表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロの仮面  作者: 赤羽景
第二章
37/95

5話 生命の波動の感じ方

 生命の波動を感知できるようになるため、零は何もない世界に再び足を踏み入れた。

 今度こそ絶対に感知してみせる。そう意気込んでいた零だったが、すぐに途方に暮れてしまっていた。


 なんとか頑張って波動を感じ取ろうにも、感覚がないから何もできない。

 何もできないから頑張りようがないのである。


 マラソンのように、走っていればいつかゴールにたどり着ける。

 それだったらきっと頑張れる。どれだけゴールが遠くても一歩また一歩と進めば、着実にゴールに近づけるのだから。

 しかし今の状態はスタート地点で手足を縛りつけられ、一歩も進むことが許されないようなものだ。

 進みたくても進めない。頑張りたくても頑張れない。完全にお手上げ状態だった。


 そもそも零は半覚醒であり、まともな仮面能力者ではない。

 もしかしたら、どう頑張っても生命の波動を感知することはできないのかもしれない。

 そんな嫌な考えが零の頭をよぎった。


(クソッ! また悪い癖だ。できない理由を探して言い訳ばかり。そういうのはもうやめるって何度も誓ったはずなのに……)


  長年に渡って体に沁みついてきた生き方、考え方だ。そう簡単には変わらない。

 それでも今は自覚がある。そんな考えをする自分を変えたいという意思がある。


(何もできないわけじゃない。考えることはできる。考えるんだ! 波動を感知する方法を)


 零は一度心を落ち着けて情報の整理を始めた。


(ここは公園。周囲には子供がいっぱいいて、自然もたくさんある。それにこの本の館には、自分以外に仮面能力者が三人もいる。僕の周りは生命の波動でいっぱいに満たされているはずなんだ)


 確かなのは生命の波動は必ずあるということ、それもすぐ近くにだ。『砂漠に落とした一粒の砂を見つけろ』とか『あるかどうかもわからない伝説の秘宝を探し出せ』というような無理難題を押し付けられているわけではない。

 零が感じ取れていないだけで必ず近くにそれはある。

 元からないものを探し出すことは誰にもできはしないが、存在しているのなら見つける方法は必ずあるはずなのだ。


 そこでふと零の頭に一つの疑問が生まれた。


(そもそも生命の波動ってどういうものなんだろう?  感知ができる人にとって波動はどんな風に感じられるんだろう?)


 この感覚のない世界で感じられるものは自分の心、そして生命の波動の二つだけ。

 だから生命の波動がどういうものか知らなくても問題ない、この世界で自分の心以外に何かを感じたら、それが生命の波動なのだから。

 零はそう考えて生命の波動がどんなものなのか、今まで深くは考えていなかった。

 この世界にくればいつかは自然と見つかるものと思っていた。


(感知ができる人には波動が目で見えるのかな? もしかして触れたりする? いや、たぶん形のないものだからそれはないか……。じゃあ形のないもの、音や匂いとして感じるのか? それとも熱いとか冷たいとかそういう感覚?) 


 零は考えを巡らせる。集中していると、さまざまな考えが浮かんでは消えていく。


(そういえば、美咲さんは僕の波動は変わっているとか言ってたっけ? 美咲さんは僕の波動をどう感じていたんだろう? 僕の生命の波動……あっ! っていうか周りの人の波動を感知することばかり考えていて忘れてた。僕自身も出しているはずだよな)


 零自身が発している生命の波動。

 それは最も身近な波動であり、生まれてからずっと自分の周囲にあるはずだ。


(自分の波動のほうが感じやすいとかあるのかな? でも自分では自分の匂いとかに気付けないしなぁ。波動の場合はどうなんだろう? チカラさんが言っていた合格条件は、自分で仮面を外すこと。それならどっちみち自分の波動の感知ができないとダメだよなぁ。ん? でも自分の波動の感知ができたとして、どうやって仮面を外すんだろう? 体の感覚が戻らないと仮面を外すのは無理な気がするけど……)


 体の感覚を戻す、それが可能かはわからない。

 奇術師の時なら転んだ際の痛みが感覚を取り戻すきっかけになった。

 今回は痛覚も消えているためそれも無理な話だが。


(とにかくきっかけがほしい。なにかこの状況を変えるためのきっかけが……)


 それからは進展のないまま時間だけが過ぎていった。

 時間の感覚もわからないため、もうどれだけの時が流れたかもわからない。

 特訓開始から一歩も前に進めていない。

 停滞する状況の中、心の奥にしまい込んだはずのあきらめの気持ちが再び顔を出そうとする。

 

 そこで突然一筋の光明が差した。

 それは文字通りの意味での明るく輝く光。遠くで何かが光ったように見えたのだ。

 疲れ果てた零は勘違いかとも思ったが確かに遠くで何かが光っている。


 光の存在を確信するとそれは次第に大きくなっていく。

 遠くにあったはずの光は、零が気づいた時にはもうすぐそばにあった。


 光が近づいてきた、大きくなったと零は初めそう考えたがそれは間違いだった。

 零が気づいていなかっただけで、その光は最初から近くにあったのだ。


(この光が生命の波動?)


 温かくて優しい光が零を包み込んでいく。


 その光が零に思い出させてくれた。零の体を。

 そして教えてくれた。零の中に宿る光を。


(不思議だ……目が見えるようになったわけじゃない。体の感覚が戻ったわけでもない。でも自分の体が確かにわかる)


 今まではわからなかった体中を駆け巡り、力を与えてくれる光。


(これは、もしかして僕の生命エネルギー?)


  零は今の今まですっかり忘れていた。

 生命の波動とはそもそも生命エネルギーがあふれ出たものだということを。

 思い返してみれば鳴海も確かに言っていた。生命の波動、そして生命エネルギーを感じ取れと。


(よし、これならいける! 全身を駆ける生命エネルギーが自分の体の形を教えてくれる)


 何もなかった世界で今は零の体だけが光り輝いている。

 光のおかげで体を動かせているかどうかがわかる。

 零は自身の光る手を自分の顔に向けた。

 そして、掴んだ。


 程なくして、全ての感覚が戻ってくるのを感じた。

 何もない世界から帰還した零の手の上には、のっぺらぼうの仮面があった。

 今度は自分の力で仮面を外すことができたのだ。


「合格だ。零!」


「零くん! すごい!」


 鳴海と美咲の喜びの声が聞こえた。二人の姿が見える、声も聞こえる。

 そして二人から伝わってくる光、生命の波動も感じられる。


 二人だけではない。この本の館、そして外からも生命の波動が伝わってくる。

 あちこちで輝いている生命の光が零の世界を明るく照らしていた。


「ああ……知らなかった。世界ってこんなに綺麗なものだったんですね」


 零の口から思いがけない言葉が飛び出して、鳴海と美咲はお互いに顔を見合わせたあと、二人して優しく微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