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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第一章
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4話 丸太坂

 県立虹陽高等学校――これといった特徴もない、ごく普通の公立高校である。

 一応、十数年前までは県内有数の進学校として世間に認知されていた。

 だがここ数年の進学実績は芳しくない。家が近いからだとか、今の自分のレベルで入れるからだとか、そんな理由で入学した者が大半を占めている。

 当然、そんな生徒たちは夢を持っているわけでもなく将来やりたいことがあるわけでもない。

 そのせいだろうか。向上心はなくどこか覇気がない生徒が多く見受けられる。


 中学ではあまり勉強をしないまま、持って生まれた頭の良さだけで点を取ってきたような生徒が非常に多い。そのためか、基本的に勉強をする習慣が身についていない。

 はじめこそ難関大学を志望するものの当然、成績は伸び悩む。そして最終的に地方の中堅大学、専門学校などに落ち着くケースがほとんどである。


 そんな現在進行形で怠惰な人間を量産し続けている虹陽高校。少年、御幸零(みゆきれい)もその高校に通う一人だった。


 虹陽高校に入学してから三か月余り。

 御幸零は虹陽を選んだことを、早くも後悔していた。

 虹陽に入学を決めたのは、零が最も信頼している伯父と伯母の二人に勧められたからというのが一番の理由だ。

 あとは特に行きたい高校もなかったのと、自身の成績から少し勉強すれば受かるレベルだったという理由でしかない。みんな高校に進学するから、自分も受かりそうなところを適当に選んで受験しただけである。

 だから『もっと努力して良い高校を受験するべきだった』というような高い志からくる後悔では決してない。

 後悔の原因は通学にある。通学に片道二時間以上かかるとか、満員電車が嫌だとかいうような理由でもない。

 

 虹陽生徒が登校する上で避けては通れないものがある。

 それは一本の坂だ。ただし『三年間通えば足が丸太のように太くなる』そう語り継がれるほど長く急な坂道である。

 そのため地元民には、『丸太坂』という愛称で親しまれている。

 ちなみに夏は坂を上るだけで全身汗だくになり、一日のやる気と活力をごっそりと奪われる灼熱坂。

 冬は地面が凍結するため大変危険であり、下手をすれば坂を下るだけで命を奪われかねない死神坂。

 というように、二つの呼称で現役学生からは恐れられている。


「暑い……しんどい」


 愚痴をこぼしながら零は丸太坂を重い足取りで歩いていた。

 本日は月曜日。休み明けでただでさえ憂鬱な日だ。それなのにまた一週間、この悪魔のような坂を上らないといけないという事実。

 そのことに嫌気が差し、零はおもわずため息をついた。

 おまけに今は七月上旬。気温も朝から30℃近くあり、丸太坂は灼熱坂へとランクアップしていた。

 入学当初に経験したものとはまた別次元の辛さである。

 周りの生徒も皆、死んだような目で「あー」とか「うー」とか言いながらゾンビのように歩を進めていた。


「おっす!! 相変わらず、朝は辛そうだな。零!」


 聞き慣れた明るい声。振り返ると、ニッと白い歯を見せながら笑う少年が立っていた。

 小柄な零とは対照的に、すらりとして背が高く並んで立つと同級生とは思えないほど身長差がある。

 この人物の名は白石匠(しらいしたくみ)。零のクラスメイトである。


 零は力のない表情で匠を見上げた。


「匠は相変わらず、朝から元気そうだね……」


「おいおい。ホントに元気ねーな。せっかくのかわいい顔が台無しだぞ。スマイル、スマイル!」

 

 匠は零の両頬を指でつまみながら、無理やり笑顔を作ろうとする。


「しかし見れば見るほど、男にしておくにはもったいなさすぎるかわいさだな。さすが虹陽100ランキングその24。守られるより守ってあげたい男子生徒部門。栄えある1位の栄冠を手にした男!」


「全然、うれしくないんだけど……」


 零は整った中性的な顔立ちをしている上に、小柄で白く細い手足もあいまって、女の子と間違えられることがしばしばある。

 そのため、容姿に対するかわいいという評価は、幼い頃から聞き飽きているのである。


 そもそもかわいいという評価は、男として微妙であり素直に喜んでいいものではない。

 周囲からはかわいいしぐさや言動を求められたり、しつこく女装を勧められたりするのも面倒だ。

 女子生徒から人気はあるものの、それはマスコット的なかわいさからくる人気で、恋愛対象として見られることは少ない。


 それに男ならやはりかわいいよりもかっこよく、そして何より男らしくありたいものである。

 かわいいとは言われ慣れている零だが、カッコイイとは一度も言われたことがない。いつの日かカッコイイと言われる男になってみせる。

 というのが他人からすれば小さな、しかし零からすれば大きな目標でもある。


「いいか零。よく聞け」


 零の両肩をつかみながら、真剣な眼差しで匠は訴えかけた。零は知っていた。匠が真面目な顔で話すときは100パーセント、くだらない話であるということを。


「お前のかわいさはな、世の男たちの性癖を歪ませかねないほどの破壊力を秘めている。非常に危険なものだ。使い方を誤れば少子化は加速するだろう」


 やはりたわ言だった。


「……だがな。どんな力も使い方次第だ。不幸になるか、幸福になるかはお前自身の手にかかっている……! というわけでお前はそのかわいさという武器を最大限利用しろ。いいか? 今週末の夏祭りにかわいい女子をいっぱい連れてくるんだ!! 」


