「いや、すげーうめーぞこれ。ありがとな」
お世辞ではなく実際、美咲の作ってきた弁当はかなり美味だった。
メニュー自体は卵焼きや唐揚げなど弁当の定番が中心だが、普通の物と比べて数段美味に感じた。時間と手間暇をかけ、一つ一つの仕事を丁寧にしないとここまでの味はだせないだろう。
多めに作った弁当も食欲旺盛な男二人によりあっという間になくなってしまった。
美咲は少ししか食べられなかったが、自分の作ったものを美味しそうに食べてくれる二人を見て充分満足していた。
「ごちそうさまでした。マジすげーウマかったッス。じゃあ弁当も食べ終わったんで自分はこれで……」
「お前マジで弁当食うためだけに出てきたんだな」
目的を達成した信五は満足して零と代わった。
なぜか満腹になっている腹に違和感を覚え、美咲の弁当を食べ損ねたと知った零はしばらく意気消沈した。
昼食後、少し休憩してから特訓再開。
「零、信五たちと話をしてお前に足りないものがわかった。それは気合いだ」
鳴海は思いっきり嘘をついた。
仮面の完全覚醒には記憶の復元がおそらく必要になってくる。
なのでこのまま特訓を続けてもおそらく満足のいく成果は得られないだろう。
本当は別の特訓をするべきなのだが、鳴海はどうしても零にやらせたいことがあったので嘘をついた。
「え? 気合いですか?」
「そうだ。まず俺が手本を見せるから真似してみろ」
「はあ、わかりました」
腑に落ちない様子の零をよそに鳴海は気合い充分と言った感じだ。
まず目を閉じてからゆっくりと深呼吸。そして――
「出でよ! 仮面!!」
天に腕をかざし、変身ヒーローのように大げさなポーズをしながら鳴海は高らかに叫んだ。零は知る由もないがそれは誠七の真似だった。
「よし。じゃあやってみろ」
「絶対いやです」
即答だった。ただでさえ恥ずかしいポーズに掛け声。その上、美咲のいる前でやるなど絶対に無理だった。
「おいおい、仮面を出す時は必ずみんなこうしてるんだぞ。恥ずかしがってる場合じゃねえぞ」
「絶対嘘ですよね」
「嘘じゃねーって。なあ美咲?」
「出でよ! 仮面!!」
「美咲さんまで!?」
まさかの事態に零は度肝を抜かれた。
美咲がやるとなるとふざけているわけではなく、本当なのかもしれないと思えてくる。
あと美咲のポーズは美咲なりにアレンジされていて普通に可愛かった。
「おい美咲。ちょっとポーズ違くねぇか?」
まさかの鳴海のダメ出し。
「このほうがかわいいかと思って」
「ま、いっか。じゃあ次は零だな」
美咲もやったことで、やらないほうがおかしいみたいな空気になってしまった。
零も覚悟を決めることに。
仮面発現に必要な覚悟ってこんな覚悟だったっけ?と一瞬頭をよぎったが今は考えないようにした。
目を閉じ、大きく深呼吸。
「い、出でよ。仮面!!」
全力でやったが照れを完全に消し去ることはできなかった。
そんな零の様子を鳴海と美咲はスマホのカメラでバッチリ録画していた。
「よし。面白いものも見れたし、そろそろ真面目に特訓するか」
「そうね」
「やっぱり、ふざけてたんじゃないですか!!」




