6話 感じ方は人それぞれ
零は窓の外に目を向けた。
ここに来た時、空は燃え盛る火の海のように赤かったが、特訓の間に空を燃やし尽くされ、焼き焦げて黒一色となっていた。
部屋にある時計を確認すると午後七時を回っていた。特訓開始が午後五時くらいだったので、どうやら二回目の挑戦は一回目と比べてかなり長い間、仮面をつけていたようだ。
(伯母さんに連絡するの忘れてた)
零は普段から伯母に、夕飯の時間よりも帰りが遅くなるようなら連絡をするようにと言われていた。
伯母はいつも優しくて、以前なら少しくらい帰りが遅くなっても零が怒られるということはなかった。
しかし夏祭りの夜に連絡なしで朝帰りしたこともあって、伯母は帰宅時間に関しては厳しくなっていた。
まして今は仮面の殺人鬼が街にいるわけで、伯母が普段より神経質になってしまうのも当然と言える。
不要な心配をかけないためにもしばらくはあまり遅くならないほうがいいだろう。
少なくとも仮面の殺人鬼をどうにかするまでは。
「沙也加ちゃんはもう帰ったんですか?」
零の特訓中、沙也加は本を読んでいたはずだが、軽く室内を見渡しても彼女の姿は見当たらない。
小学生なのでもう帰っていたとしても不思議ではないが。
「下を見ろ、下を」
鳴海に言われて零は下に目を向けた。
ソファに座っている零、その膝の上に頭を乗せて沙也加は眠っていた。
眠りは深いようで、零が驚いて声を上げても起きる様子はまったくない。
「沙也加に感謝しろよ」
「えっ?」
「お前がいつまでも戻って来ねぇから、沙也加はお前が感知しやすいようにずっとお前に向けて波動を飛ばしてたんだ。お前に抱きついたままずっとな。生命エネルギーを使いすぎたせいで少し前に疲れて眠っちまったんだよ」
(そうか。あの時に感じた光。あの温かくて優しい光は沙也加ちゃんの光だったのか……)
「またこの子に助けられちゃいましたね」
零はそう言って眠る沙也加の頬をそっと撫でた。
すると沙也加は少しもぞもぞと動いたあと目を覚ました。
「おはよう、さやちゃん」
美咲が声をかけたが、沙也加はまだ寝ぼけているのか周りの状況を把握できていないようだ。
最初に美咲と鳴海の二人を見て、そのあとに沙也加は首をひねって零と目を合わせる。
「ごめんね、起こしちゃったね」
少し間が空いて、沙也加は自分が零の膝の上で寝てしまったことを理解した。
その事実に気づいて顔を真っ赤にしながら慌てて飛び起きた。
「ご、ごめんなさい。私、いつの間にか寝ちゃってて。それに膝の上でなんて……」
「いいよ、いいよ。謝らなくて、全然。むしろありがとう。沙也加ちゃんのおかげで、僕も生命の波動がわかるようになったよ」
「本当ですか!! すごいです。こんなにすぐ感知できるようになるなんて!」
沙也加は、自分のことのように喜んでくれた。
(なんていい子なんだ……。子供はあんまり好きじゃないけど沙也加ちゃんは別だな)
「ねぇ、零くん。君は生命の波動をどんな風に感じたの?」
「え? どんな風って……光ですよね? 生命の波動って」
「へぇ、お前はそう感じるのか。生命を光として感じる。悪くない感じ方じゃねぇの」
「もしかして、生命の波動は人によって感じ方が違うんですか?」
「ああ。目で見えるものだったり、匂いや音だったり。生命の波動の感じ方は千差万別だ」
「それ、最初に教えて欲しかったです」
「最初に教えたらお前の感知方法がそっちに引っ張られちまうかと思ってな。何も知らないまっさらな状態、お前独自の感覚で見つけてほしかったんだ」
「なるほど。それなら納得です」
「人によって感じ方が違うからこそ、生命の波動の感知は才能の差が大きく出るの。基本的には視覚で感じる人は、戦闘で相手の動きを予測するのが得意なタイプね。嗅覚や聴覚で感じる人は、広範囲の感知が得意な人が多いわ。触覚で感じるタイプの人は天才。全てにおいて高い感知能力の人が多い。味覚で感じる人は、一番少なくて感知に関しては両極端な人が多いわ。全然だめか、すごく優秀かのどちらか」
「じゃあ、僕は光が目で見えたから視覚タイプですね。あっ。でも光に触れたら温かさも感じました」
「温かさ?」
