3話 死を告げる者
終わりは唐突にやってきた。僕は今日死ぬ。
恐怖から逃れることなんて誰にもできはしない。
逃れたいのなら逃げるのではなく、立ち向かうしかないだろう。
真正面から立ち向かい打ち勝つことでしか恐怖から逃れることなんてできはしないのだ。
でも僕には無理だ。立ち向かうための勇気も、打ち勝つために必要な力も持ち合わせてはいないのだから。
恐怖から逃れられなかった人間に待っているものなんて考えるまでもない。
目の前の恐怖は着実に近づいてくる。これは死へのカウントダウン。
人はいつか死ぬ。そんなことは誰もがわかっていることだ。
寿命だったら仕方ないし、病気や事故だったら運が悪いとあきらめるしかない。
でもこんなのはあんまりだ。わけもわからないまま死ぬなんて受け入れられるはずがない。
殺されるような恨みを買った覚えはない。少なくとも僕が覚えている範囲では……。
……いや、もしかしたら理由なんてないのかもしれない。
たまたま僕が近くにいただけで誰でもよかったのかもしれない。これまでの犠牲者も関連性なんて何もなかった。
僕に死を告げにやってきた死神――その正体は噂の仮面の殺人鬼だ。
仮面の殺人鬼は人ではない。そんな馬鹿げた噂は真実だったのだ。
目の前にいるのは恐怖が形を成したような黒の化け物。恐怖そのものだ。
こんな化け物相手に武器も何も持っていない人間が敵うはずがない。
少し前までの幸福な時間が今ではもう遠い昔のように感じる。
こんなことになるなら、やっぱり夏祭りになど来なければ良かった。
後悔してももう遅かった。死神の鎌はもう僕の命を刈り取る準備に入っている。
僕は死を覚悟した。
だが死へのカウントダウンはそこで停止した。
黒の死神の次に僕の前にやってきた者。それは白の天使だった。
天使にあるべきはずの背中の翼も頭の上の輪っかも見当たらないけどきっとそうに違いない。
だってこんな状況なのに見惚れてしまうほど美しい人だったから。
まだ僕の命は尽きていないはずだが、もう助からないから早めに迎えに来たのかもしれない。
天使は僕の方は見向きもせず、死神のほうへと向かって行った。
天使の美しさは死神すら翻弄した。何度死神が鎌を振るおうとそれが天使に届くことはなかった。
逃げるべきなのに僕はその光景に目を奪われたまま動けずにいた。
死神はとうとう鎌すら折られ天使の前に敗北した。
逃れることなどできないと思った恐怖を天使はあっさりと退けてしまったのだ。
どうやら目の前現れたのは僕を迎えに来た天使ではなく、僕に救いをもたらす幸運の女神だったようだ。
女神は僕の方へ振り返った。そこで僕はもうひとつあった噂を思い出した。
仮面の殺人鬼は美少女だという噂を。
振り返った女神は白い仮面をつけていた。彼女は天使でも女神でもなかったのだ。
黒の仮面の殺人鬼を殺した白の仮面の殺人鬼。
彼女はゆっくりこちらに迫ってくる。
雲に隠れていた月が顔を出し彼女を照らした。
そこで僕は気が付いた。この女性を僕は知っている。
この女性が着ている浴衣は、さっき僕が夏祭りで見たものと同じものだ。
だとすれば正体はあの人だ。仮面で顔が隠れているが間違いない。
仮面の殺人鬼は僕と同じ学校の生徒だ。