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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第二章
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11話 抹消

 仮面を発現させた一輝を前に狼男は後ずさる。

 無意識の中、反射的に一歩退かされていた。その場を飲み込み、支配してしまうほどの一輝の波動によって。


 一輝は正面に右手を突き出す。


「……来い」


  一輝の呼びかけに応じ、彼の目の前には槍が現出した。

 一輝の背丈を遥かに超える長槍――槍の柄には赤黒く染まった布のようなものが巻かれており、それと同様の物が一輝の両腕にも包帯のように巻きついていた。

 柄全体にまるで封印のように何重にも巻かれた布。布で覆われたその先で、刀身である穂だけが露出していた。


 一輝は槍を構えて狼男に狙いを定める。


「槍……それがお前の武器か」


 ただの槍、ということはまずないだろう。

 槍からひしひしと伝わってくる嫌な何か。あの槍は何かヤバい、絶対に触れてはダメだ。と、狼男の全身が警報を鳴らしていた。


 あの長槍を向けられては、間合いを詰めるのは容易ではない。

 だが狼男には自信があった。自分のスピードなら槍の初撃を確実に躱し、一輝の懐に飛び込めるという自信が。

 そしてそのまま一気に仮面を破壊し決着をつける。

 あの槍にどんな力が秘められているとしても、仮面を破壊してしまえば関係ない。


 狼男は脚に生命エネルギーを集中させ脚力を強化する。

 溜めた力を一気に解放するように地面を強く蹴る。

 大地を割り、音を置き去りにした狼男は一輝に向かってただ真っ直ぐに駆ける。


 脚力が強化され、風のように流れる狼男の動きも一輝にはしっかりと見えている。

 正面からくる突風に対して迎え撃つ一輝は槍をわずかに引いた。

 完全に見切り一点を狙いすまして槍を突く。タイミング、狙いともに完璧だった。

 狼男を槍で刺し貫いた手応え、それがそのまま勝利を確信する手応えに変わる――そのはずだった。

 一輝の手に手応えはなく、槍の先に突き刺さっているはずの獲物も存在しない。

 槍は何もない空を突いただけだった。


 槍の当たる瞬間に狼男は自身の姿を狼へと変えていた。

 獣と人が合わさった狼男の姿から、完全な獣としての狼へ。体の大きさも変わり、二足歩行から四足歩行に態勢を切り替えることで、ギリギリ槍を回避していたのだ。

 完全な狼となりさらにスピードを上げ、そのまま一輝の仮面へと迫る。

 攻撃が届く距離まで接近すると、再びパワー重視の狼男の姿へ。

 一撃で確実に仮面を破壊するためだ。


「なっ!?」


 勝利が目前に迫ったところで、狼男は突如驚きの声を上げた。

 あれだけ長い槍だ、懐に入りさえすれば勝てる、そう狼男は思っていた。

 一輝の手にあったはずの長槍は今やどこにもない。変わりに持っていたのは短刀――否、短くなった槍だった。

 一輝は短槍で狼男の胸を狙って突いた。

 狼男はやむを得ず、攻撃のために振り上げた腕で槍を防御。

 右の手の平に槍が深く突き刺さったが、何とか急所に当たることだけは回避できた。

 狼男の手から噴き出した血は穂を伝い、柄へと流れていく。柄に巻かれていた布が血を吸い、より一層赤みを帯びる。


「終わりだ。犬っころ」


 一輝は静かに告げた。


「そいつはどうかな?」


 狼男は不敵な笑みを見せると、右手に槍が刺さったまま思いきり槍を握った。


「パワーはオレのほうが上だ。右手が犠牲になっちまったが、これでお前はもう槍を振るえない」


 さすがに単純な力比べで狼男に勝つことは一輝にもできないだろう。

 一輝はあっさりと槍を手放した。


「オレの勝ちだ」


 一輝から槍を奪った狼男は勝利を確信した。


「何度も言わせるな。終わりだと言っただろう」


 勝機を失った一輝のハッタリ、狼男がそう結論づけた時、何かが地面に落ちて音を立てた。

 敵はすぐ近く、手を伸ばせば届く距離だというのに、狼男は思わず音の方を目で追ってしまう。

 落ちていたのは、狼男が右手を犠牲にして握っていたはずの槍だった。

 狼男がうっかり槍を落としたわけではない。

 そもそも槍は狼男の手の平に深く突き刺さっていた。落とすことなどありえないのだ。


「なん……だ。これは……!?」


 異変が起きていたのは狼男の右腕、槍で刺された腕が手首の辺りまで消失していた。

 さらにその消失はまだ終わっていない。

 今度は手首から肘へ向かって消失が広がっていく。


 狼狽える狼男を鬱陶しそうに見ながら、一輝は口を開いた。


「オレの仮面、『憎悪の仮面』の力は【抹消】。この抹消の槍で貫かれたものは、この世から存在が消える。オレを苛立たせるモノ、オレの憎しみに触れたモノ、全てを消し去る。それがオレの仮面能力だ」


 自分の腕が消えていくという恐怖を目の当たりにして動揺する狼男の耳に、一輝の言葉はほとんど入ってこない。

 慌てふためき絶叫する狼男を前にしても一輝は淡々と告げる。


「痛みはない。疑問も解けただろ? なら最後くらい静かにしていろ。犬の鳴き声は耳障りで聞くに堪えない」


 狼男の腕の消失は早くも肘を超えていた。このペースでは全身が消えるまでそう時間はかからないだろう。


「クソがあああああああああああああ!!」


 狼男は絶叫したあと、残った左手の爪を右腕に向ける。そしてためらうことなく右腕を切断した。


 地面に落ちた右腕は程なくして完全に消失したが、狼男の体の消失はそこで食い止められた。

 狼男は大量出血している右腕を左腕で押さえ苦痛に顔を歪ませる。

 失った右腕から奪った相手へ視線を移すと、苦悶の表情は憤怒の形相へと変わる。


「……往生際が悪い。あがいたところで結果は変わらん」


 一輝は再び槍を構える。今度は切断できない場所を突く、それで完全に詰みだ。

 狼男は血だらけの左手で仮面を掴みその場に投げ捨てた。

 仮面を捨てた狼男は元の人間の姿へ戻っていく。


「今更仮面を捨てて何のつもりだ? 命乞いならオレには無駄だぞ」


 敵の前で仮面を外す、その行為は自分の負けを認めたものだと一輝は解釈したが、狼男の目を見てすぐに考え直す。

 

「命乞いなんて……するわけ……ねぇだろ。てめぇはオレが……オレ自身の仮面でぶっ殺す」


 命を天秤にかけても怒りの感情のほうがより勝る。狼男が敗北を認めることはなかった。

 赤く染まる左の手の平に、怒りの感情を全て乗せて自分の顔へと運ぶ。

 今度は仮面使役者としてではなく仮面能力者として。


「そいつはやめとけ」


 狼男は横から腕を掴まれ、仮面の発現を中断させられた。

 狼男の腕を掴んで止めたのは二メートル近い大男。屈強な肉体、派手な柄のシャツを着た獅子のような金髪の髪の男だった。

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