13話 変わらないモノ
「会いたかったわぁ、美咲ちゃん」
美咲が知っている波動、それからゆるくて気だるげな話し方をすることからこの人格が誰かはすぐにわかった。
「もしかして……三香さん?」
「当たりよぉ、覚えていてくれてお姉さんとっても嬉しいわぁ」
一輝が代わりに寄越した人格は三香――奇術師との戦いで起死回生の策を講じ、見事成功させてみせた女性の人格だ。
三香の力がなければ、鳴海力の到着前に美咲と零の命は奇術師に奪われていただろう。
「また美咲ちゃんに会えて嬉しいわぁ。嬉しすぎて泣けちゃう……っていうかホントに涙出てきた、なにこれ、痛ったぁ!!」
「動かないで三香さん! 奇術師の時よりひどいケガだから」
全身の痛みで涙が止まらない三香に美咲は安静を促した。
真面目な話、これ以上暴れ回って血を流せば出血多量で死にかねない。
生命力が常人より強い仮面能力者でなければとっくに死んでいただろう。
「動きたくても動けないわよぉ。この傷で自由に動けるのなんて一輝しかいないわぁ」
全ての人格で最も痛みに強く、さらにその気になれば仮面能力で、痛みすら抹消できる一輝と違い三香にこの苦痛は耐えられない。
「ゼッタイ嫌がらせよぉ! 奇術師の時に零を助けたからだわぁ……どうせなら信五のほうにしなさいよぉ!!」
実際のところは助けたことよりも、戦闘後に美咲たちに秘密をしゃべりすぎたことによる罰だった。
信五ではなく三香に代わったのはそれが理由だが、一輝の真意を推し量ることは三香と美咲にはできなかった。
「悪いけど美咲ちゃん、手を貸してもらえないかしらぁ。一輝は平気で動いていたけどぉ、あたしは無理そうだわぁ」
三香は両手を前に開いて、抱っこしてほしいと美咲にアピールする。
沙也加が来るまでその場から動かさないほうがいいのだが、三香は男共に一刻も早く文句を言ってやりたいと言ってきかない。
それなら二人をこっちに呼ぶと美咲は提案したが、とにかくお姫様抱っこをしてもらいたいという理由で却下された。
「一度されてみたかったのよねぇ。お姫様抱っこ」
「それなら男の人に頼んだほうが……」
「美咲ちゃんだからいいのよぉ」
王子がするように三香を抱きかかえると、美咲は鳴海たちの方へ向かった。
ちょうどその頃に沙也加も鳴海たちのところに着いたところだった。
温厚な沙也加も鳴海に事情を説明されると、ふつふつと怒りがこみ上げてきて顔を強張らせた。
鳴海が話し終えると、元凶である俊に対して溜めた感情を一気に解放する。
「お兄ちゃんのバカ!! どうしてこんなことしたの!!」
「……いいから早く治せ、沙也加」
零を襲撃した男の正体は浅葉俊――天月高校一年、五つ歳の離れた沙也加の兄であり、当然、敵ではなく味方である。
沙也加は文句を言いながら、治癒の仮面の能力で俊の腕の治療を始めた。
傷口に向けた沙也加の手が光りを放ち、優しく温かな光が俊の腕を包み込むんでいく。
腕から絶えず流れ出ていた血は止まり、なくなったはずの腕が徐々に元の形を取り戻していく。まるで時間が巻き戻るように。
順調に治療が進んでいく中、突如、沙也加は手を下げると治療を中断した。
「おいなにしてる?」
俊の脳裏にわずかに不安がよぎる。
ただのケガなら沙也加は問題なく治すことができるだろう。
だが今回は仮面能力で腕を消されたのだ。普段のようにはいかないかもしれない。
一輝の仮面能力【抹消】。その詳細は依然、不明なままだ。
能力の性質によっては治すことができないということも充分あり得るだろう。
そんな俊の不安、それも杞憂に終わることとなる。
「ここまで治せばもう死なないよ。続きは後で。零さんを治すのが先。お兄ちゃんは反省してて!」
それを聞くと、俊は顔をしかめて舌打ちした。まったく反省する気のなさそうな兄の態度に、沙也加の怒りは一気に膨らんだ。
「お兄――」
「あなたたち、兄妹だったのねぇ」
美咲に抱えられた三香の声を聞いて、今にも爆発しそうだった沙也加の怒りはなんとか鎮まった。
「あの……本当にごめんなさい。お兄ちゃんが――」
急いで駆け寄って謝りつつ、沙也加は三香のケガの治療に取り掛かった。
「あなたが謝る必要はないわぁ。そっちの二人には謝って欲しいけどねぇ」
三香は目を細めて、鳴海と俊を順に見た。
「あン? 俺もか?」
三香に視線を送られた鳴海は、心当たりがまったくないという感じだ。
「あなた、約束を破ったでしょう? あたしたちのこと零には話さないでって、そう言ったのにぃ」
「ああ、そのことか。悪いが謝る気はねぇな」
「でしょうねぇ。結果的にだけどうまくいっているわけだしぃ、零も前を向いて歩けるようになったわぁ」
「結果オーライだろ? 怒んなって」
「実はそんなに怒ってはいないわぁ。ただあたしたちにできなかったことを簡単にやられちゃったわけだしねぇ。悔しくて、ちょっと文句を言いたくなっちゃったのよぉ」
「なんだよ。嫉妬か?」
「そうよぉ。あたしは嫉妬しやすいの。ずっと昔、零は周囲の幸せな人たちを見て、強い嫉妬を心に積もらせた。自分が不幸だから他人の幸福が許せなかった。他者を妬み、そして羨んだ。自分もそうなりたいと。あたしはね、そんな零の感情から生まれた人格なの」
