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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第二章
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16話 イメージ

 仮面現出のための特訓が始まり、早数時間。

 午前中から始めた特訓だったが、気づけば時刻は正午を回っていた。

 零は仮面能力者に必要な覚悟を胸に休むことなく特訓を続けていた。

 鳴海は近くのベンチに腰掛けてその様子を眺めている。

 そこから零をじっくりと観察して、自分の経験や感覚を基に時折アドバイスを送るが、それももう限界に近かった。

 始めこそ前のめりになって熱血指導をしていたが、今ではベンチの背もたれに全体重を預けてしまっている。

 進歩のないまま二時間以上、アドバイスも尽きたとなれば仕方のないことだった。


「お疲れ。どう? 零くんの調子は?」


 停滞していた空気の中、やってきたのは美咲だった。

 白のゆったりとしたTシャツにデニムのショートパンツというシンプルな服装だが、モデル級のスタイルと女優やアイドルと並んでも見劣りしない美しい顔を授かった彼女が着れば誰もが振り返るほどに目立ってしまう。


「ん? ああ……まぁ進展はあったな」


 頬杖をつきながら美咲のほうを横目でチラッと見た後、鳴海はそう答えた。

 鳴海の歯切れの悪い返答に「何かあったの?」と美咲は尋ねた。


「あっ! 美咲さん!!」


 鳴海が答える前に、零が美咲に気づいてうれしそうに声を上げた。美咲は微笑んで、軽く零に手を振った。


「美咲さん! 見ててくださいね」


「うん? ちゃんと見てるよ」


 零は瞑目し深呼吸した。次に足を開いて踏ん張り、歯を食いしばって顔を真っ赤にして力む。すると、零の鼻の頭に白い光の玉がどこからか集まり、わずかに仮面が形成された。


 美咲は声を上げようとするが、零の集中が乱れると気づき、口に手を当てて声を喉の奥に閉じ込めた。

 零はまだ力んでいるが、仮面が鼻先を覆い隠したところで光の玉は全てなくなり、仮面の形成はそこでストップ。零があきらめ力を抜くと鼻先で形成された仮面はパンッと弾けて消失した。


「今の! わかりましたか!?」


「うん、すごいね。仮面少しだけど出せるようになったんだね」


 美咲に褒められたことで、子供のようにはしゃぐ零を見て鳴海はため息を吐いた。


「おーい。喜んでる場合じゃねぇぞ。まだ仮面の完全覚醒には程遠いんだからな」


「まぁまぁ。ちゃんと進歩してるし、焦らなくてもきっとすぐ出せるようになるよ」


「今日の一発目でいきなり仮面を出せた時は俺もそう思ったんだがな。そっからはずっと代わり映えなしだ」


 仮面が不完全の原因に鳴海は心当たりがないわけではない。

 もし鳴海の予想通りならこのまま続けていても意味がないかもしれない。

 とはいえ、まだ確信に至っているわけではない。

 試せることを全部試して、もしダメならその時にやり方を変えればいい。


「美咲、お前からもなんかアドバイスしてやれ。俺はもう言えること全部言った」


 鳴海は熟練の指導者というわけではない。自分の教え方に自信を持っているわけではないし、自分が教えても無理なら他の誰が教えても無駄、というような傲慢な考えも持ち合わせてはいない。