「いや、僕は夏祭りに行くつもりないよ。人ごみ苦手だし」


「なん……だと……?」


 匠は驚愕な表情を浮かべた。


「バカな!? 年に一度の夏祭りに行かない……だと。なら俺は今年もかわいい女子と夏祭りに行けないというのか!」


「……普通に女の子、誘えばいいんじゃない?」


「…………」


「さっき僕に力の使い方がどうとか言ってたけど、匠もそのバカみたいな明るさと長身っていう武器を活かしてみたらどう? アホなこと言わなければ、匠はそこそこかっこいいとおもうし」


「……もう誘った。っていうか告った」


「え、誰を?」


「一組の茜ちゃんと四組の幸代ちゃん。それから二年の綾先輩」


(結果は……まぁ聞くまでもないか)


「ちなみにフラれた理由は?」


「下心が全身からあふれ出してる。告白するとき胸ばっかり見てる人は嫌。そもそもあんた誰?」


「藤原さんでも誘ってみたら? 喜ぶと思うよ」


「あのなぁ零。前から言ってるけどな。俺とあいつはそういうんじゃないんだよ」


「そう? 二人はすごくお似合いだと思うけど……」


「あいつとの関係なんてただの腐れ縁だ。あんなの……。それにあいつは女子高生の皮を被った怪物だぞ。すぐに手が出るし、普通の善良な一般市民である俺には手に余る存在だよ」


 匠は首を振りながら否定した。


「それ、本人の前で絶対に言わないでね。あと暴力の原因はだいたい匠のせいだと思うよ」


「そうかぁ? 半々くらいだろ。あいつと将来、結婚するやつは間違いなくDVで苦しむね」


「そういうこと言うからだよ……。っていうか半分は自分が悪いっていう自覚はあったんだね」


「なぁ。そんなことより考え直せよ。祭り行こうぜ零くん! お願い、お願い!」


 匠は零の肩に手を回すと必死に懇願してきた。


「しつこい。うっとうしい。っていうか暑いから離れて!」


 匠の手を振り払い、零はふぅーと大きく息を吐いた。

 たいていの人はこの猛暑の中、丸太坂を上っているだけでどんどん気力と体力が奪われる。

 なのに匠は涼しい顔をしている。なぜこんなに匠が元気でいられるのか。零には不思議でたまらなかった。


「ねぇ、丸太坂を上ってるのに、なんで匠はそんなに元気でいられるの?」


 匠は一瞬ハッとしたような顔をした後、すぐにまたあの真剣な表情になった。


(しまった。またくだらない話が始まるなこれは)


「そうか……。お前はまだ気付いてなかったのか。この丸太坂の魅力に」


 やはり始まってしまったか、と言わんばかりに零は右手で顔を覆った。


「確かに丸太坂を上るのは辛く険しいものだ。だが悪いことばかりじゃないぞ。お前がこの坂の魅力に気づけないのは、お前が下ばかり見て歩いているからだ。幸運は自分の足下には転がっていない。だから辛い時こそ前を向いて歩くんだ。前を向けば気付けるはずだ」


 とりあえず言われたとおり、零は前を向いて歩きだした。確かに普段あまりにきつい急坂なため、無意識に前ではなく下を見ながら歩いていた気がする。しかし、前を向いたところでこの辛さが緩和されるとは、零には到底思えなかった。


(そもそも丸太坂に魅力なんて本当にあるのか……? 悪いところならいくらでもあるけど)


「零、見えたか? 幸運が! 希望という名のオアシスが!」


「……?」


 零には幸運は見つけられず、お手上げとばかりに匠のほうを向いた。

 匠は「あそこだ」と、視線と小声で零に伝えた。匠の視線の先に目をやると、女子生徒が辛そうに丸太坂を上っていた。


「これでわかっただろ? この丸太坂の素晴らしさが!」


「全然、わかんないだけど」


「視線をもう少し下にしてみろ。そうすればわかるはずだ。むしろ身長の高い俺よりも、お前のほうが見えやすいはずだ」


「視線を下に……あっ!!」


 零は思わず声を上げた。

 ついに零も気付いたのだ。前を向くことで見つけた幸運。

 前方を歩く女子生徒。そのスカートの下から見え隠れするパンツに。


「黒か……エロいな。どうだ? こんなものを見せつけられたら、丸太坂を上る辛さなんて忘れちまうし、疲れなんてどこかに吹き飛んじまっただろ?」


「匠は人生楽しそうだね……」


「れ、零君!? ごめん。軽蔑しないで! 謝るから! だからそんなゴミを見るような目で、俺を見ないでぇー!!」


 いつもの日常。そして他愛のないやりとりを繰り返しているうちに、気付けば二人は坂を上りきっていた。

 実は匠のおかげで疲れを忘れて坂を上れていたのだが、それは絶対に認めたくない零であった。

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