「はい。沙也加ちゃんの生命の波動はすっごく綺麗なんですけど、綺麗なだけじゃなくてとても温かい光でした。それに沙也加ちゃんの優しさが伝わってきたような感じもしました。あの光に包まれているときはなんだかとても心地よかったです」
落ち着きを取り戻し元の顔色に戻っていた沙也加だったがそれを隣で聞くと、またみるみるうちに顔を赤く染めていった。
とうとう恥ずかしさで下を向いてしまったが、そんな隣の様子に零はまったく気づいていなかった。
そんな二人を鳴海と美咲はニヤニヤしながら眺めていた。
「どうかしました?」
「ううん、なんでもない。ひとつの波動から多面的に情報を得られる。零くんはもしかしたら、波動の感知の才能があるのかもね」
「そうだったらいいんですけど……ちなみに美咲さんはどんな風に感じるんですか?」
「私? 私は色ね。生命の波動を色として感じる人はすごく多いの」
「色……ですか。ちなみに、僕の波動は何色ですか?」
零にそう質問された美咲は「うーん」とうなって何というべきか困っているようだった。
「普通の人の波動の色は一色なの。でも零くんの場合は違う。絵の具を何色もパレットに出して混ぜている途中……みたいな感じなの。信五くんや三香さんの波動はちゃんと一つの色になっていたんだけど……」
「人格が変わったら色も変わったんですか?」
「うん。でも色が変わることは、他の人でもあるの。もともと水色の波動の人が、仮面を発現させている間は青に変わるみたいにね。だけど普通は変化しても元の色に近い色なんだけどね。信五くんは青、三香さんは黄色で全然違う色に変わっていたわ。別人のようにね」
(一色になっていないってことは、僕の波動は安定していないってことかな? 原因は生まれつきか、それとも他の人格が生まれたせい? 記憶の欠落が理由って可能性も。半覚醒なのもなにか関係があるんじゃ――)
「おう、どうした? 急に黙り込んで?」
考え込んでいると鳴海から声がかかり、ハッと我に返った。
「いえ、なんでもないです。チカラさんはどう感じますか?」
「俺は炎だな。ロウソクみてぇにちっちぇえ火から、キャンプファイヤーみたいな火までさまざまだ」
「へぇー。チカラさんの感じ方だと街中が火の海で地獄絵図ですね」
「嫌なこというなよ。ま、俺はまだ普通なほうだ。沙也加はもっと変わってるぜ。なっ! 沙也加」
突然話を振られた沙也加の顔の火照りはまだおさまっていない。
零は熱でもあるのかと心配したが、沙也加は全力でそれを否定した。
「えっと、わたしは文字に見えます」
「文字……?」
「はい。リキさんがカタカナの『ガ』、美咲ちゃんがひらがなの『り』です」
「すごい! 面白い感じ方だね。僕はどんな文字に見えるの?」
「『M』です」
「えっ!?」
小さな女の子からいきなりM認定をされ、零は動揺した。
鳴海は腹を抱えて笑っている。
「おいおい沙也加、そいつは確かか?」
鳴海は笑いを堪えつつ沙也加に確認した。
「うん? すごく大きなMだから、絶対まちがいないよ?」
零は激しく動揺した。
それを聞いた鳴海はまた堪え切れずに笑い出した。
美咲もたまらず顔をそむけ、口元を手で隠して笑いをこらえている。
「つまり、零はドMってことだな!」
「違いますよ!!」
「リキさん、笑いすぎよ」
「お前だって笑ってただろ」
鳴海は軽く咳払いして笑いをおさめた。
「えーっと。沙也加。そういえば美咲の波動は何に見えるって言ってたっけ?」
「ひらがなの『り』だよ?」
「『り』か。うーん。おい美咲! ちょっとお前仮面を出してみろよ」
「どうして?」
「ほら、仮面を出すと波動が変わることがあるだろ? お前なら『S』に変わるかもし――」
言い終わる前に美咲は鳴海に腹パンをした。
一連の流れの意味がよくわかっていない沙也加は首をかしげている。
純真無垢な少女は答えを求めて、美咲に今のはどういう意味かと目で訴える。
「さやちゃんはわからなくて大丈夫だからね」
「なんで? 教えてよ、美咲ちゃん!」
汚れた大人の発言で、これ以上沙也加の耳を汚さないよう美咲はごまかしたが、少女は納得がいかないようだった。
美咲は沙也加の追求を逃れるために会話を強引に打ち切り、本日の特訓の終了を宣言した。




