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ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第二章
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7話 襲撃

「では、次の問題を……御幸君」


 別のことに気を取られていた零は、突然の指名にビクッと体を震わせた。

 それまで出席番号順に当たっていたため、自分が指名されることはないと楽観していた。

 そこへ不意打ちの指名。たまにこの英語教師がやる卑劣な手だ。


「すいません。わかりません。勉強が得意な白石君ならわかると思います」


「ちゃんと集中するように。では白石君――白石君! 起きなさい!」


 零は匠が寝ていることに気づいていた。

 だから自分へのお説教を最小限にするために、匠を犠牲にした。

 授業に集中していなかった零と堂々と居眠りしている匠。どちらがより教師の怒りを買うかは明白だった。


 三回目の呼びかけで匠はようやく目覚めた。

 目覚めるなり勢いよく立ち上がると、ノータイムで自信満々に回答した。


「答えは2πです」


「今は英語の授業ですよ」


「ああー! 深読みしすぎたかー!」


 匠は顔に手を当て大げさに悔しがってみせた。

 英語はからっきしでも、リアクションだけは本場の人にも負けていなかった。


 零が授業に集中していなかった理由は、生命の波動の感知に躍起になっていたからだ。

 最初の特訓に合格した零は、早く次のステップに進みたいと切望していた。


 だが鳴海はすぐに次の特訓を始めるという判断はしなかった。

 まずは波動の感知の精度を少しでも上げるように、零に言いつけていた。

 仮面を発現するための特訓を始めたいという気持ちが日に日に大きくなる中、他にできることもないため零は暇さえあれば波動の感知に励んでいた。


 やってみると、改めて波動の感知の難しさがわかる。

 波動の感知をするためには、ものすごく集中する必要がある。

 今のように他に邪魔するものがなければ、時間をかけて集中することで感知は可能だ。

 だがこれを戦闘中に行うとしたら難易度が格段に跳ね上がるだろう。


 さらに学校のように人の多い場所だと感知の精度が著しく低下する。

 教室内はクラスメイトたちが発する波動が複雑に混ざり合い、個人の波動を特定するのも困難だ。


 だが目に見える範囲にいる人の感知はまだマシなほうだろう。

 感知範囲を少し広げるだけで、感知の難易度が急上昇する。

 遠くからの波動を感じとれても、それが100メートル先か1キロ先かもよくわからない。

 そして、どれだけ零が集中しても感じ取れないものがある。

 それは他人の生命エネルギーである。

 生命の波動とは体から外に漏れ出た生命エネルギーだ。それは感知できる。

 だが体の中を駆け巡る生命エネルギーはまだうまく感知ができない。


 体外にあふれ出た生命エネルギーは生命の波動として感知できても、体内を巡る生命エネルギーはまだ零にはわからないということである。

 自身の体内を流れる生命エネルギーなら話は別だが、他人のものはまだ難しい。


 鳴海のアドバイスによると、感知に優れた人は生命の波動だけでなく、体内の生命エネルギーも感じ取っているとのことだ。

 それが感知できるようになれば、戦闘の面でも恩恵が大きいらしい。


「どうかしたか、零? 授業終わったぞ」


 学校の外の感知に集中していると、匠から声がかかった。

 授業が終わったことにすら気づけないほど集中していたようだ。


「ううん。なんでもない」


 零は教科書をしまいながら何事もなかったかのように答えた。


「今日、どっか寄ってこうぜ」


 匠からの誘いを断るべきか少し迷ってから首を縦に振った。

 波動の感知の練習はどこでもできる。もっと言えば何か別のことをしながらでも感知できるぐらいでないと、戦闘では役立たないだろう。

 さっきは匠に悪いことをしたというお詫びの気持ちも少なからずある。


 日が暮れるまで、匠とクラスの男子たち数名と一緒に過ごした。

 普段はあまりしゃべったことのないメンバーもいたが、気のいい人ばかりで居心地は悪くなかった。少なくとも波動の感知の練習を忘れてしまうほどには、零はクラスメイト達との時間を楽しんでいた。

 やったことといえば、ボウリング、カラオケ、ゲーセンといった普通のことばかりだ。

 ただ今の零はその普通の高校生の日常が、どれだけ尊いものかということを理解している。

 非日常の世界に足を踏み入れた以上、この眩しい日常にいつでも帰って来られるという保証はどこにもない。

 命を奪い合う世界に身を置き続ければ、いつかはこの日常すら捨て去らなければいけない時が来るかもしれない。

 だから今は仮面の世界のことは少しだけ忘れて、普通の高校生としてこの時間を大切にしたい。

 楽しい時間が過ぎ去るのは本当に早い。早すぎるからきっとみんなその時間がどれだけ大切だったのか気づくのが遅れてしまうのだろう。

 その幸福に気がつくのはたいていの場合、その時間がもう取り戻せないとわかったときだ。


 零はクラスメイト達と別れると再び感知の練習を始めた。

 歩きながら屋内にいる人の数、角を曲がった先にいる人など、目に見えない範囲にいる人の感知に専念しながら家を目指すことに。


「おい、そこのお前止まれ」


 知らない声に呼び止められ零は動きを止めた。

 声をかけてきた男は制服を着ていることから、すぐに学生であることがわかった。

 男の制服はここら辺では一番の進学実績を誇る天月高校のものだ。

 鋭い刺すような眼光。軽くパーマがかかった、無造作感のあるヘアスタイル。

 170くらいの背丈。それほど身長があるわけではないが、小顔で足が長くスタイルが良いためか、実際の身長より高く見える。

 女子に人気のありそうなイケメンだった。


 他校の生徒に呼び止められる心当たりはない。

 零の交友関係は非常に狭く、他校どころか他クラスの人のことすらよく知らないレベルだ。

 あまり他人のことに興味がない零とはいえ、他校の生徒と関わればさすがに覚えているはずである。

 完全に初対面だということを確信して、零は警戒を強める。

 少し前に知らない男にひどい目にあわされたばかりだ。

 零は自分から近づくことはせず距離を保ったまま、頭では逃げるルートを思い浮かべる。


「……なんですか?」


「その制服、虹陽の生徒だな。一年の御幸零ってやつを知ってるか?」


「……いや、知らないですね」


 とっさに嘘をついてしまった。

 知らない人、おまけに目の前の男の声色からはあまり友好的な感じは読み取れなかった。


「お前いま嘘をついたな?」


 零の心拍数が一気に跳ね上がる。

 男はさらに続けた。第一声よりもさらに冷たい声色で。


波動(におい)でバレバレなんだよ。嘘をついたことも、動揺してることもな」


「お前は、だ――」


 零が言い終わる前に男は距離を詰めると、胸ぐらをつかみ零を持ち上げた。


「お前が御幸零だな」


「なんで……こんな……こと」



 男は答えず零をゴミでも捨てるように投げ飛ばした。

 飛ばされた先には外壁があり零は衝撃に備える。

 だが壁にぶつかる前に空間が裂け、零は開いた穴の中に吸い込まれるように入って行った。

 邪魔が入らないよう男が影の世界への扉を開いて、零をそこに放り込んだのだ。

 続いて男も飛び込むと、裂け目は跡形もなく消えていき、その場には誰もいなくなった。

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