「もしかして……だから三香さんの仮面能力は――」
「そうよぉ。だからあたしの仮面能力は【変化】。不幸な自分を捨てて幸福な誰かに成り代わりたいっていう零の心の表れよぉ」
「人は別の誰かになんかなれねぇし、なる必要もねぇ。自分がなれるのは自分だけだ。だが自分を変えることはできる。変わっていくことができる。それが人の強さだろ?」
そう言われた三香は、複雑そうな表情をした。
鳴海に自覚はない。だがその言葉は三香の存在そのものを否定するものだった。
鳴海の言うことは何も間違ってはいない。三香にもそれはわかっている。
鳴海の言葉は正しい。正しいからこそ受け入れ難いのだ。
なぜなら鳴海の言葉が正しいと認めるということは、自分の存在自体が間違いだったと、自ら認めるということだからだ。
「……ええ。その通りねぇ。あなた達のおかげで零はいま変わろうとしているのねぇ。羨む誰かではなく、自分になろうとしている」
「一つ訊きたいことがあるんだが、いいか?」
「何かしらぁ?」
「零は……」
何かを言いかけた途中で鳴海は口をつぐんだ。
基本的に言いたいことはハッキリ言う鳴海が言い淀んでいる。
それを見て美咲は「リキさん……?」と心配そうに声を掛けた。
鳴海は言葉の続きを紡いでいく。
「零は……俺たちの知っている零は本当の御幸零なのか?」
「…………」
「リキさん……それって……」
「ありえねぇ話じゃねぇだろ? 零は記憶が曖昧で本当の自分が何者かわかっていない状態だ。自分のことを零だと思っている人格が、実は後から生まれた人格って可能性もあるんじゃねぇか?」
過去の零を知らない鳴海たちにとっては、今の零が主人格かどうかはわからない。
零本人も自信を持っては言えないだろう。
答えられるのは真相を知っている別人格だけだ。
鳴海はまずそこの部分をはっきりさせておきたかった。
そこを勘違いしたまま進めば、今後取り返しのつかないことになるかもしれない。
「俺たちの知っている零は本当の御幸零なのか……どうなんだ? 答えろよ、三香」
三香はすぐには答えなかった。
その表情は隠しているとか、言いたくないというわけではなく、何というべきか迷っているという感じだった。
「……零はあたしたちの主人格、それは間違いないわぁ。ただし本当の零かと言われるとそれは少し違うわぁ」
「三香さん、それってどういう意味?」
「美咲ちゃん、あなたはもし記憶を失っても、そのままの自分でいられる自信はあるかしらぁ? 今の美咲ちゃんを美咲ちゃんたらしめているのは、過去の経験によるものが大きいでしょう? けど零は自分を自分たらしめる、その経験が欠けてしまっている」
人は生まれてから、様々な経験を通して学習し、成長し、人格を形成していく。
もともと明るい性格の人間でも失敗を繰り返し、自分を否定され続ける人生を送れば、暗い性格になってもおかしくない。
逆にもともと暗い性格の人間でも、成功体験を積み上げ、周囲の人から自分を肯定され自信が持てるようになれば、明るい性格に変わっていくこともあるだろう。
経験とはその人物を作り上げる重要な要素の一つだ。
どんな人生を歩むにしろ、過去の経験があるからこそ、今の自分がある。
もしその経験がなかったことになってしまったら、今までの自分と同じではいられないだろう。
「記憶がある零くんと記憶のない零くん。二人は別人ってことですか?」
「別人とまでは言わないけどねぇ。でもあたしたちからしてみれば、昔と今の零はやっぱり違うわぁ」
「あの……もし零さんが記憶を取り戻したら、今の零さんは消えちゃうんですか?」
二人の会話を聞いていた沙也加は、不安そうな表情で三香に質問した。
「沙也加ちゃんは今の零が好き?」
「えッ! あの、えっと……」
予想外の不意打ちに沙也加は取り乱し、顔が一気に赤く染まる。
「赤くなっちゃってかわいいわねぇ。そうねぇ。あたしにもそれはわからないわぁ。昔の零に戻るのか。それとも今と昔、二つの自分を合わせた新たな零になるのか……少なくとも今のままの零ではいられないと思うわぁ」
「そう……ですか」
沙也加はしょんぼりと顔を沈めた。それを見た三香は手を伸ばし、沙也加の頬に優しく触れる。
「そんな顔しないで。さっきは昔と今の零は違うって言ったけどね。記憶を失っても変わらないところもある。それも確かなのよねぇ。だから零にとって本当に大切なモノはきっと何があっても変わらないわぁ。だから安心なさい」
それを聞くと沙也加の表情は、花が咲いたようにパーッと明るくなった。
「はい!!」
「いい返事ねぇ。金髪のお兄さんもそれで納得してもらえるかしらぁ?」
「おう! 悪かったな。疑うような真似して」
鳴海の疑念は晴れ、治療が終わった三香はそのまま眠りについた。
沙也加はほっと息をつくと、すぐに兄の治療に戻る。
三香の治療と違い、なくなった腕の再生には時間を要した。
俊はその間、終わらない妹の説教に耐えながら完治の時を静かに待っていた。




