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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第二章
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15話 覚悟

 夏休みになった。青春真っ只中の高校生活、その中でも特に貴重な時間。始めにやりたいことを頭に思い描いて計画を立てたとしても、終わる時には必ずやり残したことが頭をよぎってしまう。

 人生でたった三回しか味わえない高校の夏休み。受験のことを思えば存分に満喫できるのは実質二回。最高の時間になることを約束された一回目の夏がついにやってきたのだ。

 高校生の夏休みは、人生において最も青春を謳歌できる時と言っていいだろう。

 将来を見据えて勉強に励み孤独の戦いへ身を投じるもよし、部活に打ち込んで仲間たちと汗を流しこの時間でしか味わえない感動を得るのもよし、アルバイトに精を出し高校生活で不足しがちな資金を稼ぐのもよし、誰にも邪魔されない時間を普段できないことや趣味に充てるのもよし、友人や恋人とかけがえのない時間を過ごすのも良いだろう。

 この時間で得るものは、何ものにも代えがたく人を大きく成長させてくれる。

 それが夏休みだ。


 少し前まで普通の高校生だった御幸零にとっても夏休みは特別な時間だ。

 だが他の学生の特別とは少し違う。何せこの夏休みの過ごし方が、自分の生死に大きく影響を与えるからだ。

 すでに今月に入って零は何度か死にかけている。

 これが最後の夏休みにならないよう、死ぬ気で自分を鍛えなければならない。でなければ死あるのみだ。


 夏休み初日、零は眠りの森公園にやってきた。

 初めて来た時とずいぶん違った光景に感じるが公園自体は何も変わっていない。

 変わったのは公園ではなく零だった。

 生命の波動の感知の練度が上がったことで、世界の見え方が以前と変わったのだ。

 あちこちから命の輝きを感じる。

 目を閉じていても、周囲に誰がいるか感じ取れる。公園全体にいる人の数や場所も大まかではあるが把握できた。

 だからすぐに見つけられた。公園の中でもひと際目立つ、まぶしいほどの強い命の輝きを。それは鳴海力の波動だ。

 鳴海は大学生のため高校生の零と同様に今は夏休みだ。

 鳴海には前々から零の高校が夏休みになったら、本格的に鍛えると言われていた。

 零としてもそろそろ次のステップに進みたいところだった。


「零、今日やることは生命の――」


「チカラさん、仮面が出せるようになりたいです!」


 鳴海の言葉を遮り、零は続けた。


「生命の波動の感知が重要なのはわかります。でも僕は早く戦えるようになりたいです」


 鳴海が夏休みに向け、自分のために特訓メニューを考えてくれたことはわかっている。

 鳴海の特訓を信じていないわけではない。彼に従っていれば着実に強くなることができるだろう。

 鳴海が正しくて自分が間違っているということは、零もよくわかっている。わかっているがそれでも今すぐに戦える力が欲しいのだ。

 喉から手が出るほどなんて生易しいレベルではない、全身の至るところから体を裂いて出てくる無数の手が力を掴もうと手を伸ばすのだ。それほどに強く零は欲していた。


 俊との戦いで零は何もできなかった。

 知らないうちに自分の別人格がなんとかしてしまったのだ。奇術師の時もそうだった。

 美咲と肩を並べて戦ったのは別人格で零は何の役にも立たなかった。

 悔しかった。負けることも、美咲の力になれないことも。

 別人格も零の一部。零の力と言えなくもない。

 他の人格が戦ったほうが奇術師に勝つ可能性も高いだろう。

 でもそれではだめなのだ。それでは零は納得できない。


(奇術師を倒すのも美咲さんを守るのも自分でありたい。自分の力でやらなければ意味がないんだ。誓いを立てたのも覚悟を決めたのも別人格なんかじゃない。僕だ!!)


 奇術師と戦うまで零は、理屈ではなく感情で動く人間を馬鹿だと思っていた。

 けれどあの時、道を切り開いたのは理屈ではなく感情によるものだった。

 だから零はこの感情を大事にしたい。

 絶望を照らす希望の光、それは理屈ではなく感情から生み出されるものと信じたい。


「……今日は生命エネルギーのコントールを教えるつもりだったんだがな。それができれば仮面が出せなくても、三級の仮面凶蝕者くらいならなんとかなるからな。しょうがねぇ。予定変更だ」


「ありがとうございます! それでどうやったら出せるようになりますか?」


「正直、説明するのは難しい。一つ言えるのは心魂の仮面の発現、それに必要なのは強い感情だ」


「強い感情?」


「そうだ。強い感情が引き金になり心魂の仮面が現出する。それを制御できれば仮面能力者として覚醒する。できなければ仮面凶蝕者に堕ちる。一度覚醒しちまえば、自然に仮面が出せるようになるのが普通……歩くのと一緒だ。一度歩き方を覚えたら忘れることなんてねぇだろ? 仮面能力者にとって仮面を出すことも歩くことも変わらねえ。頭で考えなくても自然とできるものなんだよ。だからどうやって出しているかと聞かれてもうまく答えられない。説明が難しいってのはそういう意味だ」