 案外、指導者が変わればあっさりうまくいくかもしれない。

 当人も美咲が来たことでモチベーションが上がっている。

 仮面の発現に精神状態は大きく影響するため、美咲が教えれば何か変わるかもしれない。


「うーん。そうね……」


 零は美咲からどんな助言をもらえるか期待して、大きな瞳をキラキラと輝かせている。


「零くんは仮面を出す時、どんなイメージをしているのかな?」


 わずかな沈黙のあとに美咲の口から出た言葉は、助言ではなく質問だった。


「えっ? イメージですか……。 チカラさんに言われて覚悟を形にするって感覚でやってました」


「覚悟を形に……か」


 美咲は鳴海のほうを見て小さく笑った。


「なんかおかしいか?」


「ううん。ただリキさんらしいなって思って」


 その時の美咲の横顔をみて零の胸をチクリと何かが刺した。

 美咲は零に視線を戻す。

 鳴海に向けられた眼差しと自分に向けられる眼差し、それが決定的に違うものだと零は知った。

 零は自分の体温が急激に下がっていくのを感じ動揺した。

 でもそれはすぐに間違いだと零は気づく。下がったのは体温ではなく心の温度。さっきまで上がり続けていたモチベーションは、下がるどころかどこかに遠くに行ってしまった。


「あのね、私の場合は実際に手の中に仮面があって、それをつけるイメージしてるの。こんな感じで」


 美咲は自分の顔を手で覆って、実際に仮面を出してみせた。

 美咲の説明を聞いても、手品のように現れた仮面を見ても、零はうまく反応を返すことができない。


「零くん?」


「あ、いや、何でもないです。手の中に仮面があって、それをつけるイメージ……」


(いまは特訓に集中しろ。そんなつもりで戦い始めたわけじゃないだろ)


 自分の奥にあった気持ちを否定し、たったいま芽生えた醜い感情も気づかなかったフリをして遠ざける。


「へぇ。お前そんなイメージで仮面を出してたんだな」


 鳴海は興味深そうな目で美咲に話しかける。


「あえて言うならだけどね。でも実際はそんなにちゃんとイメージしてるってわけじゃないかも。もう仮面があるのが当たり前の感覚だから」


「だよな。俺も仮面を出そうと思ったら、もうそこにあるって感覚だ」


「リキさんは仮面を出すときに、何か具体的なイメージはないの?」


「まぁ強いていうなら、俺は仮面をつけるってよりも、目の前で仮面が作られるってイメージだな」


 ただ二人が話しているだけで零の心は刺激される。

 仮面能力者同士にしか入って行けない話に、零は今までは感じることのなかった疎外感を感じてしまう。

 鳴海と美咲は会話に夢中で零の心の曇りには気づかない。

 零にとってはそれが幸いだった。もしも気づかれ、他人に指摘されればもう自分でも否定できなくなる。認めなければならなくなる。

 今ならまだただの勘違いですむ。それでいい。それが一番いいはずだ。


「目の前で仮面が作られるイメージ……」


 余計な感情がこれ以上生まれる前に、鳴海が言ったイメージを言葉に出して、もう一度気持ちを引き戻す。

 

「私とリキさんでイメージは違うけど、共通しているのはそこにあるって感覚かな。見えなくても確かにそこにある。そう強く信じることが大切だと思うよ」


 覚悟とイメージ。

 鳴海と美咲の二人からもらったアドバイスを意識して、零はもう一度、仮面の発現に挑む。死なない覚悟、死なせない覚悟、二つの覚悟を胸に強くイメージする。

 仮面はすでに自分の手の中にある。そしてそれを自分の顔に運ぶ。


(あれ、この感覚……それに……)


 自分の顔に向かう手を零は途中で止めた。


「どうしたの?」


「あ、えーとすいません。まだあまりうまくイメージができなくて」


「そっか。いきなりはなかなか難しいよね」


 零は嘘をついていた。

 むしろ今までで一番いい感覚だった。

 あのまま手を止めなければ、仮面を発現できたと思えるほどに。

 止めたのは懐かしい感覚に戸惑ったからだ。

 自分は以前にも仮面を出したことがある気がする。

 そしてなぜかいま仮面を出してはいけない、そう感じたのだ。


「……少し休憩するか。もう数時間はぶっ続けだ」


 鳴海は難しい顔をしている。

 鳴海には自分のごまかしが見透かされている、零はそんな気がして目をそらし、力なく返事をした。


「そうだ。お弁当を作ってきたの。二人ともお腹すいたでしょ?」


 美咲は丸いデザインの可愛らしいピクニックバスケットを二人に見せた。


「美咲、悪いが昼は少し待ってくれ」


「でもいま休憩するって……」


「ああ。休憩する。零、お前は、な……」


 鳴海はそう言うと、零の首の後ろを手刀でトンッと突いた。


「リキさん!?」


 気絶して倒れる零を鳴海は支えた。


「やっぱり根本的な原因がある気がしてな。中のやつらに聞くことにした」


「根本的な原因って……? 記憶のこと?」


「だからそれをこれから確かめるんだよ」


 鳴海は悪そうな顔でそう言った。

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