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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第二章
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12話 説得

(しゅん)……こいつはどういうことだ?」

 

 鳴海は平静を保っている。だがその声色からは隠しきれない怒りがわずかに漏れていた。


「あのチビの力がどの程度か試しただけです……倉科さんに頼まれて」


 鳴海から俊と呼ばれた男は目をそらし、バツが悪そうに返答した。


「美咲が教えるように頼んだのは生命の波動の感知だ。戦闘訓練じゃない」


「敵は強くなるのを待ってはくれません」


「だから俺たちがいるんだろ! 強くなるまで俺たちが守ってやればいいだけだ。少なくとも零が戦える力を手にするまでは、戦闘訓練なんてするべきじゃない」


 俊のやったことは行き過ぎている。

 普段の彼を知っている鳴海からすると、どう考えてもおかしいと言わざるをえない。

 俊は訓練の境界線を見誤るような人間ではないのだ。

 だというのに俊の相手である零は、立っているのも不思議なほど傷つき血を流していた。本人も右腕を失う大怪我を負っている。二人とも死んでいてもおかしくない状況だった。

 もはや戦闘訓練の範疇は大きく飛び超えてしまっている。

 これではまるで実戦だ。お互いに本気で殺すつもりでやりあったとしか思えない。


「零を……最初から殺すつもりだったのか?」


 鳴海は自分からずっと目をそらし続けている俊をじっと見た。怒りではなく失望の色を映した瞳で。


「記憶がない、得体のしれない奴に背中は預けられません。裏切られてからでは遅いんです。チビの実力と本性、全てをさらけださせるためにも実戦が必要でした」


 俊にとっての本音はそれだ。零を鍛えるためではなく、正体を確かめるために力を試した。

 初めから敵として疑ってかかっているため、特訓という枠を逸脱し殺すギリギリまで追い詰めた。怪しければ最悪の場合、殺してしまっても構わなかったのだ。


「オレはもう背中から刺されるのは御免ですよ」


 異能の力をある日、突然手に入れる。

 そしてその力を正しいことにだけ使えるという人間はほとんどいない。

 鳴海や美咲たちのような人間のほうが圧倒的に少ないのだ。

 仮面能力者は悪人だと疑ってかかるくらいがちょうどいい、というのが俊の考えだ。

 鳴海と俊は、これまでも多くの悪意を持った仮面能力者たちと対峙してきた。味方のフリをした人間から裏切られるということも経験していた。


「だからって……やりすぎだろ。確かな証拠もないうちに」


「だからそれをこうやって試したんです」


 俊の言い分は鳴海にも一部は理解できるものだった。怪しい人間には早めに対処すべきだ。しかし、かといってこのやり方は鳴海に看過できるものではない。

 ほぼ間違いなくクロであると断定できているのならわからなくもないが、まだ敵だとも味方だともわからないうちから零の命を切り捨ててしまっている。

 俊は手遅れの状況を恐れるあまり決断を早めてしまっていたのだ。

鳴海はそれを過去に仲間から裏切られた経験が起因しているものだと推察する。だがいまはそこに触れてもどうしようもない。


「とにかく、戦いは終わりだ」


「鳴海さん、あいつはまだやる気みたいですよ?」


 一輝は依然として槍を構えたままだ。俊を見逃すつもりはないらしい。邪魔をすればその槍の矛先は鳴海にも向かってくるだろう。


「聞こえなかったか? 戦闘は終わりだ。零……じゃなくて、えーっと。お前なんて名前だ?」


「一輝だ。鳴海力、そこをどけ。お前を殺すつもりはない」


「殺すつもりはない……か。嘘つけ、祭りの日に零とぶつかったとき、俺に殺気を飛ばしてきたのはお前だろ? あの時は一瞬すぎて俺の勘違いかと思ったがな」


「だったらどうした?」


「祭りの時と今ので二回だ。いくら心の広い俺でも三回目はねぇぞ」


 一輝の殺気に対し鳴海は威嚇で返した。

 ズシリと重くのしかかるような威圧感に隣にいる俊の額からは嫌な汗が流れでた。

 鳴海と一輝、一触即発の緊張状態。

 だがその空気は息を切らしながら現れた美咲によって打ち消された。


「リキさん! 俊くん!!」


「遅かったな、美咲。お前のほうが零たちに近かったろ?」


「リキさんが速すぎるのよ。それよりこれは一体どういう……いえ、待って。だいたいわかったわ」


 鳴海が答える前に状況を概ね理解した美咲は、迷わず一輝の方へと向かって行った。


「倉科美咲……」


「まずその槍を下げてもらえないかしら? 君と戦うつもりはないわ」


「先に仕掛けてきたのはあっちだ。オレは悪くない」


「ええ、わかってる。ごめんなさい、君が怒るのも当然よね。でもお願い、俊くんを許してあげて」


 一輝はため息をついた後、槍と仮面を消した。

 意外にもあっさり説得が成功した事に鳴海と俊は驚きの顔を隠せない。


「ありがとう」


「……首輪はしっかりつないでおけ。それとオレたちにはもう関わるな。あのクズを育てたところで意味はない」


「どういう意味?」


 美咲は首を傾げた。


「あいつは耐えられない、辛い現実に。どうせすぐ投げ出す、背負いきれなくなって。ずっと逃げてきたんだ。あいつは……そういうヤツだ」


 詳しいことは美咲にもわからない。それでもその言葉に宿る怒り、憎しみ、そしてその強い感情の奥に隠している哀しみの感情すら理解して彼女は受け止める。


「……零くんのことはまだよく知らないから、あまり偉そうなことは言えないけど……きっとそういう自分が嫌でいま必死に頑張っているんだと思う。変わろうとしているの。だから君にも応援してほしいかな」


 美咲の言葉に一輝は複雑そうな表情を浮かべた。

 すぐに否定しなかったのは、美咲の言葉が的外れではなかったからだ。

 昔と現在の零は違う。一輝にもそれはわかっていた。だが決してそれを認めるわけにはいかないのだ。

 両者の溝は深く簡単に埋まるものではない。

 記憶を消したあの時から二人の関係は完全に壊れ、修復不可能なものになっていた。


「……忠告はした。いつか後悔することになるぞ」


「大丈夫、そんなことにはならないから。それよりケガの手当てをしないと。痛いでしょ? さやちゃんが来る前に応急処置だけでもしておかないと」


 美咲は一輝に駆け寄り傷の具合を確認した。


「先に言っておくが、あの犬の腕はオレの能力で消した。治癒能力でも元には戻らん」


「心配しなくても大丈夫。さやちゃんはここにいる誰よりもすごい仮面能力者だから。あれくらい元に戻せるわ」


「別に犬の心配はしていない」


「そう? 私にはそういうふうに聞こえたけど」


 一輝はやりづらいといった感じで頭をかき回した。


「他のヤツに代わる。オレはもう口を出さないからあとは好きにしろ」


「また話せる? 君たちとは一人一人ちゃんと話がしてみたいの」


「……物好きなヤツだ」


 一輝はそう言った後、最後に小さく笑った。

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