「強い感情って具体的にどんな感情ですか?」


「どんな感情でもいい。だがたいていの場合、怒り、憎しみ、悲しみ……引き金になるのはそういった負の感情だ。正の感情で仮面を発現させる人間は少ない。けどお前は美咲を助けたいって気持ち一つで、半覚醒とはいえ仮面を現出させた。それは誇っていい」


「チカラさんが、初めて仮面を発現させたときはどうでしたか?」


「俺か? 俺は……もう忘れちまったな」


 鳴海の顔に暗い影が差したように見えた。


「……そうですか」


(聞いたらまずいことだったか?)


「まぁ考えていても(らち)が明かねぇ。奇術師の時の感情を思いだして仮面を出してみろ」


(奇術師の時は美咲さんを救いたかった、自分の命を捨ててでも。犬の時に仮面が出せなかったのはたぶん美咲さんがいなかったからだ。美咲さんを守りたい……。そう強く想えば、きっと――)


 それから少しの間、自分の中にある感情を何度奮い起こしても零が仮面を現出させることはできなかった。


「覚悟が足りねぇのかもしれねぇな」


 それまで黙って見守っていた鳴海がポツリと呟いた。


「そんな……! 覚悟なら出来てます!」


 ムッとして思わず言い返してしまった。

 仮面を出せないのだから、零に何かが足りていないのは事実。

 しかしそれでも、足りないモノが覚悟だとは言われたくはなかった。

 奇術師と戦った時に零は死ぬ覚悟をした。

 美咲のために本当に命を捨てるつもりだった。

 だから覚悟が足りないなんてことは絶対にないはずなのだ。

 それだけは誰にも否定されたくはなかった。


「僕は美咲さんのために命を捨てる覚悟で戦いました。今でもそれは変わっていません」


「だからダメだって言ってんだよ」

 

 ため息交じりに鳴海はそう言った。


「えっ?」


「一つ聞くが、美咲がお前をかばって奇術師と戦っている時、あいつはどんな覚悟をしていたと思う?」


 鳴海の問いかけの意図が零には分からなかった。だってそんなことは言うまでもなく決まっている。


「美咲さんは死ぬ覚悟を決めて、僕を逃がすための時間を稼いでくれました。出会ったばかりの僕のために自分の命を捨ててくれたんです」


「美咲はその時、本当に死ぬ覚悟をしていたと思うか?」


「えっ? それはだって……」


( 違うというのだろうか? なら美咲さんはあの時どんな覚悟で……?)


「死ぬ覚悟、そんな覚悟で戦うほどあいつは弱い女じゃねえよ」


「どういう――」


「あいつがした覚悟は死ぬ覚悟なんかじゃねぇ。死なない覚悟だ」


「死なない覚悟……」


「そうだ。誰かのために命を捨てられる、そいつは確かに凄いことだ。誰にでもできることじゃねぇ。でもな、それじゃあダメなんだ。そんな覚悟じゃあ、お前はすぐに死んじまう。いいか? 死ぬ覚悟なんてのは諦めなんだ。自分の命を最初から諦めちまってる。諦めるのなんて簡単なんだ。人はどうしようもない状況に陥った時、簡単に諦める。自分の命さえもな。だから俺たちに必要なのは死ぬ覚悟じゃねぇ。絶対に死なないっていう覚悟だ。思い出せ、零。美咲はどんな絶望的な状況でもあきらめなかったはずだ。何度だって立ち上がったはずだ!」


 奇術師との戦いの時、美咲はどれだけ傷つけられても、どれだけ追い込まれようとも、その瞳から光が消えることはなかった。


(チカラさんの言う通りだ。僕は美咲さんのこと何もわかってなかった)


「零、お前が死んだら誰が美咲を守るんだ? お前が本当に美咲を守りたいっていうなら覚悟を決めろ」


「はい! 僕はもうあきらめません。自分の命も」


「死なない覚悟を決めるっていうのは、時に死ぬ覚悟を決めることよりもつらく困難だってことをよく覚えとけ。どんな状況でもあきらめないってのは、それほど難しいんだ。そしてその覚悟ができてようやく半人前だ」


「半人前? じゃあ一人前になるには?」


「美咲があの時した覚悟は死なない覚悟だけじゃねぇってことだ。まぁお前はもう出来てるから心配ねぇよ」


「……?」


「わからねぇか? あいつはな、お前を絶対に死なせないっていう覚悟で戦ってたんだよ。それはお前も同じだろ? 死なない覚悟と死なせない覚悟。そいつを忘れなければ、お前は強い仮面能力者になれるよ。よし、じゃあもう一度、試してみろ」


「はい!」


「いいか? 仮面の力は心の力。心の力に限界なんてねぇ。強い想い、強い覚悟を形にしろ」

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